スプラッタートマト!
オニイトマキエイ
1章
第1話 スプラッタートマト!
「……クソッタレ、腹が減って死にそうだなあゴラ。アフリカの子ども達に比べて日本が恵まれてるだぁ? 誰だァ、そんな馬鹿なこと抜かすドアホはよォ。ここに餓死しそうな日本のガキがいるだろうが」
もう何日も風呂に入っていないであろう暴れた髪の毛。
汚れて黒ずんだ肌に、虚ろな瞳。ボロボロになるまで着込まれた服。
この青年の名は、西上 ヒトリ。現在はホームレスの17歳だ。
ひと目見ただけで、ヒトリが恵まれた暮らしをしていないことは明らか。
――2XXX年。日本。
経済的格差は広がり、社会的弱者と成功者の貧富の差はもはや埋められないものとなっている。両者の間には、確かな溝と隔たりが作られていた。
そして日本の治安は過去100年を遡っても、例を見ない程に乱れてしまっていた。
窃盗などの軽犯罪は勿論、殺人や放火なども日常茶飯事だ。
いつ背中を刺されるか、常に気を配りながら生活することを強いられる。
そしてなにより、乱れた治安を取り締まるハズの警察組織が腐りきっていることが問題だ。民間人に対しての横暴な態度、そして裏社会とズブズブの癒着っぷり。
この国は数年で、資本家が支配する秩序なき無法地帯へと変貌を遂げていた。
ボロボロになった青年がヨタヨタと堤防の道を彷徨う。その横を、キラキラとした雰囲気の女子高生集団がすれ違った。
私立金成学園のブレザー。ここは全国でも指折りのお嬢様学校として有名だ。
入学金と制服の購入だけでも300万はくだらない。パリで活躍中の世界的に有名なデザイナーが手掛けたデザインの制服らしいが、ヒトリの美的感覚には凄さがよく分からなかった。
「ねえねえ綾ちゃん、テスト勉強した?」
「徹夜で覚えたよ!阿倍野、福井、麻木、鳩川、菅野、野原でしょ?だいたい昔の総理大臣、コロコロ変わりすぎだっつうの!」
「それ、ウケるよね。綾ちゃんが総理大臣なってよ!」
「ウチが総理大臣になったら、貧乏な奴らは全員殺します!だってアイツら不潔だし、二酸化炭素増やすだけっしょ?」
「綾ちゃん超ウケる~!悪魔じゃん」
女子高生たちは侮蔑の目で薄汚い格好をしたヒトリを一瞥すると、わざとらしくキャッキャと笑っている。
(……環境に恵まれただけのドブカスどもがァ。どうせ死ぬなら、あの生意気なクソアマども××××してやろうか)
邪な感情が芽生える彼だったが、結局自分にはそんな勇気もないと自虐的に笑う。
ハァ、と溜め息つくと、堤防に大の字になって寝転んだ。
太陽が眩しい。
邪悪な西上ヒトリという存在を浄化しようと言わんばかりに、ギラギラとした陽光がヒトリを照らす。
態勢を変えようと寝返りをうった時だった。堤防の芝の上、目と鼻の先にひとつのトマトが落ちていることに気づいた。
「なんだトマト、テメェも捨てられたクチかよ。めでたいねぇ、俺の仲間じゃねえか。ただこの世は弱肉強食だ、俺に見つけられたのが運の尽きだったなァ!」
彼はおもむろに起き上がってトマトを掴むと、一切の躊躇いなく齧りついた。
極限の空腹により理性などはとっくに吹き飛んでいる。多少腐っていても問題ない。
あっという間にトマトを腹の中に収めてしまったヒトリ。多少の幸福感ととともに、なんだか頭がフワフワとするような、不思議な感覚に見舞われた。
(なんだァ、この感じはよォ。さてはドラッグでも盛られてやがったか)
頭を揺らしながら舌で口内を一周。トマトの味を思い出そうと試みるも、それすらよく覚えていない。
すると、突然ヒトリの脳内をジャックした何者かが語り掛けてきたのだった。
(オイ!オイ!聞こえるか?返事しろ、人間!)
「んだァ?幻聴まで聞こえるとは、本格的にドラッグの可能性が……」
(幻聴じゃない!オイラは脳内に直接伝えているんだ!お前オイラを食っただろ、食ったよな!?)
「なにがなんだか分かんねえが、今話してるのはさっきのトマトか。それで、食ったら悪いかよ。第一、テメェがあんなところに転がってるのが……」
(違う!違う!オイラは嬉しいのさ!)
ヒトリの言葉を途中で遮り、食い気味で伝えるトマト。
彼の声色から察するに、本当に嬉しかった模様。
「だったら俺に何の用だ。ああ、話し相手なら歓迎するぜ。死ぬまでの間ちょっくら暇してんだ」
(話し相手!それに近いかもだな!オイラはお前のパートナーだ、人間!)
「パートナーだァ?リコピン如きがなに言ってんだテメェ?」
トマトの声はヒトリにしか聞こえていない。
虚空に向かって啖呵を切る様子は、本当に薬物中毒者と間違われてもおかしくはないだろう。
(オイラの名はスプラッタートマト!お前はまだ気づいていないかもしれないが人間!オイラを食したお前には、人智を超えた力を授けている!)
「……バカバカしい。俺も栄養失調か」
(オイラを信用していないな人間!いいだろう!試しに見せてやる!)
トマトが不服そうにそう言うと、ヒトリの意思とは関係なく腕が動いた。
ヒトリが腕を下ろそうとしてもまるで制御が効かない。痺れているかのように感覚がなく、力が入らないのだ。
「なっ……なにが起こってる!?」
(驚くのはまだ早いぞ!人間!)
トマトの管理下に置かれたヒトリの右腕。
痩せ細ったその腕から突如として深緑の枝がニョキニョキと生え始め、操作者のトマトの意思に基づいて動きも自由自在。まるで触手のように操れる。
(まずはこれが1つめの力だな!そして次は)
ヒトリの人差し指が川の方を向いた。次の瞬間だった。
人差し指の先から放たれた紅い弾丸。銃弾にも引けを取らない速度で進むソレは、即座に水面に到達した。
着弾と同時に爆発。爆音を轟かせて、穏やかな河川に巨大な噴水を築き上げた。
「なッ、なんだこれ……」
(見たかコレがオイラの力だ!しかし人間の脳を操って能力を扱うのは疲れるな!)
ヒトリはウネウネと蠢く枝を触っては、夢ではないことを再確認する。
彼は戸惑いつつも、いま起きた現実離れした事象を受け入れるのが早かった。
ハナから何にも期待していない。いつ死んでもいい程に、生に未練はなかった。
それが、虐げられ続けたクソッタレな社会に一矢報いるチャンスが訪れたとあっては、使わない手はないだろう。ヒトリは、ここ数年で感じたことのない悦びに身体をワナワナと武者震いさせるのだった。
「どうせ野垂れ死ぬ人生ならよォ、のさばるクソ大量に××してよォ、有終の美飾って死ねよって、そういう啓示かよ神様!」
快楽で表情が緩み笑みがこぼれる。
完全にキマったその瞳は、徐々に光を取り戻していた。
(最高だ!お前みたいな奴に渡って嬉しいぞ人間!力を豪快に使ってくれるのは、決まって人生崖っぷちの死に損ないだからな!余裕のある奴はどうしても保身に走りたがる!それじゃオイラはつまんないんだよ!)
ヒトリの脳内では、トマトも興奮のあまり絶頂していた。
トマトが最高にハイになったことに呼応して、ヒトリの瞳から赤色のトマト汁が溢れる。どうやらトマトの人格と契約を交わしたことにより、感覚がリンクしているらしい。
「安心しろトマト、俺は逃げも隠れもしねえよ。こんな面白ェモン貰っといて暴れないでどうすんだ。逮捕とか恐れてコソコソとカスみてえな生活するくらいならよォ、俺はもう喜んで喉元搔っ切る覚悟できてんだわ」
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