第38話 罪の在り処
「ところで、今回の事件については聞いているか?」
別室に控えていたケインも呼んで、クロードはエルシアに問う。
「ええ。大体のことはケインさんから」
「そうか……心配をかけてすまなかった」
そんなこと、と否定しようとしたエルシアであったが。
怒涛の勢いで喋り出したケインに遮られる。
「本当に本当に反省して下さいよ、殿下。助かったのは、色々な運が重なっての事なんですからね。そもそも殿下は日頃から無鉄砲が過ぎるんですよ! 王族が毎日安全に暮らせるのは、我々側近がどれだけの努力をしていると思ってーー」
おまけに、その勢いは止まらない。
頭を抱えているクロードを見て、思わずエルシアは助け舟を出した。
「ケ、ケインさん。お気持ちは分かりますけどその辺で。ほら、殿下も今は病人ですし」
「……そうですね。お説教は全開してからにしましょうか」
クロードの様子を見て、ケインも仕方なく同意する。
それを聞いて薄っすら青ざめつつも。
クロードはそうだな、説教を聞けるだけ幸せだと、ぎこちなく笑うのだった。
一呼吸置いた後。
「……二人に、頼みがあるんだ」
クロードは言う。
ーー孤児院にいる、カナという少女が罪に問われないように働きかけてくれないか
事件のあらましを聞いた所だと。
カナに悪意があって黒死麦パンをクロードに渡した訳では無い。
自分の不徳が致す所だが、父王からは毒味せず食べたクロードが今回の事件に口を挟むことを禁じられていると言う。
「陛下の仰りようは、最もです」
ケインはどこか苦い顔だ。
やはり、故意ではなかったとは言えクロードに毒を盛った張本人を許し難いのだろう。
エルシアも簡単に同意することは出来なかった。
クロードはそれを見て、気まずそうに続ける。
「……特にエルシアは、カナが名前をあげたせいで冤罪をかけられたこともあるし、その。思う所はあるだろうが」
ーーあの子とは友達になろう、と約束したんだ
それに、この国では罪を背負って孤児が生きる道は更に険しくなる、と。
その言葉は、エルシアの胸に響いた。
(……そうよね。わたくし、殿下の事になると冷静でいられなかったわ)
ーー怒りを向ける対象は、カナにパンを手渡したマリーだ。
「殿下、わたくしが軟禁された事など、そもそもどうでも良いのです。おかげで気付く事もありましたし」
ーーそれに、何より殿下がご無事だったんですもの。
「わたくし、一つ思い付いた事がございますの。陛下にお願いしてみますわ」
ケインも続けて言う。
「……そうですね、子供から未来を奪うのは確かにあんまりです。悪いのはマリー男爵令嬢ですし。孤児院から嘆願状が届いたと聞きます。官僚側からも働きかけて起きましょう」
「二人とも! ありがとう!!」
クロードは、エルシアとケインに大きな声で礼を言って手を握る。
そんな彼を二人は優しく見守るのだった。
★
同じ頃。
視察先から急ぎ戻った国王は、謁見の間で一人頭を悩ませていた。
クロードが回復した今となっては、最大の課題はサンマリア国との関わり方だ。
(……さて、一体どうしたものか)
彼は、専門家が信憑性があると認めたカインの報告書に目を向ける。
(我が国も随分と、ナメられたものだ)
先々代から輸入されてきた格安のサンマリア産小麦。
それが、直接に害はないにしろ人の免疫を下げる黒死麦の遺伝子を含む物だったのだ。
救いは、常用しなければ、次期に毒素が体から自然に排出されることだろう。
ーー先代と同じ様に輸入を続けた事が悔やまれる。
だが、サンマリア産の小麦がなければ立ち待ち国民の生活は成り立たない。
「……やはり、国際会議にかけると脅すしかあるまいな」
国王は呟く。
サンマリア国は恐らく小麦の突然変異だの何だのと言い訳するだろう。
だが、例えそうであってもこの事実を周辺国に知らしめられるのは避けたいはずだ。
ーーで、あれば。三年、いや出来れば五年。
サンマリア国から同じ値段で、安全性に問題のない小麦を輸入出来ないか。
そう、国王の望みは時間稼ぎだ。
その間に、カザルスがもたらした寒冷地でも育つ小麦を研究することも出来るだろう。
備蓄を増やすことも出来るだろう。
対策を取った上ならば、国内生産量をあげて国内に小麦を行き渡らせる事が可能かもしれない。
ふぅ。
大きな溜め息とともに、彼は大まかな方針を決めると、サンマリア国へ使者を出す。
(ならば、後は此度の事件の後片付けだな)
クロードからも、男爵からも事情は聞いた。
明確な犯罪を犯したマリーと孤児院のカナからは、役人から聴き取り調査の報告書が上がっている。
「最後は、エルシアだな」
こうして呼び出したエルシアから、国王は彼女にかかった冤罪への償いに一つの提案を受けた。
「……では、カナという少女を罪に問いたくない、と」
「はい。ですが、簡単な事ではないと分かっております」
苦い顔の国王。
エルシアも、その難しさを正しく理解していた。
王太子に毒を盛ったという少女が無罪になれば。
次から次にクロードへ刺客が放たれる危険があるからだ。
「ですから、カナには少し怖い思いをさせますが、こうするのはいかがでしょう?」
エルシアの提案に、驚きつつも。
「なるほどな。だが、チャンスは一度だけしか与えんぞ」
国王は大きく頷き、彼女の案に条件付きで同意するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます