02

 今回は大きな喧嘩もなく食事を終えられそうだと、腕時計を見れば、全員の目がこちらを向いていた。


「ど、どうした?」


 殺気があるわけではないが、単純に全員がじっとこちらを見ていると、少し怖い。


「今日、Pのこと迎えに行くんでしょ? 俺らも行っちゃダメ?」


 G45がおずおずと口にした言葉は、彼らには伝えていない内容だった。


 今日の午後、ヴェノム研究所に残された最後の実験体一人である、大脳改良型、通称P型の生き残りである”P03”を、水槽の中から出す予定になっている。

 牧野も立ち会うことになっており、いつもより腕時計を見る回数は多かったかもしれないが、それだけだ。理由を知る方法はない。


「Sが聞いたのか?」


 聴覚改良型であるS08であれば、この部屋の外にいる人間の会話が聞こえても不思議ではない。

 実際、改良というのがどの程度のものかを、まだ把握しきれていないところがあるが、研究所のように、彼らに徹底した対策を行っているわけでもない。この部屋周辺での会話には注意するように伝えているが、彼らの人間離れした能力を信じていない者も多い。口を滑らせた者がいる可能性は否定できない。


「Sじゃないよ。Pから聞いた」

「P? Pって、あの、P?」


 だが、予想外過ぎる情報源に、牧野がつい聞き返してしまえば、四人共当たり前のように頷いた。

 P型は条件が難しく、P03は唯一の成功例だ。

 つまり、彼らの言っているPというのは、水槽で眠る彼女のことで、話せるはずもなければ、ここにいるはずもない。

 だが、彼らはP03から聞くことが当たり前のように、不思議そうな顔でこちらを見ていた。


「変なの。Pに会ったことあるんでしょ?」


 ベッドの縁に腰掛けながら、T19は呆れたように視線を向けられる。

 何もおかしなことは言っていないはずだが、以前彼らに事件のことについて聞いた時、P03とだけは繋がっていたと言っていた。

 牧野と同じように、実験で傷ついた体を癒してくれていたと。理屈はわからないが、同様の経験をした牧野には、信じる他ない話だった。


「今も繋がってるわけ……?」

「マキノさん、繋がってないの?」

「確かに、向こうで見たことはないな」

「そ、いえば……確かに」


 彼らにとっては、あの夢の世界はいつもの事ということなのか。

 それ事態も驚きだが、同時に恐ろしくもなる。

 彼らは、どれだけ離れていようと、隔離しようと、P03が存在する限り、情報を共有することができるということだ。


「こんだけ守られてるくせに、気付いてねェとはな。全く理解できないな」

「まーまーPが理解できないなんて、今更でしょ」


 呆れたようなO12とT19の言葉は、P03に向けられているはずにも関わらず、こちらを見上げる目は獲物を前に舌なめずりをするようで、背中に冷たいものが走る。


 彼ら曰く、牧野へは手が出せないという。

 それは、P03の能力によるものであり、もし、P03がいなかったなら、あの時、牧野は殺されていた。


「マキノさん、イジるのやめろよ!」


 目の前に勢いよく立ちふさがったG45は、少しだけ牧野に振り返ると、ふたりを見下ろす。


「マキノさんは、うまい飯くれるし、P助けてくれたし、えっと……あとは、飯くれる!!」

「いくら何でも数が少なくないか?」

「牧野かわいそー」

「飯の事しか考えられない脳みそにしてはがんばったな」

「ハァァッ⁉ テメェらぶっ飛ばす!! 特にOは許さねェ!!」

「コラコラコラ! やめ、やめなさいっ!!」


 慌てて、O12に飛び掛かりそうなG45を抑える。

 本当にどうして、こんなに喧嘩っ早いのか。


 牧野が部屋を出て行ってから、数時間。

 S08は、部屋の外に聞き耳を立てていた。普段はあまり近づかない足音が、部屋を囲むように移動している。


「火薬に、汗、土、うんうん。緊張感バリバリ。完全に僕ら狙ってるでしょ」


 S08と同じように、空調などから漂ってくる匂いで、見えない周囲の状況を確認するT19も、S08と同じ結論を出していた。


「お前が、Pと会ったとかいうからだろ。おかげで、余計に警戒された」

「俺のせいかよ」

「元々Pの能力はバレてただろ。信じていなかったのは、人間たちの勝手だ」

「Sってば、やっさしぃ~~Pを助けられなかったら、一番牧野殺したいくせに」


 からかうような言葉に、S08はT19を静かに睨み返せば、T19は舌を出し、両手を上げた。


「な、なぁ、本当に、やるのか? あの人たち、Pを助けようとしてくれてるんだろ?」

「なんだ。信じてるのか? お前」

「Oは信じてないのかよ」

「信じてるのはお前くらいだ」


 ここにいる全員が、物心どころか、生まれてからずっと人間に実験動物として扱われてきたのだ。今更、何を信じろというのか。

 自分たちの力ではP03を、あそこから出すことができないから、人間を利用しているだけ。ただそれだけだ。


「お人好しも大概にしろよ」

「……でも、マキノさんは、俺を、俺たちを”人間”って言ったんだ。だから、信じたい」


 今まで、ただの実験動物であった自分たちを、初めて”人間”と言った牧野が、P03を助けると言ったのだ。

 これが、人間を信じることの最後になってもいいから、信じたいと思った。


「もし、Pが死んだら、その時はここにいる奴ら全員殺すけど、それまでは……信じちゃ、ダメか?」


 G45の真っ直ぐ見つめる視線に、O12とT19は明後日の方向へ視線を逸らし、S08だけはそんなふたりを見ては、G45へ目をやった。


「信じるのはお前の勝手だ。好きにしろ。ただ……」

「わかってる! これが、最初で最後だ。人間との約束は」


 瞳孔の開いた目で見つめ返すG45に、S08は小さく頷いた。

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