第41話 嗤う王女

サンマリア国の一室にて。



「のぉ。そなたは、ちゃんと妾(わらわ)の言う事を聞いておったのか」



 両手の指先に長い付け爪をした王女は、左手の小指の分だけ床に投げ捨てる。



 よくよく見れば、ソレはマニキュアが少しはみ出ていた。



 床に這いつくばるようにして、一人の侍女は泣きながら許しを請う。



「ゾフィア王女様! どうかどうか、お赦し下さい! もう二度とミスはしませんから!!」



 ふん。



 ゾフィアと呼ばれた王女は、鼻で嗤うだけだ。




ーー只の死罪では、つまらん。




 最近のゾフィアは非常に機嫌が悪い。



 ただでさえ、残虐な一面のある彼女だったが、クロードがエルシアとの婚約を発表してからは、いつもイライラしているのだ。




「妾が、クロード様と結婚するはずだったのに」



 そう、そうなのだ。


 父王が、ゾフィアに言ってくれたのだ。



 サンマリア国産の小麦もだいぶ行き渡り。



 いずれ病でも流行れば、あっという間にクロードはサンマリア国の属国の王子になる。


 そうなれば、クロードはゾフィアの物だと。





「……エルシアと言う女は、邪魔じゃ」



 ゾフィアは苛つきに任せて、侍女を蹴飛ばす。



 おまけに、エルシアの弟とやらが黒死麦の遺伝子に気付き。


 国王が、サンマリア国を脅して来たのだから計画は頓挫したのだ。




ーー父王は何か、考えて下さるのかの




「だが、あまり期待は出来まい」



 ゾフィアは呟く。


 父王の関心は、どうやって計画を再び成就させるかにある。


 クロードの事など、二の次なのだ。



ーーああ、そうか。妾が乗り込むと言うのも手よの



 ゾフィアは、どうやって父王を説得するかウンウンと考え込む。





 コンコン



「ゾフィア様、失礼致します」



 王女の思考を遮る者がいた。


 ゾフィアの親衛隊が入室して来る。 



 

 彼は一目見て、侍女の失態に気付くと。



 ぎゃあっ



 這いつくばる侍女が、まるで見えないかの様に踏みつけた。


 ゾフィアは冷めた目で見るだけ。





「……泥棒猫が国境で、国外追放?」



 親衛隊の報告に、ゾフィアの眉はピクリと動いた。



「ほんに、使えない猫であったの」



 彼女は、マリーが黒死麦を広める間、親衛隊の力で捕まらない様に手を貸していた。



 だが、そのせいでクロードが倒れたと聞けば、話は別である。




「始末は如何、致しましょうか」



 マリーなど、とうに興味を失ったゾフィアは面白く無さそうに呟いた。




「……猫は猫に処分させれば良い。あの子のオヤツくらいにはなるであろう」



 その言葉に、踏みつけられている侍女は戦慄する。



ーーゾフィアの言う猫とは、彼女の飼っている虎なのだから。




「畏まりました。して、次は何を致しましょう」



 親衛隊の問に珍しく、ゾフィアは問い直した。




「……どうすれば、良いと思う?」



 ゾフィアとしては、さんざんクロードに自分の好意をアピールしてきたつもりなのだ。



 だが、そんなゾフィアに気付かないから、クロードは別の女を婚約者に据えたのだろう。




「ゾフィア様の控え目で上品な行いを、あの国の者は理解出来なかったのでしょう」



「……なるほどのぉ」



 ゾフィアは、少し考え込みながら親衛隊に踏みつけられている侍女をジッと見る。



 そして、何か閃いたのか口元に歪んだ笑みを浮かべた。 




ーー確か、遥か異国では慕う男に女が小指を贈ると聞いたの




 ゾフィアは屈み込んで、侍女と視線を合わせ嬉しそうに嗤うとこう言った。




「のぉ。そなた、不始末を許して欲しいのだろう? ならばそのかわり、妾に小指を寄越せ」



「い、いやぁーー!! お許しを!」




 ブチン




 ゾフィアは、血濡れた小指の爪に捨てた付け爪を貼り付ける。



 そして、それを丁寧に宝石をあしらったケースに納めると、親衛隊に手渡した。




「これを、クロード様に渡して参れ。妾の付け爪は良くご存知のはずじゃ。きっと、気付くであろう」




「……畏まりました。もし理解しない時は?」




 親衛隊の言葉に、ゾフィアは面白く無さそうに気を失っている侍女を指さした。




「その時は、この女の指がもう一本無くなるだけじゃ」



「御意」




 親衛隊の男は、ケースを胸元にしっかりとしまうと。


 急いで馬を走らせる。 






 ゾフィアはその姿を満足そうに見送ると、いそいそと父王の部屋に向かった。


 無論、クロードを手に入れる為だ。



 

 こうして、無事に一連の事件が解決したかと、胸を撫で下ろしていたクロード宛に。



 災いを呼ぶ、一つの贈り物とサンマリア国からの親書が少しづつ近付いて来るのであった。


……………………………………………………………………………………


 ご愛読頂きありがとうございました。


 これで、第一章完とさせて頂きます。


 次回からは、第二章が始まります!


 よろしくお願いします(⁠*⁠´⁠ω⁠`⁠*⁠)


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