第104話・魔剣士の覚醒


「どうしましたキャベンシアさん、こんな夜更けに」


 なんとなーく、キャベンシアさんの持ってきた話の内容は想像できましたが、とりあえずは室内に招き入れ、椅子を勧めました。


「……」


 しかしなかなか座ろうとしません。

 仕方がないので僕は、部屋の扉を閉めることにしました。


 部屋の扉を閉めると、椅子の横に立ち尽くしていたキャベンシアさんが、深く腰から折れて頭を下げました。


「……すまない、ナナシ」


 初手、全力謝罪。

 僕もよくやるやつですね。

 気持ちは、分かります。


 でも。


「いきなり謝られても何のことだか分からないですよ。まずは落ち着いて、一旦椅子に座ってください」


 そう伝えるとキャベンシアさんは、おそるおそるといった様子で椅子に腰掛けました。


 僕も対面する形で置いた椅子に腰掛け、キャベンシアさんの目を見ます。


 何かを決心したような表情の中で、目だけは不安そうに揺れています。


 ……僕、こういうお顔に弱いんですよね。

 辛くても苦しくても一生懸命にやろうとしている、そういう表情に。


「キャベンシアさん。そちらのお話の前に、少しだけ僕の話を聞いてくれませんか?」


「……なんだろうか」


「僕、キャベンシアさんのことを、迷惑だとか役に立たないだとか穀潰しだとか思ったことなんて、一回もないですからね」


「……!?」


「逆に、毎日ちゃんとお腹いっぱいになるまでご飯を食べさせてあげられなくて申し訳なく思っています。暴飲暴食の魔剣士キャベンシアを雇っている者として、深くお詫び申し上げます」


 そう言って僕が頭を下げると、キャベンシアさんは狼狽えて立ち上がりました。


「な、なにを言っているんだ! 今までナナシ以上にご飯を食べさせてくれた者はいなかったぞ! ワタシがアナタに感謝こそすれ、ナナシから謝られる筋合いはない!」


 そうですか。けどたぶんそれは、お互い様だと思うのです。


「ところで僕、ここ何日かの探索でドロップした魔石を拾い集めて色々実験をしてみたんですよ」


 そう言って、僕は手近に置いていた魔石を一つ手に取りました。


「この魔石には、限界を超えた量の僕の魔力を注ぎ込んであります。そして魔力過剰で魔石が自然崩壊しないように、結界で包んでむりやり安定させています」


「な……!?」


 たぶん本当はめちゃくちゃ危険なのかもしれません(バッテリーに容量を超えた電気を流し込んだみたいなものですし)が、それはさておくとして。


「それでキャベンシアさん、ひとつ質問なんですけど。キャベンシアさんの暴飲暴食術って、ことってできるんですか?」


 見ていた感じだと、たぶんできると思うんですけど。


「それと、暴飲暴食術で飲み食いしたモノを消化したら、どういう形で蓄えられるんですか? ひょっとして、体内でしているんじゃないですか?」


「あ、ああ……」


 なるほど。それなら。


「これは仮説なんですけど。キャベンシアさんがこの過剰蓄魔石を食べたら、純粋な魔力を大量に吸収することができて、ご飯を消化吸収する速度をことができるんじゃないかなって」


 キャベンシアさんが驚きで目を見開きました。


「ただ、この過剰蓄魔石自体はやっぱり危険なものだと思うので、作ってはみたもののなかなかキャベンシアさんに言い出せなくて……」


「……ちょっと、見せてくれ」


 キャベンシアさんが、手を伸ばしてきます。

 僕は過剰蓄魔石を手渡しました。


 キャベンシアさんが、まじまじとそれを見つめます。


「…………あむっ、」


 あっ、という間もなく、キャベンシアさんは過剰蓄魔石を口に入れ、ゴクンと飲み込んでしまいました。


 僕は、いつでも魔石を胃袋から取り出せるように薄刃結界の発動準備をして、キャベンシアさんをじっと見つめます。


 すると、キャベンシアさんの体内で、過剰蓄魔石を包んでいた僕の結界がかき消されるような感触を感じました。


 これは、ダンジョン内や業銘結界内で結界を押された時の感覚と同じでした。

 結界を押し返さず無抵抗でいると、魔石を包んでいた結界がかき消え、魔石の自然崩壊とともに中に詰め込んだ魔力があふれ出します。


「…………うぷっ、」


 キャベンシアさんが手で口を押さえたのを見て、薄刃結界と結界バケツのどちらが必要になりそうか分からなくなりました。


 しかしそのまま様子を見ていると、しだいにキャベンシアさんも落ち着いてきました。


 やがて口から手を離すと。


「……ナナシ」


 なんでしょうか、キャベンシアさん。


「ワタシは今、感動している。そうか、これが……」


 キャベンシアさんはお腹に手をやり、ほっと息を吐きました。

 まるで聖母様のような、慈愛に満ちた表情をしています。 


「皆は、ご飯を食べたら、こんな気持ちになっていたんだな……。こんな、満ち足りた……」


 あるいは……、恍惚の表情、が近いのかもしれません。

 キャベンシアさんの全身が、感動に打ち震えていました。


「魔石を飲み込んだときの、口いっぱいに広がる味わい。あれが、ナナシの味なのか……。そしてナナシの味が、今、ワタシのお腹の中に満ちている。これほどの幸福は、今まで味わったことがない……!」


 おそらく、生まれて初めて感じる満腹感。


 美味しいものをお腹いっぱい食べたときの幸福感というのは、キャベンシアさんにとって極上の喜びだったのでしょう。


「ナナシ。ワタシは今、ようやくこの世界に産まれ落ちた。……そう確信できるほどに、今までのワタシとは違うワタシになった。これは比喩ではなく、真実だ。……ああ、ナナシ」


 感極まった様子のキャベンシアさんが、ごくごく自然な動きで僕の前にひざまずきました。


「ワタシは、愚かだった。己の不甲斐なさを恥じて、アナタのそばを離れようとしていた」


 やっぱり。そういう話をしにきていたのですね。


「しかし今、理解した。ワタシはもうアナタから決して離れない。いつ如何なるときもアナタのそばにいる。ナナシからの恵みなしに、ワタシはもうワタシではいられないのだ」


 僕が作る過剰蓄魔石の味が忘れられない、ということですね。


「これから先の生涯、ワタシはナナシのために戦う。そうすることでしか、この恩は返せない。ナナシよ。ワタシの光よ。どうかワタシが、アナタに仕えることを許してほしい」


 うーん。これは、こういうノリだと思ってノッたほうが良いやつですよね。


「キャベンシアさん。許します。これから先もどうか、よろしくお願いします」


「ありがとう。我がグラ剣の煌めきに誓って、必ずナナシを守護る」


「それと、僕だけでなく、僕と一緒に大切なものも守ってほしいです。お願いできますか?」


「承知した」


 それなら、と僕は右手を差し出します。

 これから先もよろしく、という握手をしようと思ったからです。


 すると。


「我が忠誠を、我が君に」


 キャベンシアさんは僕の手を取ると、そのまま僕の手の甲に口付けをしました。


 あ、あれ?

 なんか、思ってたのと違う反応です。


 ……ま、まぁ、いいでしょう!


 最近自信をなくしていたキャベンシアさんが、とってもツヤツヤの元気になりましたから!


 明日からの探索でもよろしくお願いしますね、と伝えて別れ、キャベンシアさんは自分の部屋に帰っていきました。




 なお、翌日。


「ナナシ、その……。昨日の今日で悪いんだが……。今朝の分のお情けをいただけないだろうか……。ワタシはもう、我慢ができなくて……」


 とか。


「昨晩の、ナナシのモノ魔力が腹の中に満ちる感覚が忘れられないのだ。ああ、あれほどの幸福を味わえるだなんて……!」


 とか、キャベンシアさんが言うものですから、何人かから何があったのか問い詰められる事態に陥りましたが。


 各方面に全力土下座ののちに事情を説明したところ、なんやかんやでなんとかなりましたとさ。ちゃんちゃん。

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