第45話 プロポーズと不吉な予感


「……随分、ひどい事を仰るんですね、殿下」


 

 だって、そうではないか。



 確かに、求婚は先延ばしにしてきた。


 さっきだって、クロードの口づけが怖く感じて抵抗したし、涙だって流したけれど。



(だからって、婚約解消?)



 エルシアはクロードを睨みつける。


 自分の思い通りにいかなければ、エルシアの気持ちさえも疑い、切り捨てるなんてあんまりだと思う。



「え? いや、俺はエルシアの為を思って……」

 

 どこが、エルシアの為だと言うのだ。




(……こんなに、好きにさせておいて)



 あんなに毎日、愛を囁いておいて。



 クロードにとって、愛しいとか好きだとか言う気持ちは、そんなに軽いものなのか。



 なんて勝手なんだろう。


 怒りが湧き上がる。


 けれど、それ以上に。



 もうーー。


 エルシアは、情けないくらいにクロードの事が好きなのだ。



 

「……好きなの、大好きなの……。殿下が、殿下が好きーー。離れるなんて、考えられない」

  


 イヤイヤと子供の様に首を振りながら、エルシアの目からは、泣き止んだ筈なのに再び涙が零れる。




 その言葉がスイッチだったかのように。



「……俺の方が、もっと好きだ」



 ゆっくりとクロードが近付いて来たかと思うと、長椅子に座るエルシアに覆いかぶさって来た。



「……あっ」


 二人はそのまま、長椅子に倒れ込む。




 雨と混じった、クロードの匂い。


 背中にまわされた、逞しい腕。


 嬉しい気持ちはあるものの、先程のキスが思い起こされて、怖いとも思ってしまう。



 エルシアが動くことも出来ず目をつむり、固まったままでいると。



 優しく頭を撫でられた。




「で、でんか?」



「……もう、エルシアが怖がる事はしないと誓う」



 恐る恐る目を開けた先には。


 涙で霞む視界に、優しく微笑むクロードがいた。



「わたくし、怖かったの」



 拗ねたような声が出る。


 そうだ、エルシアは全部全部。



ーー怖かったのだ。



 王太子妃として国を背負う重責も。


 サンマリア国との輸入問題も。


 そして、クロードの大人のキスも。



 けれど、彼の隣を他の誰かに譲りたくなければ。


 いつか、全て乗り越えていかなければいけない事なのだろう。





「うん、ごめんね。だけど、さっきのがラストチャンスだったかもしれないよ」



ーーもう、離してあげられない



 そう言って、クロードは抱き締めてくる。



「……離さないで下さい」



 手を伸ばして、クロードの頬に触れると。


 彼は心底嬉しそうに、エルシアの手に口づけた。



「何があっても守るから。嫌なら公務なんかしなくてもいいから。俺と結婚して下さい」



 クスッ。


 現実はそんな訳にはいかないだろう。


 クロードと四六時中、側にいる訳にはいかないし、公務をしない王太子妃なんて聞いたことがない。



 けれど、その言葉だけでも、エルシアは嬉しかった。



「ええ。ふつつか者ですが。よろしくお願い致しますわ。殿下」


 


 こうして降りしきる雨の中、エルシアはクロードからのプロポーズを受け入れたのであった。





 ザァザァザァ



「中々、降り止まないな」



 クロードは出入り口付近に立ち、雨風がこれ以上エルシアにかからないようにしてくれる。



「……わたくしが泣いてばかりいたからかも、しれませんわ」




 申し訳ない気持ちでそう呟くが、クロードは笑うだけだ。



「雨と涙は関係ないと思うが。せっかく連れて来たのに花が見れなくて、すまなかったな」



「いいえ。雨の庭園も風情がありますものーー」



 そう言って、花畑に目を向けたエルシアは気が付く。



「……殿下、あれは」

 


 この雨の中、わざわざ離宮にまで馬をかけてくる者がいた。



 そして、その者が走らせている馬には王家の紋章が入っている。



「あれはケインだ、何かあったのかもしれない」



 クロードもそれを見て表情を強張らせた。



 それは雨の降り止むのを待てないほどの何かが、城で起こった証であった。



(……来ないで)



 不吉な予感に囚われたエルシアは、近付いて来る知らせが怖い。



「大丈夫だ」



 けれど、いつの間にか。


 その震える手を守るように、クロードが手を握ってくれていたのだった。




「お休みのところ、申し訳ございません!」



 ずぶ濡れになったケインは、クロードの前に跪く。



「……何があった」


「はっ。サンマリア国王女、ゾフィア様が我が国に乗り込んで参りました」


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