第093話・悪癖が出るほど追い詰められています


「おいナナシ、落ち込むなよ。お前が筋骨隆々のむくつけき大漢じゃなくても、あの大亀を倒したのは間違いないんだからよ」


 いや、別に落ち込んでなんていないですけど。

 ただちょっと、僕の身体も早く成長期が来ないかなーと思っただけですけど。


 いやほんと。わりと真剣に。

 今の僕の肉体は中学一年生ぐらいの年代で、身長も伸びてないですし筋肉も全然ついていません。


 成長期の前に無理に筋トレをして筋肉をつけても良くないと言いますし、魔力による身体強化ができる現状ではそこまで困ってはいないのですが。


 僕は、昨日僕の服を脱がして全裸にしてきた女の子をチラリと見ます。


 パンツまで脱がして浴場に連れて行くときに、ぼそっと「なんだ、サイズのわりにツルツルじゃねーか」とか言ってたんですよね、この人。


 いや、別にそれを気にしているというわけでもないんですけどね。ええ。全然、別に。


 お嬢様とかジェニカさんに見られたときは何も言われなかったですけどね。


「なんだよ。やっぱ落ち込んでるじゃねーか。大丈夫だよ、元気出せって。今はアタシよりチビだけど、そのうち背も伸びるって」


 ぐぐぐっ……。

 身長が負けているのは純然たる事実なので、何も言い返せない……。


 僕は、悔しさのあまり、つい無意識のうちに右手の親指を口に入れてガジガジと噛みました。


 それからちゅうちゅうと吸い始めたところで手指を吸っていることに気づき、手から口を離します。


 ……ふぅ。

 いけませんね。


 女神様の敬虔な信者にしてお嬢様の忠実な従者である僕は、公衆の面前で指しゃぶりなんて子供っぽいことをしてはいけないのです。


 ……いえその、実は。


 願掛けの意味も込めてお嬢様の元にお戻りするまでは、んですけど。


 最近ほんとに禁断症状が出てきていて、気を抜くとつい無意識に指を吸ってしまうんですよね。


 しかもそれをメラミちゃんから「お前、おぎょーぎが悪いな!」って指摘されて気づいたものですから、余計に気をつけないと行けないんですけども。


 僕は隣を歩くメラミちゃんの太ももをチラリと見た後、ぶんぶんと頭を振ります。


 ダメですダメです。

 メラミちゃんのお足は確かに美味しそうですけど、今は我慢しなくてはなりません。


 イェルン姉さんとかミーシャ姉さんとか、勇猛楽団の皆さんとかも美味しそうなお足ではありますが。


 僕は、我慢ができる男なので。


 少なくとも、帰還の目処が立つまでは足舐めを封印しておくのです。


 ううむ、こういう時は違うことを考えましょう。


 そもそもなんですけども。

 いつになったら僕は、女の子に間違えられなくなるんでしょうね?


 いまだに初対面の人からはお嬢ちゃんとか言われてしまいますし。


 皇帝陛下が用意してくれたホテルも女性陣と同室になっていますし。


 やっぱり身長ですかね。

 僕、ロビンちゃん以外の方には身長負けてますからね。


 そりゃあ女の子に間違われるというものですよ。


 はぁ……。となるとやっぱり、早く成長期が来てくれないダメですね……。けどそれは、果たしていつのことになるのやら。



 仕方がないので僕は、想像力を用いてイマジナリー女神様を目の前に召喚し、慰めてもらうことにしました。



 なにげに初めての試みでしたが、うまくいきました。

 僕は目の前に現れた女神様からお言葉を頂戴します。


『大丈夫じゃよ、ナナシ。おヌシの肉体はよく伸びるようにできておる。成長期がくれば六尺五寸まで伸びるとも』


 ほんとうですか女神様。


『ほんとうじゃとも。ワシが作って与えた肉体なのじゃから間違いない。そら、しゃきっと顔を上げるがよい』


 分かりました女神様!


「そうですね、僕もそのうちムキムキマッチョで高身長な肉体になりますよね!」


「えっ? あ、おお……。そうだな……」


「そしてそれならやっぱり三食きちんとバランスの良い食事が必要ですよね。あ、あそこで串肉を売ってますよ。買って一緒に食べませんか?」


 僕は串肉(豚か、それとも猪かな?)を売っている屋台の前にいき、串五十本をまとめ買いしてもぐもぐしながら歩きます。


 もぐもぐ、もぐもぐもぐ。


 もぐもぐ、もぐもぐもぐ。


 メラミちゃんも何本か串肉を食べながら一緒に街を巡り、浮かれ騒ぐ帝都の街並みを見回っていると。


「テメーまた来やがったな! 今日という今日はカネ払ってもらうぞ!!」


 と、なんだか怒っている人の声が聞こえました。


 そちらを見てみると、怒っているのはどうやら揚げた鶏肉(でっかい唐揚げみたいなやつです)を売っている屋台の店主さんのようです。


 揚鶏屋さんの屋台の前には、大きな剣を背負った人が立っています。灰色の長い髪でお顔がよく見えませんが、女の人っぽいです。


 ボロボロのマントを纏っていて体型は見えません。

 聞こえてくる声音は困り果てているようでした。


「すまない。だが、ワタシには今手持ちのお金がまったくないんだ。だからツケを払うことができない」


「じゃあもうテメーに喰わせる飯はねえよ! 帰れ帰れ!」


「しかし、アナタの揚げる揚鶏はとても美味しい。いくらでも食べられるし、食べると幸せになれる。そしてワタシは空腹のままだと働けず、働かなければお金を得ることもできない。それではアナタへのツケを返すどころか、日々の生活すらままならなくなってしまう。なんとかならないだろうか」


「やかましい!! 金も持たずに飯を食おうってのが間違ってるんだよ! おら、金が払えねーなら客でもなんでもねぇ! 他の客の邪魔だ! とっととそこをどきやがれ!」


 そう言って追い払われた女の人は、とても悲しそうな目をしてお腹の辺りに手を当てます。


 ぐうううぅぅーーー、と豪快に腹の虫が鳴りました。


 お腹をさすりながら、余計に悲しそうな目で揚げたての揚鶏を見つめています。


 口の端からヨダレを垂らしながらお財布を逆さまにして振って(何も出てきませんでした)ため息をつきました。


 ……ねぇねぇメラミちゃん。


「なんだよ。アタシのカネは出さねーぞ。それだけは言っとく。そんでアンタのカネをアンタがどう使おーがアンタの勝手だろ。好きにしろよ」


 分かりました。


 僕は先ほどの揚鶏の屋台で店頭に並んでいるだけの揚鶏を買い、それからヨダレだらだらでこちらを見ている灰色の髪の女の人に声をかけたのでした。

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