第36話 ケインからの吉報
次の日の朝は晴天だった。
早朝に目が覚めたエルシアは、素早く身支度を整える。
そして、平静を保ちながらも今か今かと陛下の呼び出しを待つのだった。
だが、一向に声がかかることはない。
(……もしや殿下の容態が急変したのでは)
どうしても、悪い方に考えてヤキモキしてしまうエルシア。
彼女が焦るあまり、ドアの近くでウロウロしていると。
「エルシア嬢、起きていますか? ケインです」
潜めた声でケインが問いかけてきた。
「! ええ」
スッ
するとエルシアの返答を合図に、一通の手紙が床下から差し込まれる。
「では、お待ちしております」
カツカツカツ
それだけ言うと、ケインの足音は遠ざかって行った。
バッ
(……殿下の身に何か?!)
エルシアは身をかがめ、急いで手紙を開封する。
そこには、まず『クロード殿下の快癒』と書かれていた。
(ああ! ああ、本当によかった!!)
ぺたん
喜びと安堵でその場に座り込んだエルシアは、この世の全ての神に感謝して涙を流す。
そして、ゆっくりと深呼吸すると。
その後に小さな字でびっしりと書き込まれた文字を辿るのだった。
まず、クロードの病を治したのはカザルスだと言う。
彼は辺境の老人の為に解毒剤を求めて、カインを訪ねる途中に男爵領を通りかかった。
彼が黒死麦に苦しむ人にネバネバ草の一部を分け与えた所、回復が見られたため男爵が城に残りを持ち込んだそうだ。
そして、それはクロードにも効果があったと言う。
(……あの、カザルス様が人の為に行動するなんて)
エルシアは辺境に毒消しの草があったことよりも、昔の彼との違いに驚いてしまう。
そして、彼はカインに寒冷地の小麦を手渡すと、解毒剤を持って急ぎ辺境に戻ったと言うのだから、尚更だ。
(以前のカザルス様なら、絶対に自分から辺境に戻ったりなさらなかったわ)
けれど、彼のその変化が黒死麦から皆を救ったのである。
感謝してもしきれないとは、この事だろう。
そして、次に。
「マリー男爵令嬢が見つかったのね……」
彼女は黒死麦から作ったパンを配っていた所を、騎士団に捕らえられたと言う。
黒死麦を与えても、誰もすぐに口にしないことに焦った彼女は、自らパンを作って渡していたと言うのだから恐ろしい執念だ。
(……許せない)
マリー男爵令嬢は、エルシアが憎いからこのような事件を起こしたと証言しているそうだ。
エルシアは呟く。
「わたくしが憎いなら、わたくしを攻撃すべきだわ」
無関係の人達を無差別に巻き混んだマリー。
エルシアの胸は今まで抱いたことのないような怒りの感情が暴れ出しそうだった。
手がワナワナと震える。
それでも、まだ続きが書かれていたため、何とか目を通すと。
そこには、国王陛下からの伝言も添えられていた。
マリーの沙汰については、エルシアも名誉を傷つけられたとして正午に謁見の間に来るようにとのことだ。
そこで関係者全ての罪を明らかにし、今後についても話し合うと言う。
そして、最後にーー。
『エルシアに、会いたい』
クロードからの言葉が弱った文字で、綴られている。
(……それでもこれは殿下の字だわ)
エルシアは思わず、手紙を抱き締めた。
回復したクロードは自室に戻ったそうだ。
そして、表向きはまだ何も明らかにされていない。
だから、エルシアは軟禁状態のままだ。
本来なら、部屋から出ることは許されないだろう。
けれど、快癒したクロードの望みと、冤罪を課せられたエルシアへの詫びとして。
陛下も内々に目を瞑ると言う。
ーーだから、内ドアを使って会いに来て欲しい。
その言葉にエルシアは、床から飛び起きると、すぐさま内ドアまで走り出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます