第037話・ここにしかない澄みきった青空


 さてさて。

 新しい仲間も増えたところで。


「それではお嬢様。これから燕晴貝を探しにいきますか?」


 この海域に来た目的。


 それはとても美しい真珠を出すといわれる燕晴貝です。


 その燕晴貝から採れた真珠を大量に使って、お嬢様の生まれ故郷であるグロリアス王国の至宝に並ぶ首飾りネックレスを作ることが、この薄暗い海に来た目的なのです。


 任せてくださいよ、お嬢様。


 僕がこの辺り一帯の海の底を全てさらって探し出してみせますので。


「ああ、そのことなんだけど。ナルさん、よろしいかしら?」


 お嬢様の言葉に頷いたナルさんは、足元から先ほどは肩に担いでいた布袋を持ち上げ、結界製テーブルの上に置きました。


 はて、これは?


「燕晴貝だろ。……だよ」


 ナルさんが袋をひっくり返して中身をぶちまけました。


 袋の中からは、たくさんの二枚貝が出てきました。


「ま、まさかこれって……!?」


 ジェニカさんが目を見開いて驚きます。


 僕も、テーブルの上の貝をひとつ手に取って、じっくりと見てみます。


 貝は、僕の手の平より少し大きいぐらいのサイズの二枚貝で、表面が青みがかった黒色をしています。


 口をガッチリ閉じているので手で引っ張ったぐらいでは全く開きません。


 中身が詰まっているのか見た目のわりにズシリと重く、殻はずいぶんと硬そうです。


「これが、燕晴貝なのですか?」


 僕が尋ねると、お嬢様が頷きました。


「ええ、そうよ。言い伝えに聞く通りの見た目をしているし、なによりナナシさんも感じるでしょう、この貝が持つ強い生命力を」


 なるほど。では、この中に真珠が入っているのですね。

 コイツをこじ開ければ良い、と。


「ところが、だ。そう簡単な話でもない。コイツは塩水で茹でてやれば比較的簡単に口を開くんだが、そうやって開かせると中の真珠も劣化してしまう」


「聞いたことがありますね。そうやって取り出した場合、燕晴貝から採れる真珠本来の、抜けるような青空に似た青みが失われてしまうと。市場に出回っている燕晴貝の真珠も大半はそうなっていて、本来の青みが残っているものは、運良く真珠に熱が伝わる前に貝が口を開いたことで取り出せたものだと」


 ふむ。つまり。


「茹でずに口を開けさせたらいいんですね」


「そうだが、それが難しいんだ。貝殻は硬くて壊せないし、そもそも壊せたとしても中の真珠に傷がついたら元も子もない。普通の貝なら口の隙間に刃物を差し込んでこじ開けるんだが、コイツはねじ込む隙間もないぐらいピッタリと閉じている」


 だから私も、何度獲ってもちゃんとした真珠は僅かしか取れていない。


 と、言いながらナルさんは、おもむろに胸の谷間に指を入れてまさぐり、中から折り畳んだ布を出しました。


 わお、せくしー。


 そして畳んだ布を広げると。


「コイツが、私が採った真珠だ」


 中には三粒の、それはそれは美しい真珠が入っていました。


 ほんとうに、綺麗な青空が小さく丸くくり抜かれてこの場にあるかのような、そういった美しさがあります。


 ほほう、なるほど。


 これを取り出せれば良いんですね。

 よく分かりました。


「素晴らしい輝きね。これだけ良い物なら、これ一粒で金貨数百枚は下らないでしょう」


「本当ですねぇ……。私に売却を任せていただけるなら、金貨五百枚は間違いなく取ってこれますよ」


「こんな地獄みたいな無人島だと、そんな価値も無意味だったわけだけどな」


「それはまぁ、そうなんでしょうけど……」


「けど、ここでは決して見ることのできない青空が、この中にだけは存在する。それだけは確かなことで、それは、厳しさと辛さで萎れそうになる私の心を、確かに支えてくれていた」


「……なるほどね。ナルさんもこの過酷な環境で、苦労していたのね」


「……ああ。それに、もし万が一誰かがこの島にやって来たとして、脱出や食糧調達のために使える手札があったほうが良いと思ってな。まさかここまで良い物が獲れるとは思っていなかったが、それも含めて、私はまだツキには見放されていなかったようだ。こうしてアンタたちにも出会えたわけだしな」


「ふふふ。私も、貴女に出会えたことは望外の幸運だったと思っているわ。そこのナナシさんやジェニカさんと同じで、ね」


 お嬢様たちが真珠を囲んでその美しさを讃えていた横で僕は、燕晴貝の閉じた口をじっくりと見つめて閉じ具合を確認しました。


 そしてテーブルの上に置いて、結界壁で挟んで固定し、貝の口を上に向けます。


 両手を合わせて。


「結界作成・薄刃」


 マックスまで薄くした薄刃結界を、ゆっくりと貝の口の部分に合わせます。


 そこからゆっくりと力を込めて、刃を下ろしていくと。


 …………ずずず。


 あ、口の隙間に入りました。

 どうやら僕の薄刃結界のほうが薄いみたいです。


 このまま、中の真珠を傷付けないように少しずつ動かしながら、中の貝柱を切っていって……。


「あら……?」

「ええっ!!?」

「……なんだと?」


 よいしょ、っと最後にこねてみれば。


 横からの圧力に負けて薄刃結界はしまいましたが、貝の口は目に見えて隙間が開きました。


 僕は、貝の口に指を入れて引っ張ります。


 まだ少しだけ抵抗感がありましたが、やがてブチブチと音を鳴らして、貝柱が千切れました。


 燕晴貝がパカリと開いたので、ぷるりとした身の中を探してみると、お目当ての固い感触がありました。


 それをつまんで取り出してみると。


「……おおー、」


 それはそれは美しい、青と乳白色が混ざり合った真珠でした。


 ナルさんの持っている真珠が、青空を丸く切り取ったものだとすれば、この真珠は天上世界の青空が溶け出してきて混ざり合い、この世には存在しないはずの美しさを現世に引っ張ってきたみたいな、そんな美しさをしています。


 これはすごい。


 です。


 僕は、みたいに、真珠を口に入れてコロコロと舐め転がしてみました。


 んんー、美味しい♪

 とろけそうな味わいですね。


「えっ」

「は!?」

「おいおい……」


 僕、まだ幼いころは施設に入ってたんですけど、つるつるした綺麗な石とかキズのないビー玉とかを、飴玉のかわりに舐めていたんですよ。


 綺麗なものって、不思議な味わいがあって美味しいですし、本物の飴玉と違っていくら舐めても消えて無くならないので、僕はずっと石とかビー玉とかを舐めてました。


 そういえば、それがいつから女の子のお足になっていったんでしたっけ。


 ううーん……?


 僕は天を仰ぎながら真珠を舐めて物思いにふけっていましたが、ふと視線を前に戻すと、お嬢様たちが僕の顔をじっと見つめていました。


 おや、皆さん、どうかされましたか?

 僕の顔に何かついていますか?


「……いえ、なんでもないわ。それよりナナシさん。貴方が取り出した真珠を、私にもよく見せてくれないかしら」


 あ、そうですよね。

 失礼しましたお嬢様。


 僕は舐めていた真珠を口から出すと、水で洗ってからお嬢様に手渡しました。


 ジェニカさんとナルさんも、お嬢様の横でのぞき込むようにして、僕が取り出した真珠を見ています。


「……完全な燕晴貝の真珠は、ここまで美しいのね……」


「すごい……。これなら金貨千枚でも売れますよ……」


「こんな……、なんという……」


 皆さん、この真珠の美しさに目を奪われているようですね。


 えへへ、それなら他の貝も頑張って全部開けますね!


 そうすれば、首飾りを作れるだけの真珠が手に入るのではないでしょうか。



 その後、僕は夜までかけてナルさんの獲ってきた燕晴貝を全てこじ開けて真珠を回収し、さらに翌日、真珠のサイズや美しさにこだわるために近隣の海の底を全てさらい、獲れた燕晴貝を二週間かけて全てこじ開ける作業に没頭したのでした。

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