十、散った

 ルゥナの遊びに付き合い、雷雨をしのいだ翌日。光理たちは引き続き、第六都市を目指して出発した。

 新規回路を酷使して反動をくらいはしたが、光理は後遺症もなく、軍用トラックの荷台に収まっている。眠っていた間、逃亡に至るまでのあれそれを思い出してしまったせいで、良い気分とは言い難い。といっても、茶番劇を開始してからは常に仄暗ほのぐらい影が差していたため、完璧に明るい気分だったことは無かったが。


『また廃棄市街があるのかな。なんか、街っぽい感じになってきたよね。ぜんぶ廃墟だけど』


 点けっぱなしの通信機から、助手席に座る淳長の声が聞こえてくる。トラックがまだ穏やかなドライブをしているため、余裕のある調子だった。答えるのはもちろん、運転を担う新しかいない。


『この辺りは旧第二都市跡地の近くですから、建物の残骸もとりわけ多いのでしょう』

『旧第二都市……あー、そっか。今の第一都市と第二都市って新しいんだったよね。規模も前とは違うんだっけ』

『はい。旧第一都市と旧第二都市は、現在最大である第三都市よりも大きな都市でしたが、脅威物の襲来を受けて壊滅。人口の多くは当時未完成だった第三都市から第五都市へ流れることとなり、それによって、該当都市は想定よりも規模が拡大されました』


 整然と説明される話は、光理も既知のこと。第三都市は防壁内の安全圏を中心に、外部市街が形成されている巨大都市。その外部市街よりさらに先の範囲を前線とし、守衛軍や多くの傭兵に守らせている。その在り方は続く第四都市と第五都市も同様。再興された都市と第六以降の都市は、より整った形態を目指して設計されているため、また別の防衛機能を実現させている。


 そして、異物を上回る脅威にして、ナンバリングされた安全圏が最も警戒している存在もまた既知のこと。災害脅威級異物生命体、略して脅威物。全世界を廃墟で埋め尽くした、文字通り脅威の敵性生物。二年前を最後に確認されておらず、実態は謎に包まれたまま。

 脅威物はとにかく巨大で、その姿は怪獣だとか怪物と称する他ない。戦車に戦艦、戦闘機といった兵器を持ち出さなければ掃討できないところも。異物よりも後に現れた存在だが、最初に確認された当時は大型兵器にまで還元祓魔術を適用できておらず、従来の砲弾で掃討するしかできなかった。それでも掃討できていた事実に、「何としてでも」の執念が垣間見える。


 最終確認より前には、嫌がらせよろしく一年に一回は世界のどこかに現れていた脅威物だが、今はめっきり現れなくなっていた。そのため、人類は今が好機とばかりに、還元祓魔術応用兵器の開発および改良を進めている。


『都市一つをこんなにしちゃうとか、怖いよね、脅威物っていうの。二年前から確認されてないんだっけ』

『はい。二年前に確認された個体は本邦に現れましたが、どの都市や廃棄市街からも離れた場所に出現しましたから、どんな人命も失われず幸いでした。研究所も大いに沸き立っていましたね。新兵装を試し放題でしたので』

『大丈夫? 研究所の人たち、叫んだり高笑いしたりしてなかった?』


 明らかに引いたと分かる淳長の声に、光理は思わず笑みを零した。最大戦力として整えた巨大武器を、人類間の戦争ではなく共通の脅威へ向けて思う存分ぶっ放しているわけだから、そう叫ぶ人がいてもおかしくない絵面ではある。もっとも、映画ではなく現実で、あまり感情を表に出さない民族性を持つこの国でなら、あるにしても心の中に収められているだろう。


 二年前といえば、光理と新が高校最後の年を過ごしている頃でもあった。脅威物出現について、学校どころか都市内もざわついていたのをよく憶えている。前線の張り詰めた空気とは全く違う、拠り所のなさと落ち着きのなさも。

 それを見て初めて、光理は自分と、安全圏内で暮らす人間の違いを認知してもいた。ここで暮らす人々は、銃を手にした瞬間、臨戦態勢を取れることはないのだと。


『――改道さん。異物の反応が出ました』


 ちょうど今、銃どころか通信機からの声で切り替わることだって、ない。

 旧第二都市跡地が近いということは、異物遭遇率が高いと同義。差し掛かった最初から、光理の精神は地に足を付け、いつでも出られるよう待ち構えている。


『掃討推奨個体および状況につき、狙撃ポイントに向けて走行を開始します』

「了解」


 荷台からの返事を受け、トラックはたちまち猛進し始めた。空気を呼んだのか、舌を噛まないように努めてか、淳長の声は聞こえない。


『体格は大型、形状は猫科猛獣、適正術式は東洋式術。標的は三体で群れを構成し、旧第二都市の防壁線へ接近中。このまま行けば確実に都心へ到達されます』


 悪路に揺れて凄まじい走行音が響いている車内でも、新の声はよく通る。光理の頭も素早く情報を呑み込み、作戦の予測をいくつか立てていた。


 旧第一都市と旧第二都市は、どちらも廃棄市街ではない。人の姿は無く、人が寄り付くことも無い。というのも、旧都市圏は脅威物の置き土産で、異物発生あるいは強化の温床となってしまっているからだ。毒性散布物を発生させる植物型異物を筆頭に危険が多すぎるため、研究もなかなか進まず、軍部も要請がなければ介入できない。

 毒で汚染された跡地を進んでいる状態に加え、猛獣の形をしている異物が強化されれば、都市圏は脅かされ、廃棄市街に至っては壊滅の危機が色濃くなる。光理と新が事前に取り決めていた、甚大な被害をもたらす異物はなるべく掃討するという条件に基づき、白昼の異物掃討が幕を上げた。


 車内でも浄化装置を応用して空気清浄機扱いしつつ、道なき道を無理やり踏破して、群れを成す異物の行く手へ先回り。停車を確認するなり荷台を降りると、崩落した防壁の残骸が、上下のマスクで狭まった光理の視界へ真っ先に入ってきた。昨日の雨天を引きずってか、毒素の付着ゆえになのか、未だ雲の多い青空を背にした防壁の風化はより濁って見える。

 適正生成弾が土術の目標が複数おり、長居は推奨されないという点を踏まえ、光理が手にしたのは専用カスタムの軍用小銃。腰にはいつもの拳銃リボルバーを装備しているが、相棒の小銃は留守番担当となっていた。


『草加新より改道光理へ。これより狙撃ポイントへの案内を開始します』

「了解、どうぞ」

『ではまず、南東方面へ三十メートルほど進んでください』


 良好な通信から流れ出す正確な誘導に従い、光理は迷いのない駆け足で目的地へ向かう。道中には異物の死骸が転がっており、中には人だったのだろう無残な亡骸も転がっていた。好奇心に負けた研究者か、金に目が眩んだ廃棄市街出身者か、都心へ向かう異物掃討の要請を受けたかつての軍人か。いずれにせよ、準備不十分あるいは不測の事態で命を奪われたのだろう。

 光理にとっても他人事ではなかった。新は毒素が検出されていないか、検出されても数値が低いルートを選んで案内してくれているが、用心するに越したことはない。


 やがて到着した高台の物陰に膝をつき、光理が息を整えていると、毒など物ともしない悠々とした敵影が現れた。渦巻き模様を体に抱く三体の異物は、確かに大型の猫科動物と似ている。前足を付くたび肩甲骨の盛り上がる様が、遠目でもよく見えた。

 視認の傍ら、東洋式土術の弾を生成する弾倉マガジンをセット。逃さず素早く仕留められるよう、設定を自動へ切り替える。握ったグリップから回路が巡り出し、生成した弾を着々と積載していく。


 間もなく、射撃可能範囲に三体の頭部が収まり、光理はトリガーを引いた。連続する反動の震えを抑え込み、確実に三体を射撃。一気に複数の弾を受けた異物たちは、たちまち砂塵となって散った。

 適応はしていたが、変容までは始まっていなかったのだろう。光理はトリガーから指を離すと、他に敵影がないことも確認してから、自動設定を解除する。大きな問題もなく、すぐに殲滅できたのは幸いだった。


『――適性反応消失。お疲れさまです、改道さん』

「うん、お疲れ。これから帰還するね」

『はい。では再度、案内を……、……卯木さん?』


 呼吸を落ち着けたいところだが、そう簡単にはいかないらしい。新の声が張り詰めるのに連なって、光理もまた気を引き締める。『卯木さん、大丈夫ですか』と繰り返し安否を問う声がしていたが、淳長が答える声はしない。


「草加くん、どうしたの」

『卯木さんが意識を失いました。改道さん、現在地から西南西方向へ進んでください。トラックを出します』

「了解」


 想定外が発生しても、光理と新のやり取りは無駄がなく迅速じんそく。光理が指定された方角へ進み出せば、遠くから魔改造軍用トラックの咆哮ほうこうも聞こえてきた。


 淳長が意識を失ったのも、脅威物の置き土産が原因だろうか。毒性ガスの反応がなくても、旧都市圏へ踏み入った人間が原因不明の重篤に陥った事例も確認されている。光理も毒ガスの防御こそしているが、別の原因で体に害が出る可能性も決して低くない。

 推測しながらも、光理は周囲への警戒を怠らず、無事にトラックと合流した。運転席の窓から受け取った浄化装置を使い、手短に外套やマスクへの付着物を取り除き、荷台へ乗り込む。嵌め込まれた窓から助手席を確認すれば、確かに淳長はぐったりとして目を閉じていた。


「気付いたらこうだったの?」

「はい。改道さんのナビゲート中にも、何度か確認してはいたのですが、狙撃完了後には既に意識を失っていました。ひとまず、旧第二都市から離れます」


 やり取りも手短に、変わらず浄化装置を回しながら、魔改造トラックは現在地を飛び出した。

 見事なハンドルさばきのもと、トラックは単身障害物競走じみた爆走を決める。ところが、あともう少しで都市圏を出るというところで明らかに方向を変えた。さすがの光理も重力に引っ張られたが、何とか倒れず姿勢を保つ。


「追っ手!?」

「軍用車の反応です。まだこちらには気付かれてはいませんが、距離を取ります」


 叫ぶような短い光理の問いに、新は緊迫をまとった硬い返事を寄越す。都市圏へ近づく異物の反応は、近くの都市圏にも観測される。先んじて光理が掃討したため、反応消失に伴い引き上げてくれるかもしれないが、遭遇の可能性は潰しておくべき。加えて、今は何よりも淳長の安否が先だ。

 変拍子を差し込まれながらも乗りこなしたトラックは、旧第二都市からも、割り込んできた軍用車の反応からも離れた場所へ逃げ込んだ。防壁に囲まれた都市の背が遠くへ霞み、すっかり緑に占領された山中へ。


 第二都市跡地からは距離も充分あり、植物型異物の影響は及んでおらず、新規反応もない。病人を休ませるには最適だった。光理が寝床を用意し、新が淳長を運び出して寝かせる。まだ予断を許さないが、ひとまず落ち着く隙間は空いた。

 光理が周囲を警戒しつつ見守る中、新が一通りの診察を終えるまで、数分。生い茂る枝や雲に日差しを遮断されながらも、じりじりと身をむしばまれていくような感覚を伴う時間は、新の頷きで終幕した。何とか容態は落ち着いたとのサインに、光理は大きく息を吐きながら腰を下ろす。


「っ、はあぁぁ……こんな、心臓が破裂しそうなの、久しぶりかも」


 舗装を知らない土から伝わってきた冷感が血流に乗り、光理の頭を冷やしていく。深呼吸を繰り返しながら、改めて淳長の表情へ視線をやると、少しは和らいだように見えた。やはり、旧第二都市の空気にてられてしまったのだろうか。


「付近をスキャンした際、小屋が確認できました。休憩を終え次第、そちらへ向かいましょう」


 同じく、地面に腰を下ろした新が、息を整えながら言う。間を置かず光理は頷き、三分後には新たな目的地へ向けて動き出していた。

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