第32話

 授業がいくつか終わって昼休み。

この時間は昼食を食べたり次の授業の準備をしたりするが、俺はすこし違った。

 今日は入学して二日目だったのにも関わらず、俺は職員室に呼ばれた。


『またお前は問題を起こして』

『なんで我慢出来なかったんだ』


 ......


「あ、ノア君...」


 マリナ教師が俺の名を呼ぶ。

それと同時に複数の教師がこちらを見る。

 不機嫌そうな顔の教師、見覚えのある教師。

中には俺の『魔力量測定』をした学園長という老人もいた。


 しかし、一瞬俺を見ただけで、そのまま視線を戻して自分の作業を続けた。


「それで、今回は何の話をされるのでしょうか?貴族相手にやりすぎたとでも?それとも他に何か文句が?」

「い、いえ、そういう事じゃなくて、」

「俺は最善を選んだ筈です。問題が長期化すればアナタ方は対処できなかった。」

「だから、そうじゃなくて!」

「もしも彼らの実家から文句を言われたとしたら事の程度によっては受け入れますが、」

「そうじゃなくて、ごめんなさいって!」


 いつの間にか立ち上がっていたマリナ教師が変なポーズをしながら叫ぶ。

こう、なんか、列車ごっこの先頭の様な姿勢だ。


「【無】属性だからってやられっぱなしになるって言った事を謝りたいの。書店での事。で、この学校内での事については外の貴族は関われないようになってるから!イジメの問題として罰を与えてクラスを離れさせたの。それから、それから......」


 興奮して早口になるマリナ教師に詰め寄られ、しどろもどろになる姿に冷静さを取り戻させられた。

しかし、書店での事を気にしているのは俺だけではなかったか。


「とりあえず落ち着いて欲しい。」

「落ち着いてないのはノア君でしょ!」

「ぐぅ......」


 図星を突かれた気分だ。

確かに冷静さを欠いた。その自覚はあった。

 だが、その時に口を止めることは出来なかった。


「えっと、それでなんだけど、ノア君が使った『希粧水』、あれ高い物よね?学園の備品を直すために使ったんだから、弁償するべきなんだけど迷惑料込みで金貨5枚とかでどうかしら?」

「迷惑料が品の値段の400倍以上あるんですけど。」

「え?都での『希粧水』の値段は銀貨10枚よ?ああ、ノア君は『希粧水』発祥のベルラ町の近くの村出身だから、そこまで高くなかったのかな?」


 いや、作ったの俺です。とは言えない。

そうなってしまうとギルマスの口封じが水の泡だ。

 しかしまあ、1個10万の化粧品なんて買いたくない。


「とはいえ迷惑料に金貨4枚と銀貨90枚は多過ぎます。2枚と90枚で構いません。ところでマリナ教師は『希粧水』をお持ちで?」

「いやいや、流石に持ってないわ。銀貨10枚だし、買えない金額ではないけど、継続的に使用するのは少し、ねぇ?」


 金銭的な問題か。

ふむ、ふふふふ。


「マリナ教師、収賄に興味は?」

「あなた8歳なのに嫌な言葉知っているのね。」


 まあまあとマリナ教師を連れ出し、『希粧水』の瓶を三本ほど渡す。


「こちらを渡す代わりに、いくつかの『お願い』を聞いてほしいのです。」

「場合によるわ。条件によっては断るけど。」

「一つは今まで通りに振る舞って貰う事。あくまでイジメのようなことはSクラスではなかったという風に装ってほしいのです。特にハクの前では。」


 ハクには嫌な気持ちで学園生活を送って欲しくない。

なにより、俺がその原因になる以上、できる限りは減らしたい。

 心優しいあの子のことだから、きっと気に病む。


「二つ目は俺に嘘を吐かない事。些細なことでも本当の事を話してください。」

「それは、教師である以上、アナタ達生徒とは真面目に向き合うつもりだけど。」

「そうですか。では三つ目です。ハクに男子を近付けない様に注意をしてください。」


 以上です。と、そのままマリナ教師を職員室まで見送らずに教室に戻った。


◇◆◇


「お?ノア君じゃないか!久しぶりだね。」

「あなたは、実技試験官の先生。」


 昼食を食べ終え、校舎内を早く覚える為に、そこら辺を散歩していると、進行方向から見覚えのある教師が歩いて来た。

 その人は、ハクと俺が試験を受けた時に、実技のテストで対戦した教師だった。


 尚、俺が殴り倒したため、ハクは別の人が試験をしていたが、その人はこの教師よりも重傷を負った。


「はは、君に殴られた腹がまだ痛いよ。」

「いえいえ、あの感触。生半可な鍛え方ではなかったと思います。あれくらいはかすり傷でしょう。」

「お、上手いね君ぃ。ところで、部活動には興味無いかな?」

「部活動?」

「サークルとも呼ばれる放課後自習みたいなものでね。身体を鍛えたり、魔法の練習をしたりするんだ。君のクラスではまだ教えてないのかな?」

「その様ですね。」


 少なくともあれこれとあったせいで聞けていない。


「君は【無】属性らしいが、大丈夫。この学校では騎士を目指す教育もしている。自分の長所を伸ばせば良い。」


 体育会系な人だが、悪意は感じられない。

きっと良い教師なんだろう。


「いや、そう言えば魔法も使っていたか。かなりの量と密度だったように感じたが、あれが噂の【無】属性魔法だったのか?」

「そうですね。【無】属性魔法は消費魔力が多く、使用方法が分かりにくい魔法ですが、使えれば便利ですよ。今度お教えしましょうか?」

「おお、是非頼む。できれば君にリベンジしたいからな!」


 見た目の割に子供の様な先生だった。

いや、悪い意味ではない。むしろ好印象を持てた。

 子供の様。ということは、それだけ柔軟な思考を持ち、他者と打ち解けることができる。

 この子供ばかりの学園では重要な素質だろう。


 予期せぬ出会いがあった俺は、少し良い気分で次の授業を受けることになった。

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