シンデレラの継姉は舞踏会に出る

 計画の準備をしたり、バレないようにお母様たちのご機嫌を取っていたりしていると月日はあっという間に経って行き、とうとう舞踏会の日がやって来た。私はテオドアのドレスに身をつつんで、お母様と姉さまと一緒に馬車に乗る。私達をエスコートしてくれるお父様たちは別の馬車に乗っているらしい。

 上手くいけば、今頃舞踏会に行きたくて泣いているシンデレラにテオドアがドレスを渡していることろだろう。そして、偶々家の前にあった親切な貸し馬車によってシンデレラはお城までやってこれるはずだ。

「何を呆けているの、ローザリンデ」

 そんな風に考え事をしているとお母様から厳しい声が飛んだ。

「申し訳ありません。少し考え事を」

「だからと言ってそのような間抜け面を晒すのは止めて頂戴。家の恥だわ」

「はい、すみません」

 母の言葉に私が謝ると、隣にいた姉さまがクスクスと笑う。そして、こちらを揶揄するような声色でこう言った。

「仕方がありませんわお母様。だって今日ローザリンデをエスコートするはずの叔父様が急な用事で来れなくなってしまったんだもの。一人で馬車を降りるだなんて、恥ずかしくっていけないわ。きっとお父様にでもエスコートの相手をお願いしようと考えていたんじゃありませんこと?」

「いえ、そんなことは」

「ローザリンデ。既に予定のある相手に無理やりお願いをしようだなんて、はしたない真似はお止めなさい。みっともないにもほどがあるわ」

「お母様、私は決してそのようなことは」

「口答えをするんじゃありません! お前はいつまでたっても生意気だね」

「……申し訳、ありません」

 私は二人に気づかれないように小さく溜息を吐いた。お母様と姉さまの性格上の特徴として、身近な誰かを見下さないと安心できないというものがある。普段はシンデレラがその対象になっているが、彼女がいない時はその矛先は私に向く。これまでも足を引っかけられて転ばされたり、私の失敗談を面白おかしく他人に話されたりと色々なことをされてきた。今回の叔父様の件も、きっとお母様か姉さまが事前に来ないように話をしておいたんだろう。あの人はこの二人に逆らえないからなぁ。

 こういう時、私に前世の記憶があってよかったなと思う。一歩引いて冷静に客観視することが出来るし、何より最終的に――私も含めてだけど――今までしてきたことの報いを受けるということが分かっているからだ。もし、前世の記憶のない、十八歳の女の子だったらきっと毎日泣いて暮らしていたことだろう。もしくは性格が歪んでシンデレラに辛く当たっていたか。……そう考えると本当に前世の記憶があってよかったな。

 そんな風に懲りずに考え事をしていると、馬車の揺れが止まる。どうやらお城についたようで、御者が受付の手続きをしていた。窓から外を見れば色んな階級の馬車が停まっており、この舞踏会の規模の大きさがうかがえる。侯爵から男爵まで、そして様々な年齢の女性がおり、誰もがパートナーと一緒に歩いている。この中を一人で歩くのは流石に憂鬱だが、居ないものはしょうがない。

 長い馬車の行列も、時間が経てば進むのは当たり前で。とうとう私たちが降りる順番がやって来たらしく、扉が静かに開かれた。まずお母様がお父様に手を引かれて降り、次にお姉さまが従姉弟にエスコートされて降りる。私はと言えば、ドレスの裾を踏んづけて転んでしまうのが怖いので、せめて降りるときは御者に手を引いてもらおうと辺りを見回していた。

「よろしければ私の手をお使いいただけませんか? フロイライン」

 そんな時、聞き覚えのある声が私の耳に入る。思わず声のした方を見れば、そこには舞踏会に相応しい正装をしたテオドアがそこに立っていた。長い髪は三つ編みでひとつにまとめてあり、いつもは緩く着ているシャツもきっちりと首元までボタンを締めている。

「テ、テオドア! どうしてここに」

「話はあとでな。ほら、お前が降りないと後ろが詰まっちまってるぜ」

 ハッと後ろを振り向くと、確かにまだ沢山の馬車が後方に並んでいる。急いでテオドアの手を借りて降りると、腕を組むように示される。とりあえず、彼の厚意に甘えてそのままエスコートしてもらうことにした。

「安心しろよ。例の物はちゃんと渡しておいたぜ」

 会場である大広間へと向かう途中、ささやかれたその言葉に私はひとまずホッとした。が、すぐに思い直して気になっていたことを尋ねる。

「私、テオドアにシンデレラのエスコートお願いしてたよね? どうしてここに……」

「あー、そのシンデレラに頼まれたんだよ。お前の相手が居なくなっちまったから代わりになってくれって。俺も一応男爵家だしな」

「でも、それじゃシンデレラが」

「大丈夫だ、策はある。――――っと、厄介なのがいるな」

 小声で会話をしながら歩いていると、テオドアが急に背筋を伸ばし、正面を向いて胡散臭いほどの満面の笑みを浮かべた。私もつられて正面を向けば、お姉さまが大広間へとつながる扉の横でこちらをじっと見ている。

「あらローザリンデ。お相手が見つかったようね」

「お姉さま」

 近づくと声をかけられる。その声音は先ほどまで聞いていたものとは違い、冷たさを含んでいた。

「貴方は確かアルペンハイム家の方だったかしら。いくら私たちの方が階級が上だからといってい嫌なものは嫌だと言っていいのよ」

「まさか。ルクセンブルク家のご令嬢の相手を嫌がるだなんて、そんな罰当たりがどこにいるというのです」

 ハラハラしながら姉さまとテオドアのやり取りを聞く。姉さまはかなり階級意識が強い。端的に言えば男爵家で、しかも表舞台に出てこないテオドアの事を見下している。アルペンハイム家が元々商人の家系で、爵位をお金で手に入れたことも理由の一つだろう。

 ただ露骨に嫌な顔をしないのはテオドアの仕立屋としての腕が高いからだろう。彼は今や社交界をにぎわす超一流テーラーだ。デザインセンス、流行を読む力、縫製の腕、どれをとっても国一番と評されている。そんなテオドアの不興を買えば、今後アルペンハイム家に仕事を受けてもらえないかもしれない。そうなればゴシップが好きな貴族たちにとって格好の笑いものだ。

「ローザリンデ」

「はい、お姉さま」

「私はお母様と大事な話があるから。邪魔しないで頂戴ね」

「分かりました」

 これは自分たちに近づくなという意味だろう。きっと身分が下の人間といると自分たちの品位が下がる、なんてくだらないことでも考えているのだろう。こちらとしてもチクチク嫌味を言われるだけなので、断る理由がない。

 そのまま大広間へと入っていった姉たちをにこやかに送り、その背中が見えなくなったところでため息をついた。

「ごめんなさいテオドア。姉さまが失礼なことを」

「あ? お前が謝るこたねえだろ。俺はこういうの気にするほど繊細な人間でもねえしな」

「けど、嫌なものは嫌でしょ」

「まームカつくにはムカつくが……今の俺は気分がいいからな、お前のおかげで」

 テオドアの言葉に驚いて彼の見ると、確かにその顔には笑みが浮かんでいた。先ほどまでのような胡散臭いものではなく、片側の口角だけ上がった、どこか意地の悪い彼らしい笑みだ。

「『輝くものが全て金だとは限らない』とは言うが、ありゃ逆だな。ってとこか」

「もしかして、シンデレラの事? そんなに凄いことになってるの?」

「ああ。お前も期待しとけよ。絶対面白いことになるからな」

 楽しみが抑えきれないという風に笑うテオドアの顔に嘘はない。あのテオドアがここまで言うなんて、どれほどの美女に仕上がったのだろう。

「ま、主役は遅れてやって来るらしいからな。その間俺たちも好きに過ごそうじゃねえの」

 そう言ってテオドアが親指で大広間の方を指した。上品とは言いづらいが、このくらいフランクな方が私にとってはありがたい。

 初めて入ったお城の大広間に、私は思わず息を吐いた。鏡のように磨かれた白い床、私の背の何倍もある高い柱、天井にはキラキラと輝くシャンデリアが飾ってある。そんな中で数え切れないほどの大勢の人が、笑い、飲み、そして踊っていた。

 しばらく面食らっていた私だったが、テオドアはこういった舞踏会に馴染みがないことを思い出し、色々と教えてあげなければと彼の方を向いた。

「えっと、テオドアはどうしたい? 飲み物もあるし、ちゃんと椅子もあるから休憩もできるよ」

 あれこれと示しながら説明をする。が、そんな私の腕を優しく引いて、中央のダンスしている人々の群れに入ると彼はこう言った。

「ばーか。舞踏会っつったらやることは一つにきまってんだろ。――私と踊ってくださいますね? お嬢さん」

 右手を掴まれ自然と体が密着する。けど、嫌な感じは全然しなくて、私は彼の問いかけに了承するように左手を彼の肩に置いた。それを悟ったのか、テオドアはふっと笑みを浮かべ、私をリードするようにステップを踏む。私もそれに合わせて足を動かす。いつの間にか私たちは数多居る人々と同じく、ゆったりとしたワルツを踊っていた。

「まあまあ上手いもんだろ。しがないテイラーにしては」

「うん、って言うのも変だけど。でも確かに思ってたよりも上手。もう四年は出てないでしょ? 舞踏会」

「最後が確か十五の時だから、まあそんくらいか。確かに長いこと出てはなかったが、貴族の嗜みだって兄貴が時々チェックしてくるんだよ。礼儀作法やら教養やらこういう踊りとかな。面倒くせーけど今回はそれが役に立ったぜ」

「そっか。……改めてだけど今回はありがとうね。色々と無理言っちゃったでしょ。期間も結構ぎりぎりだったし」

「あのくらい余裕だから気にすんな。ま、他の奴だったらちょーっと無理かもしれねえけどな」

「ふふ、流石『神の手』のテオドアだね」

「おいそれ止めろって。なんかダセえだろ」

 とりとめもないことを喋りながらも踊りを続ける。ろうそくの明かり、人々の声、踊りで汗ばむ体。一瞬、テオドアと目が合うと、奴はニカッと快活な笑みを見せた。

 あーまずい。

 好きだ、テオドアの事が。ドキッとするとか好きになりそうじゃなくて、もう、好きなのだ。

 その金の三つ編みが揺れるたびに目で追ってしまう。テオドアが来る前日は緊張でなかなか眠れないし、当日には身だしなみを気にしていつまでも鏡の前にいる。仕事にストイックなところが好きだ。自分に自信を持ってるその姿が好きだ。誤解されやすいけどちゃんと気遣いのできるところも好きだ。今日みたいに、私が困ってる時に手を差し伸べてくれるのなんて、かっこよすぎて泣きそうだ。もー全部好きだ。

 でも、私がこの気持ちをテオドアに伝えることは絶対にない。だってここはシンデレラのお話の中、本当かどうかはさておき意地悪な継母と義姉二人は罰を受けてハッピーエンドで終わる世界なのだ。そこにテオドアを巻き込むなんて文字通り死んでもできない。それに例えシンデレラがいなくたって、あのお母様と姉さまが結婚はおろか、恋人になるのだって認めるとは思えない。テオドアをあの二人に近付けたくないという気持ちもある。

 ああ、なんでこんな不毛な恋しちゃったかな。恋はため息と涙で出来ているなんて、昔の誰かが言ってたらしいけど、それにしたってあんまりだ。早く、早く諦めたい……この気持ちを!

「おい、ローズ。おい」

「へ、はい!」

「お前、俺とのダンス中に考え事とはいい度胸だな。伯爵家のお嬢さんには退屈だったか?」

「い、いやいや違う違う! あのー、ほら、シンデレラはいつ来るのかなって」

「……ああ、なら多分、時間的にもうすぐ――」

 テオドアが視線を出入り口の方に向ける。それにつられて私も顔をそちらに向けた瞬間、閉じていたはずのその扉が静かに開いた。

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