第067話・ギャンブラー・バトル☆


 レミカさんを中心にして球形の結界壁が大きく広がります。


 その展開速度はかなりのもので、瞬く間にティラノ君どころかまだ少し離れたところを飛んでいた僕たちも結界内に取り込まれました。


 と。


「っ!? うわわっ!?」


「おっとこれは」


 僕とジェニカさんは、突然足場が消え去りバランスを崩して落下します。


 慌てるジェニカさんを僕は改めて作成したトランポリン結界壁でぼよよんと受け止め、僕もトランポリンの上に着地して周囲を見渡します。


 ここはおそらくレミカさんの作成した結界の中なのでしょう。


 そして、これは初めての経験なのですが。

 カベコプター、つまり僕の作った結界がました。


 先ほどレミカさんの作った結界に取り込まれる時になんだかグッと押されるような感覚があり、その感覚に戸惑っているうちに僕の結界が消えてしまったのです。


 そして今、トランポリン結界を作るときにもグッと抵抗される感覚があり、今度はその抵抗感を押し返す感じで結界を作成すると、結界壁を作ることができました。


 この感覚は……。


「えっ、ここどこ!?」


 ジェニカさんも顔を上げて周囲を見回しています。


 僕はトランポリン結界を動かして床に着地すると、結界を解除します。


 そしてジェニカさんに、近場にあったを勧めました。


「これどうぞ、ジェニカさん」


「あ、ありがとうナナシくん……? え、ほんとにここどこ?」


 ジェニカさんの言葉ももっともですね。

 たぶんジェニカさんは初めて見る光景なのではないでしょうか。


 周囲にあるのは、ずらりと並ぶスロット台。


 ポーカーやブラックジャックのテーブル。


 ビンゴマシーンに、……あれはマージャン卓でしょうか。ダーツやビリヤードもあるみたいです。


 高い天井に広々とした空間。

 煌びやかな装飾のされたこの場所は。


「ここはレミカさんの結界の中だと思いますが……、、もしくはこじゃれたゲームセンターみたいですね」


 どちらも前世の僕はあまり縁のなかったところです。たまにクレーンゲームでフィギュアを取ったりするぐらいでした。


 そして僕たちがいるところはこの広い空間の壁際のあたりのようで、空間の真ん中のほうのすり鉢状になった床の中心には、レミカさんとティラノ君がいるようです。


 というのも。


「壁の絵が動いてる……? あ、これもしかしてレミカさん!?」


 壁には大きめのモニターがいくつも並び、レミカさんとティラノ君が戦っている様子が様々な角度から映し出されています。


 この映像を見ると、レミカさんの現在の状況が分かりました。


 ひとまず分かるのは、レミカさんがティラノ君と戦っていることと、レミカさんの格好が変わっていることですね。


 レミカさん、いつの間にかバニーガール姿になっています。


 ウサ耳のついたシルクハットに、黒のバニースーツ。


 お足は白タイツで覆われていて、飾り襟や飾り袖も付けています。


「うわー……、なんか可愛い服になってる……」


 ジェニカさんがある程度落ち着いてきたのを見て、僕はこの空間の中心のほうを指差して言いました。


「その映像は今まさに戦っているレミカさんを写していて、あちらに行けば実際に戦っているレミカさんを応援することができると思います」


「そ、そうなの?」


「せっかくなので、行ってみましょう」


 そうして、僕とジェニカさんは空間の中心に向かいました。




 近づいてみると、中心部の頭上には大きな円盤が吊られていました。


 そして円盤には、回転式のダーツ抽選機みたいにいくつもの数字が書かれていて、時折円盤の縁の電光表示がピピピピピと動いては、止まったところの数字が光り、数字に応じた数のボールが落ちていきました。


 そして落ちたボールはすり鉢の中でゴロゴロと不規則に転がり、一番底にある回転する床に向けて飛び込んでいきます。


 これ、あれですね。

 ルーレット盤なんですね。


 そして落ちたボールがルーレット盤の数字に入ると。


「はあっ!」


 すり鉢床のところでティラノ君と戦っていたレミカさんの体内魔力が突然増加しました。


 さらにはぐんっと加速し、手にした青龍刀がティラノ君の左脚に切り傷を負わせます。


 ぐらり、とティラノ君の体が傾きかけます。


 グアアァァァアアアアアアッ!!

 

 吠えるティラノ君。


 ぐっと踏ん張って体勢を維持し、シッポを振り回してレミカさんを狙います。


 するとレミカさんの被っているシルクハットが大きくなってレミカさんを包みました。

 次の瞬間シッポがぶち当たりますが、シルクハットはひしゃげながらもシッポを受け止めます。


「ほら、こっちこっち!」


 別の場所に現れたシルクハットからレミカさんが飛び出し、手に持った青龍刀を逆手にしてシッポの付け根を上から刺しました。


 貫通、とはいきませんでしたが、切先は深々と突き刺さり、ティラノ君が痛みに呻きます。


 レミカさんは青龍刀を刺したまま飛び下がり、空いた右手を、レバーを引くようにして振り下ろしました。


 ピピピピピピピピ……!


 頭上に吊られた抽選機の電光表示が、勢いよく回ります。


 やがて移動速度が落ち、止まったところの数字は六。


 抽選機から六つのボールが落ちてきて、回転するルーレット盤に飛び込んでいきました。


「レッド!」


 レミカさんが叫び、その後ボールがルーレット盤に飛び込んでいきます。

 六つのボールのうち、四つが赤に入りました。


 レミカさんの体内の魔力量が、さらに増えたのが分かります。


 踏み込みの力強さも増し、普段のレミカさんでは考えられない速度でティラノ君を攻め立てています。


 少し距離を空けて大ぶりなナイフを投げつければティラノ君の鱗をかち割って突き刺さり、


 突如大量にティラノ君の口の中からカラフルなボールが出てきたかと思うと、それらが一斉に爆発してボールの色と同じ煙をまき散らし、ティラノ君の顔面を焦がします。


 すごい、あのティラノ君に攻撃が通じています!


 ジェニカさんもその様子を見て元気に喜びました。


 デカすぎてなかなか致命傷を与えることはできませんが、それでも確実に手傷を負わせていっています。

 このままいけば、本当に一人で倒してしまえるかもしれません。


 その後もレミカさんはティラノ君を圧倒しながら、時折ボールを落下させてはアタリを予想してベットしていきます。

 そしてアタリが積み重なるにつれ、レミカさんがどんどん強化されていくのです。


 そしてだいぶティラノ君の体力を削ったところで、再びレミカさんが空いた右手を振り下ろしました。


 ピピピピピピピピ……!


 円盤の電光表示が回り、示した数字は九。

 頭上の円盤の中で最も大きい数字です。


 九つのボールが降ってきたところで、レミカさんが意を決したように叫びました。


「四、六、八! 十六、十八、十九! 二十一、三十一、三十三!」


 次々に数字を言います。

 僕は、一番低いところで回るルーレット盤を見てみます。


 ……なるほど。

 バラバラな数字に聞こえましたが、ルーレット盤の並びで見れば連続して並んでいるのですね。


 ルーレット盤のおよそ四分の一のエリア、その中にどれか一つでもボールが入ればアタリということなのでしょう。


 そしてアタリを引ければ、体内の魔力量が増加するし、おそらくですが身体強化の倍率も上がるのではないでしょうか。


 これがレミカさんの奥の手。

 強力な先天スキルを付与した結界というやつなのでしょう。


 確かにこれは勉強になります。

 結界へのスキルの乗せ方というか、混ぜ方というか合わせ方というか。


 つまりですね。

 結界術がもともと持っているポテンシャル以上の付与効果を結界に付与するためには、結界そのものの空き容量を大きくしてそこに先天スキルの効果を搭載できるようにする必要があるわけでして。


 これは、結界壁の移動や変形操作とは全く異なる技術を必要とするものですね。


 この部分の鍛錬は、僕は全く足りていないと言い切れますので、また今度練習してみることにします。


 さてさて。

 そんなことを考えていると、すり鉢床の上を転がるボールたちが次々とルーレット盤に飛び込んでいきます。


 そしておそるべきことに。


「あっ……!?」

「ああっ、そんな……!!」


 レミカさんとジェニカさんの焦る声。

 特にレミカさんは、今までに聞いたことがないぐらい悲痛な声を出しました。


 なんとレミカさん、全ての予想を外したのです。


 レミカさんが指定したポケットには、ひとつのボールも入りませんでした。盤の四分の一ものエリアを指定して、九つもボールを投下したというのにです。


 いや、こういう時って普通何らかの忖度とかが入って低確率のアタリでもディスティニードローするものなんじゃないんですか。


 自分の結界なのにマジで結果は運任せとか、レミカさんギャンブラーすぎでしょ。


 すると。


「うわわっ、まずい……!」


 とたんにレミカさんの動きがガクンと鈍りました。


 あ、たぶんあれ、ハズレたペナルティーで魔力量と身体強化倍率が元に戻ったのでしょう。


 バフが全て剥がされて素の戦闘力に戻されたので、そのギャップに身体が追いついていないのです。


 そしてそんな隙を見逃すはずもないのがティラノ君です。ここぞとばかりに一気呵成にレミカさんを攻め立てます。


 レミカさんはとっさにシルクハットに隠れました。次の瞬間振り下ろされたシッポがシルクハットを叩き潰し、さらにそこをめった打ちにします。


「いやぁ、失敗しっぱい」


 いつの間にか僕たちの背後に現れたレミカさんは、てへぺろ顔で言いました。


「あそこで連チャン引けないとは。大量ベットが響いて一気にガス欠になっちゃったよ」


 そしてぬけぬけとこう続けます。


「というわけで、ちょっと今日はダメな日だったみたい。ナナシ君、後は任せてもいい?」


「……まぁ、元々はそのつもりだったので、良いですけど」


「ごめんね。また今度カッコ良いところ見せられるように頑張るよ」


 そう言ってウインクしながら手刀を切ったレミカさんは、いまだにレミカさんを見失って暴れているティラノ君の脳天に、頭上に吊っていた円盤を落下させて直撃、爆発させました。


 そしてモクモクと立ち昇る煙に紛れて僕は結界術を使い、ティラノ君を拘束してから首を落としたのでした。

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