第12話 これからの選択肢

 数日後、レオ達はデネブラ王国領の南側にある大きな街、ハマルに到着した。

 馬車での旅は酷いものだった。

 別にアリエスとの関係性が悪いわけではない。

 確かに会話こそほとんどなかったが、それは口下手なレオとて同じ。

 むしろ唯一自分に付き従ってくれえるアリエスに不満などあるわけがない。


 問題があるのは、夜の方だった。


 呪いの右目はあまりにも大きく、彼の心を壊す新たな試練をレオに与えた。

 初めてアリエスと出会ったあの日から、毎晩レオはあの光景を見続けてきた。

 見知らぬ白銀の少女が死ぬ光景。

 それを何度も何度も繰り返し見せられることが大きな悩みの種だった。


 レオの体は2,3日不眠不休でも万全のパフォーマンスができる。

 だから最初はあえて睡眠を取らないことを考えた。

 仮に3日に一回睡眠取るとしても、あの地獄のような光景を見るよりはマシだからだ。


 けれど、レオの右目の呪いはそれを許さなかった。

 異常が発生したのは、睡眠を諦め起きていようとしたときの事。

 右目に走ったのは、呪いを隠そうとしたときと同じ鋭すぎる痛みだった。

 永遠と襲い掛かる頭が内側から焼けるような痛みに、レオは無理にでも眠らざるを得なかった。


 あの地獄の光景を見る為に、自ら意識を落とさなくてはならないという苦渋の選択は、レオの心を傷つけるのには十分すぎた。


 レオの超人的な肉体は、精神の疲れを表には出さない。

 だからアリエスにこのことが知られることはないのだが。


(……話した方が……いいよな)


 呪いの右目は悩みの種ではあるが、それ以上に呪いが最悪の光景を見せることをアリエスに話していない事の方が気がかりだった。

 話したところで彼女が自分を咎めはしないと思うが、信頼している彼女に対して隠し事をしているようで、どこか後ろめたい気持ちをレオは感じていた。


 ハマルの街の入り口付近で馬車を降りるときに、再びアリエスの手を取ってサポートしたときには、この街に滞在している間に話をしようと決心していた。


 馬車の御者に礼を言い、目を合わせない状態で頭を下げられる。

 彼と別れ、ハマルの街へと入っていく。

 王都ほどではないものの、ハマルの街も活気のある良い街のように思えた。

 入って辺りを見回して、来たことがあることにレオは気づく。


(あのとき任務で訪れたのは、この街だったのか)


 そうなら、今後訪れたことのある都市に行く日も来るかもしれない。

 今まで断片として残っていた記憶に名前が付けられるような感覚に、レオはどこか気持ちよさを覚えていた。

 他の街を訪れるのも、悪くないかもしれない。


(それも、アリエスが居てくれるからか)


 今もハマルの街の人はレオを遠巻きに見ている。

 彼らは一様に恐れや嫌悪の感情を抱き、ひそひそと何かを話している。

 王都であれほどレオを苦しめた陰口や視線についても、少しだが慣れ始めていた。


 それもこれも、横に並んで歩く少女のお陰だ。

 無意識にレオは歩くスピードをアリエスに合わせているし、彼女に何があっても対応できるように少し警戒もしていた。

 アリエスは言葉こそ交わさないものの、雰囲気は王都からずっと柔らかいままだ。


 二人は並んで歩き、宿屋の文字を見つける。

 王都で使っていた宿ほど大きくはないものの、年季を感じる雰囲気の良い宿だった。

 そこに入ろうとしたとき、レオは足を止めた。


「……王都では俺のせいで他の客が出て行ってしまったみたいなんだが、大丈夫だろうか?」


「……大丈夫だとは思います。

 ハマルは冒険者の多い街ですし、レオ様を見て出て行くような客は居ないかと。

 ただ、何か言われる可能性はありますね」


 アリエスに確認を取れば、王都ほど問題ではなさそうだった。

 しかし、それでもレオとしては不安がある。

 ゆっくりと、宿屋の扉を開ける。

 王都の宿屋と同じく、受付には一人の男性が立っていた。


「いらっしゃ――」


 彼はレオの姿を認め、挨拶をしようとする。

 しかしすぐに言葉を止め、黙り込んでしまった。

 ゆっくりと視界からレオを外し、息を吐く男性。

 少し申し訳なく思いながらも、レオが近づく前にアリエスが前に出た。


「失礼します。五日ほど滞在したいのですが、よろしいでしょうか?

 金銭はもちろん事前にお支払いします」


「……え? い、いやそりゃあ構わねえけどよ……」


「金額はいくらですか?」


 アリエスは素早く店主の視界に入り込み、彼と交渉を始める。

 それは驚くほど鮮やかな動きで、レオは呆気にとられてしまったくらいだ。


 レオ相手だと恐れてしまう店主の男性も、アリエスのような少女ならば問題なく会話ができるようで、彼女はすぐに料金を聞き出す段階まで話を進めていた。


「レオ様」


 料金を聞いたアリエスはレオに金額を伝える。

 それは今店主が答えた金額よりも多かった。

 しかしこれまででアリエスを完全に信用しているレオは不思議には思うものの、言われたとおりの金額を彼女に手渡す。


 彼女はそれを店主に流れるように差し出した。


「少し迷惑をかけてしまうかもしれませんので、多くお支払いします。

 いかがでしょうか?」


「……四泊だけなんだな?」


「はい」


「…………」


 交差しあうアリエスと店主の視線。

 やがて店主は負けたように、息を吐いて首を横に振った。


「わかったよ。四泊、しっかり代金は受け取った……ほら、二人用の部屋の鍵だ。

 飯は夜と朝に扉の前に置いておくから、絶対に五日で出て行ってくれよ」


「感謝します」


 アリエスは受付に置かれた鍵を受け取り、それをレオに差し出す。

 たった僅かのやり取りで、彼女は宿屋の部屋を確保してみせた。

 その手腕は見事というしかなく、レオの中でのアリエスの評価がさらに爆上がりする。

 ちなみに、評価はもうこれ以上ないところまで高くなっている。


 足早にレオ達は受付を後にする。

 時間帯の問題なのか、宿屋には店主しかいなかった。

 他の客に見られる前に、部屋に入ってしまった方がいいのは間違いない。

 レオ達は札に書かれた部屋に足を踏み入れた。


 部屋の中は、王都の宿屋に比べれば狭かった。

 二つのベッドと、簡易なテーブルに椅子が二つ。

 余計なものが置かれていない、ただの部屋といった形だ。


 レオは窓に近づき、外を確認する。

 窓の外は森林になっていて、人の気配はない。

 この様子なら人の目につくことはないし、誰かが近づけば気づけるだろう。


 外の様子を確認したレオは窓を閉め、椅子へと向かう。

 アリエスにも座るように告げると、彼女は今回は指示通りに腰かけた。

 レオも椅子を引いて腰を下ろす。

 ここまで馬車と歩きだったので、疲れが出るかと思ったものの、少しもレオの体は疲労を訴えなかった。


「ありがとうアリエス、助かったよ。まさかあんなに上手くいくなんて」


「いえ……宿に関してはずっと考えていましたので、上手くいってよかったです。

 とはいえ、長くは無理でした……」


 アリエスは宿の期間について悔やんでいるものの、レオ一人ならばこの宿に入ることすらできなかっただろう。

 彼女が居てくれることに心底、心強さを感じていた。


 ふと、アリエスは思い出したように声を上げる。


「そういえば、路銀の方はどのくらい余裕があるのですか?

 王城から頂いたとのことで余裕はあるとは思っていますが、具体的に知っておきたいなと思いまして」


「ああ、それなら」


 レオは頂戴した袋をテーブルの上に置く。

 最初に比べれば少しは軽くなったものの、まだ半分ほど余裕はある。

 これなら問題ないだろうとレオは思っていたのだが、アリエスはじっと何かを待っているようだった。


「……あの」


「?」


「……いや、あの……まさかとは思いますが、それだけですか?」


 アリエスの冷たい視線に、思わずレオは深く頷いてしまう。


「失礼します」


 アリエスは袋に手を伸ばし、それを自分の方に近づける。

 その状態で、彼女は袋の中から通貨を取り出し、テーブルの上に重ね始めた。

 種類別に、積み重なっていく通貨。

 その見事な仕分けに、レオは見入ってしまう。

 何故か一度硬貨を机の上に置いてから仕分けるのだが、彼女特有の仕分けの仕方なのだろう。

 木と金属が織りなす良い音が、部屋に響く。


 やがて袋の全てをテーブルの上に並べたアリエスは肩を落とす。

 しかし彼女はどこか怒りを感じているようで、その肩はフルフルと震えていた。


「レオ様、はっきりと言います。

 元勇者ということを考えると、この量はあまりにも少なすぎます。

 わたしを購入する前に、なにかお買いになられましたか?」


「いや、買ってない。でも、アリエスを買ったわけだし……」


「自分で言うのもなんですが、わたしは安い奴隷です。

 元々商品ではありませんでしたから。

 気づいてないかもしれませんが、先ほど支払った金額の方が高いです」


 あっ、とレオは声を漏らす。

 確かに先ほど支払った金額はアリエスを買ったときに支払った金額よりも高かった。

 もっと言えば王都での宿屋の金額はそれよりも高い。

 つまり合計して考えると。


「元々もらった金額が、少ない?」


「そういうことになります。元勇者とのことですが、その……」


 アリエスが口ごもる。

 言いたいことは分かる。

 勇者として活躍しなかったのかと聞きたいのだろう。


 だが、レオは仮にも最強の勇者。

 これまで倒してきた魔物の数は誰よりも多い。

 レオはこれまでの実績を彼女に語り始める。


 どんな魔物を倒したか。

 王都でどんな勇者だったか。

 どれだけ多くの敵と戦ってきたか。


 そのことを詳細に話せば話すほど、アリエスは溜息を増やしていく。

 同時に怒りのボルテージも上がっていっているようだ。

 だがレオはその怒りが自分に向けられているわけではなさそうだったので、会話を続けた。


 そして最後まで語り終わった後、珍しくアリエスは目を見開いて黙り込んでしまった。

 彼女はただじっとレオを見つめている。

 たしか、魔王ミリアを倒した下りあたりから、彼女は放心状態だ。


(まあ、魔王を倒したって言っても信じられないか)


 アリエスは奴隷であり、王都の情勢には詳しくなかった。

 レオが勇者であることも王都の宿屋で説明するまで知らなかったようだし、魔王を倒したと聞いて戸惑ってもおかしくはない。


「……そうなると、王はレオ様に対して少ない金銭を渡したということになりますね。

 許せません」


 正気に戻ったアリエスは怒りを爆発させる。

 なんというか、ここ数日過ごしてみてレオは気づいたことがある。

 この少女、無感情のように見えるが、一つだけ確かなことがある。


「すみません。どうも道理に合わないことが許せない性格でして……」


 そう、アリエス自身が言ったことだが、この少女は道理が合わないことを嫌う。

 レオが街中で嫌悪の視線を受けるときも、王都の宿屋での店主の会話の時も、不機嫌になっていたのはそのためだろう。

 けれど、それは。


(……嬉しいことだな)


 それが道理に合っているかどうかも分からないレオにとっては羨ましいことであるし、何よりも自分のために怒ってくれる彼女のことが、嬉しかった。


 無表情だが、内心で感謝を告げるレオ。

 アリエスは息を吐いて、決意したように言葉を紡ぐ。


「レオ様、路銀を稼ぐ必要があります。ただ、わたしもレオ様も労働など出来ません。

 しかし、レオ様には大きな武器があります。

 数々の魔物を、魔王を倒したその強さが、武器です」


「俺の強さが、武器……」


 それはレオとしても分かっていることだ。

 しかし、アリエスは自分よりも聡明だ。

 彼女なら、自分には分からない方法が取れるはず。


「冒険者になりましょう。それで解決できるはずです」


 告げられた解決策は、勇者であったレオからは思いつくことすらできなかった選択肢だった。

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