第015話・お嬢様と食糧調達


 ◇◇◇


「きゃああーーっ!? きゃあああーーーーっ!!?」


 森の皆さんこんにちは、ナナシです。


 時刻は間もなくお昼前。

 場所は森の奥深くまで来たところです。


 現在、腰が抜けたお嬢様が僕の足にしがみつき、ものすごい悲鳴をあげています。


 お嬢様も必死です。涙目です。


 僕は目の前で結界壁にかじりついているティラノ君に目をやります。


 グォォォオオオオオオオオオオッッ!!


 ガギンガギン、ガギンガギンと結界壁に牙を突き立てて食い破ろうとしています。


 こちらもだいぶお怒りです。


 なんとしてでも僕らを食い散らかしてやろうと全力で噛みついてきています。


 いやぁ、これはすごいですね。


 まるで映画みたいです。


 ど迫力のティラノ君の顔が間近で見られるどころか、口の中までよく見えます。


 虫歯ひとつありませんね。


 こんな鋭い牙に噛まれたらあっという間に真っ二つにされそうです。


 まぁ、ティラノ君に僕の結界は破壊できないでしょうから、その心配はないのですが。


「いやーーっ!? 食べられるーーーーっ!?」


 半べそかいてるお嬢様に、僕は笑って言います。


「ははは。大丈夫ですよお嬢様。僕の結界は壊れませんので」


 ゴゴリゴリゴリゴリ……!


 ガリゴリガリゴリゴリゴリ……!


「めちゃくちゃガリガリ鳴ってるんだけど!? 今にも壊れそうじゃないの!?」


「大丈夫ですって。お嬢様は心配性ですねぇ」


 今まで何匹ものティラノ君に会ってきましたが、僕の結界を壊せた奴はいませんでした。


 たとえ今目の前にいるティラノ君が、今までの個体と比べて二回り以上巨大で体表の色も溶岩のように真っ赤で、漏れ出る魔力の圧も桁違いに強い変わり者だという点を加味しても、心配無用だというものですよ。


 ……おや?


「なんか、口の奥が光ってますね」


 僕たちのいる結界にかじりついたまま、ティラノ君のノド奥から紅い光が昇ってきているのが見えました。


 ほほう、このパターンは初めてですね。


 いったい何が起きるのでしょうか。


「ま、まさか……!?」


「お嬢様、何かご存じなのですか?」


 僕の問いかけに答えられないまま、お嬢様は引きつったお顔で叫びます。


「ナナシさん! 全力防御!!」


 その直後、ティラノ君の口から紅い光があふれたかと思うと、僕たちのいる結界がすっぽり入るぐらい極太の熱線が吐き出され、結界を直撃したのでした。






 ◇◇◇


 さてさて、どうしてこんなことになったのかと言いますと。


 まず、お嬢様とともに食糧調達に出てしばらくは、二人でカベコプターに乗って移動していました。


 森の木々の間を抜けていきながら、今日の獲物を探していたのです。


 しかしその途中で、お嬢様が言いました。


「いや、これに乗るのは便利だけど、それだと運動にならないじゃない……」


 ということで、二人でカベコプターから降りて、歩いて獲物を探すことになったのです。


 カベコプターを上空に引き連れて(中にお昼のお弁当とか水筒とかを入れてるので解除はできませんでした)トコトコ歩いていると、やがてお嬢様は小型の爬虫類の群れを見つけました。


 まぁ、小型といっても僕たちの背丈よりは大きいのですが。


 この森に住む生き物たちの中ではだいぶ小型の爬虫類で、僕はラプトル君と呼んでいる種類の生き物なのですが、お嬢様はこれを何匹か狩ろうと言い出しました。


 ラプトル君は、筋張った部分が多くあまりお肉が取れないのですが、しっかり煮込んで味付けをすれば美味しくいただけるので、僕もたまに狩っている生き物です。


 すじ煮込み、好きなんですよね。

 コンビニのおでんでもよく買っていました。


 それに、お嬢様の実力ならこの程度の生き物の群れに脅かされることもないでしょうし、いざとなれば僕の結界でお守りすればいいのですから、お嬢様を止める理由はありませんでした。


 そうして棒を持ったお嬢様がラプトル君の群れに突撃し、手早く三匹ほど頭部を殴り付けて倒したところで、他のラプトル君たちが逃走を始めました。


 まぁ、この森で生き残っている生き物たちはどいつもこいつも野生の嗅覚というものが敏感でして。


 ちょっとでも自分より強い生き物とは戦わずに逃げ出すのですよ。


 そんなこんなで、逃げ出したラプトル君たちを追いかけ始めたお嬢様を追って、僕も森の中をひた走った(倒したラプトル君たちは回収してカベコプターに収納しました)わけですが。


 お嬢様もちょっと興奮してしまっていたのか、帰り道を考えずにどんどん森の奥へ進んでいってしまったのです。


 僕もまぁ、最終的にはカベコプターに乗って帰るつもりにしていたのでひたすらお嬢様の後を追って付いていっていたところに。


 めちゃくちゃバカデカくて紅いティラノ君が現れ、お嬢様の目の前で逃げ惑っていたラプトル君たちを次々に噛み殺していったのです。


 おそらく、逃げていたラプトル君たちも想定以上に追い回してくるお嬢様から逃げるのに必死で、ついつい自分たちの縄張りから出てしまったのでしょう。


 その先の森を縄張りにしていたのが、真紅のボディのティラノ君だったというわけです。


 そして、自分の縄張りを荒らされたティラノ君は、怒り狂って目の前の小さな生き物たちを皆殺しにしたあと。


 グォォォオオオオオオオオオオッッ!!


 腰を抜かして地面にへたり込んだお嬢様に、その牙を向けたのでした。


 で、そうなれば僕もお嬢様を守らないといけないわけで。


 お嬢様の前に立ちふさがって結界を張ったところで、冒頭の状況になったわけですよ。


 いやはや、やはりこの森は弱肉強食が過ぎますね。


 強くなければ、強い者に喰われて終わりなんですよ。残念ながら。




 で、そんなめちゃつよ生物である紅ティラノ君の口からは、これまた馬鹿みたいに強力な熱線が吐き出されました。


 すさまじい光と衝撃。


 一拍遅れて耳に叩きつけられる轟音。


 僕たちのいる結界を紅い光が呑み込み、さらにその後方の遥か先までの木々が一瞬で炭化して薙ぎ倒されていきます。


 何秒か、それとも何十秒かはたったでしょうか。


 ようやく紅ティラノ君の口からあふれる熱線が収まったときには、周囲の状況は一変していました。


 地面は煮えたぎる溶岩のように赤熱してドロドロに溶け、一部はガラス状になっています。


 熱線が直撃した木々は全て燃え尽きて灰も残っておらず、直撃しなかった木々も熱線の余波で枝葉に火がついてメラメラと燃えてしまっています。


 まるで灼熱地獄の中にいるかのような情景に、辺り一面変わってしまいました。


 ゴォロロロロロロロロロ……。


 熱線を出し切ったティラノ君の口からは、口腔内を冷却するための唾液があふれ出し、蒸発してモクモクと水蒸気が立ち昇っています。


 熱線を浴びた地面からもモクモクと煙が立ち昇り、溶けてえぐれた地面がはるか先まで続いています。


 後でお嬢様から教えてもらったのですが、このティラノ君は上位個体と呼ばれる奴だったみたいで、体内の魔力を咆哮ブレスにして放出できる能力があったようです。


 暴竜咆哮ダイナソーブレスとでも呼ぶのでしょうか。


 滅びのブラストストリームでもいいかもしれません。


 とにかくこのティラノ君は、そこら辺にいる貧弱一般ティラノ君とは持って生まれたものが違うみたいです。


 そりゃまぁ、超巨大なエネルギーをビームにして口から出せる生き物なんてそんな簡単にいてたまるもんか、というところですが。


 いやぁ、しかし。すごい一撃でした。


 ハラハラドキドキしちゃいましたね。


 それなら今度はこちらのお返しです。


「えいっ」


 僕は結界内から薄刃結界を伸ばし、今しがた暴竜咆哮に耐え切った結界壁(遮光、遮音、完全断熱、耐衝撃強化を咆哮直撃の直前に追加付与したもの)ごと斬り裂いていって、ティラノ君の首をスパンと切り飛ばしました。


 驚いたような表情を浮かべながら(爬虫類に表情ってあるんでしょうか?)ティラノ君の頭が地面に落ちます。


 大きな身体は力を失ってズズーンと地面に倒れました。


 わあい。食糧ゲットです。


「やりましたねお嬢様。今日の晩ご飯はティラノ君のお肉でステーキにしましょう。とっても美味しいですよ!」


 美味しいお肉がゲットできてお嬢様もさぞやお喜びになっているものと思い、僕はニコニコ笑顔でお嬢様に声をかけたのですが。


「は、はわわわわ……!?」


「……お嬢様?」


 なんとお嬢様は、呆けたお顔でを漏らしてしまっていました。


 お嬢様のお尻の下、結界壁の床面に黄金色の液体が広がっています。というか今も広がっています。ジョバジョバと。


 どうやら暴竜咆哮のインパクトが凄すぎたみたいです。


 あまりの恐怖と、それから危機が過ぎ去ったことの安堵で少し緩んでしまったみたいですね。


 しかし、うーん……。この状況、どうしたらいいんでしょうね……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る