短めの小話・3


「そういえば。レミカさんとナルさんって、お互いのことをどう思ってるんですか?」


 カベコプター・屋形船スタイルを飛ばしながら、僕は船内で将棋対決をしていたお二人に尋ねてみました。


「なんだ、藪から棒に」


「いえ、深い意味はないんですけど。仮にも義姉妹になりかけていた仲で、かといってそうはならず。今は共にお嬢様にお仕えする間柄ですので、何か思うところとかあるのかな、と」


 ちなみに先ほど海上から陸上に入り、引き続き極魔の大森林に向かって西進飛行を続けているところです。


 ここから森まではまだまだ遠いので、神殿のある拠点に戻るには時間がかかることでしょう。


 そして陸上に戻ってきたのでしばらくは危険な飛行生物などもいないでしょうし、運転に余裕のあるときに聞いてみようかなと思いまして。


「そもそも、お二人は以前から面識はあったのですか?」


「それはまぁ、多少は」


「とは言っても、ナルちゃんとこが輿入れの話を持ってきたときにしばらくウチに滞在したことがあって、そのときにお互い何度か顔を見たことがあるぐらいじゃない? まともに会話をするのは、たぶんこの船に乗ってからが初めてだよ」


「そうなのですか」


「うん。だから私も、こうしてナルちゃんと普通にお話をしているのは、今でもちょっと不思議な気分。それに、どう思うかと言われても……、これから仲良くできたらいいな、としか」


 すると、ナルさんが少しばかり不満げなお顔に。


「……私は、レミカを一目見たときから、いずれは一度手合わせ願いたいと思っていたのだが」


「へっ? ……そうなの? え、それっていつから?」


「だから、最初に見たときからだ。婚姻の話をするために兄貴たちとともにフジクラ家に赴き、最初の晩に歓待の宴が開かれただろう」


「でも私、その宴には呼ばれてなかったと思うけど」


 レミカさん、家族からハブにされてたんですか。

 なんとひどい。


「そうだな。だが、私も宴の熱気にあてられて、少し夜風を浴びようと庭に出たんだ。そしたら、」


 ナルさんは、レミカさんを指差します。


「アンタが、一人で庭にいた。そして、実に鮮やかな剣捌きで巻き藁を杭ごと輪切りにした。その様子を見て、私は思った。コイツは強い、やはりフジクラ家ともなればこれほどの手練れもいるのだな、と」


「鍛錬の様子を見てたってこと? ……あー、そういえば、鍛錬中に突然寒気がしたことがあったような……」


「その後しばらくレミカの動きぶりを見てから、私は昂る気持ちを抑えて宴に戻ったんだ。そのときから、私はレミカのことが気になっていた。これほどの相手と近くにいて競い合えるなら、こんな茶番のような婚姻も悪いことばかりではないと。……ただ、」


 ナルさんは、ふぅ、とため息をつきました。


「それから数日フジクラ家に滞在したが、アヤガラ殿を除いてレミカ以上に腕の立つ人間は見受けられなかった。そしてフジクラ家の中の腕の立つ者として紹介された家臣数人と手合わせをさせてもらったりもしたが、そこにレミカはいなかった」


「……まぁ、呼ばれなかったからね」


「私も似たようなものだから分かったが、……女がいくら強くなっても、誰も見てくれないし認めてはくれない。それはフジクラ家でも同じだと分かってしまって、落胆した。結局私も家と家を繋ぐかすがいとしての役目と、世継ぎを作るための道具としての役目しかないのだろうと」


 ……ふむ。


「なんとなく感じていましたけど、ワーフー諸島連合国って女性の立場が弱いのですね。ナルさんもレミカさんも、今まで色々たいへんなことがあったのだと思います。そんなことを、不躾に聞いてしまって申し訳ないです……」


 僕は申し訳なさでいっぱいになり、お二人に向けて土下座しました。


 すると二人は、顔を見合わせて。


「いや、いいさ。ナナシが気にする必要もないことだからな」


「そうだね。それに、今はハローチェちゃんに引っ張り出してもらったから」


 そう言って許してくれました。


 ああ、お二人ともなんとお優しい……。


「それよりナナシ君こそ、私たちのことをどう思ってるの?」


 僕が、ですか?


「うん。ナナシ君もハローチェちゃんに仕えてるわけで、私たちの同僚、みたいなことなんでしょ? ナナシ君は、私たちに対して思うことはないの?」


 そうですねぇ……。


「ナルさんには、不甲斐ない僕を鍛えてもらった恩がありますし、強くて美人でとてもお足が長くて美味しそうで、とても素敵だと思います」


「……そうか」


「レミカさんは、最初はちょっと警戒してしまいましたが、今はともにお嬢様にお仕えする身ですし、美人でスリムでスマートなお足が美味しそうなので、もっと仲良くなりたいと思っています」


「そ、そう……」


 お二人とも、お足がとっても美味しそうなんですよね。


 お嬢様やジェニカさんのお足もとても美味しいのですが、それに負けず劣らず美味しそうなので、いつかいずれ、味わってみたいです。


 今のところは、舐めても良いよと許していただけていないので、いつか機会が来ることを心待ちにしているわけですけども。


 日々の足舐め欲は毎日夕方の礼拝後にジェニカさんが舐めさせてくれるので、ある程度解消できているんですけど……、やっぱり目の前に美味しそうなお足があると、ついついそちらにも目移りをしてしまって……。


「……お前、相変わらず難儀な奴だな」


「ちなみになんだけど、ジェンさんの足ってどういうふうに美味しいの?」


「おい、レミカ」


「いやほら、毎日舐めてるのは知ってるけど、仮に私たちが舐めてもたぶん美味しいとは思わないでしょ?」


 そう、ですね。


 僕は、素敵な女性の生足に舌を這わせると旨みを感じるんですけど、他の方はそうじゃないわけですからね。


「だったら、ナナシ君がどう感じてるか、ちょっと説明してみてよ」


 うーん。


 まず、言えるのは、僕の感じている旨みは概念的なものであって、実物の美味しいご飯を食べたときに感じる旨みとは種類が違うということですね。


 そのうえで、僕の感じている味を食べ物の味に例えるなら、


「ジェニカさんのお足は、和ダシみたいな味ですね。あの、カツオと昆布でゆっくり丁寧に引いたダシ汁の味です。決して派手な味ではないんですが、舐めてると落ち着く味わいと言いますか、いくらでも飲めちゃう感じの味と言いますか……」


「ふーん……。それならハローチェちゃんのは?」


「お嬢様のは、濃いめに作ったコークハイですね。あ、コークハイというのは、甘い炭酸ジュースでウイスキーを割ったもので……、え、炭酸ジュースが分からないですか? シュワシュワする砂糖水のことですが……、とにかく! 要は濃いお酒に甘い味を付けた物です。甘いので飲みやすいのですが、酒精は濃いのでつい酔いすぎてしまうという代物で、僕はいつもお嬢様のお足を舐めるときは、興奮しすぎて舐めすぎないように気をつけないといけないのです」


 レミカさんは僕の言葉を聞いて、分かったのか分かってないのか分からないような顔で「うーん」と言いました。


「難解だなぁ」


「だから言っただろ」


「けど、ナナシ君のことが少しだけ分かった気はするよ」


「気のせいだと思うけどな……」


 とかなんとか言っていると。


「いーーーやーーーでーーーすーーー!!?」


 と、はちゃめちゃ焦ったようなジェニカさんの声が聞こえてきました。


 ああ、これは。


「お嬢様、説得し始めたのですね」


「極魔の大森林に向かってるって、そんなの聞いてないですよ!? 嫌ですいやですぜったいにむりですーー!! 私はそんな危ないところに行ったら今度こそ死んじゃいますよー!!?」


「大丈夫よジェニカさん。ナナシさん一人で三年間過ごせたぐらいだし、私も二か月ぐらい暮らしてみたけど、案外過ごしやすいどころだったから」


「それは単にハローチェさんとかナナシくんがすごいからですよ!! 私は無理です! 絶対むり! 無理無理無理! むーりーでーすってーーっ!?」


 ジェニカさん、恥も外聞もなくギャン泣きです。

 嫌だ嫌だと言いながら床の上を転がりまわっています。


 よほど極魔の大森林に行きたくないようですね。


「……まぁ、私でも最初はびっくりしたものね」


「私は少し心躍ったが、本来はあの反応が正常だろうさ」


 けどまぁ、たぶん最後はお嬢様に優しく説得されると思います。


 まだまだ森まで遠いので、時間はたっぷりありますし。


 僕は、気を取り直して前を向き、カベコプターの操縦を続けたのでした。

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