44話 あなたに捧ぐ綺羅星
白峰祭の後夜祭は長年続く伝統行事であり、学生たちが白峰祭本番以上に騒ぎまくる時間である。運営に回って理性的であった生徒たちも、すべてが終わった解放感から時代を一つ遡ったかのようなどんちゃん騒ぎをしている。
後夜祭では、先生たちが用意したキャンプファイヤーを中心にして生徒たちがグラウンドで思い思いの行動をする。生徒の自主性に任せた、というより気力が有り余った若い連中を放逐するだけのイベントだ。太っ腹な先生や普段は目立たない教頭、御年77歳のまだまだ元気な校長が買ってきたお菓子やジュースを手に、宴は盛り上がってゆく。
今日の演劇が裏ではハプニングの連続だったとか、バンドの演奏が最高のものになったとか、お化け屋敷のメイクを取らないままみんなをおどかして遊んでいたりとか、みんなが青春の一幕を全力で楽しんでいる。
それを象徴するかのように、どこかから文化祭中に結ばれたカップルの話が聞こえてきた。
「おーい美鈴、ジュースもらってきたぞー」
「うん。ありがとう」
彼方が貰ってきてくれたオレンジジュースを受け取ると、彼方が私の隣に座った。紙コップに注がれたジュースは冷たくて、一口飲めば残暑の暑さが流されていった。
「ぼーっとしてどうしたんだ」
「え? 私そんな感じだった?」
「うん。周りが騒いでるぶん目立ってた」
「そっか……」
これから彼方に告白する私は、騒いで誤魔化すでも、緊張でガチガチになるでもなく、周囲の騒ぎを冷静に眺めていた。祭りの後の夜という雰囲気が私にそうさせるのだろうか。変に冷静になっていた私は、彼方の問いに笑顔で返答した。
「祭りが終わっちゃったって思ってた」
「なるほど、美鈴は騒がずしみじみと嚙み締めるタイプか」
彼方は一気飲みして空になった紙コップを弄びながら、燃え盛るキャンプファイヤーのほうを見た。キャンプファイヤーの周りでは運動部の男子たちが輪になって踊り狂っている。それを見て、彼方は軽く笑った。
「じゃあ私もそうするか。疲れてるし」
「……なら、ゆっくりできるところに行こうよ」
会話の中の自然な流れで彼方を屋上に誘うことができた。少し苦労するかなと思っていたから、この会話を引き出した冷静な私に賛辞を贈りたい。
「ん? そんな場所があんのか?」
「うん。ついてきて」
立ち上がって校舎のほうに歩いていくと彼方もついてきた。少しずつみんなの声が遠のいていく中で、あまりにもグラウンドから離れていくので不安に思ったのか、彼方がそわそわとしはじめた。
「別に悪いことするわけじゃないよ」
「そりゃ、美鈴に限ってそんなことはないと思うけど」
私の言葉で安心してくれたみたいで、静かに私についてきてくれるようになった。
学校の中に入ると、暗い廊下が長く続いていた。静かな暗闇で、しかも学校という場所は不気味なはずなのに、なぜか怖いという感情は湧いてこなかった。それは彼方も同じみたいで、不安そうに周りを見るわけではなく、私の後ろをゆっくり歩いている。
「なんか不思議なかんじだな」
「彼方もそう思うんだ」
「夜の学校って怖いイメージあるけど、今はなんか……そうだな、夜の砂浜を歩いた時みたいに落ち着いてる」
防音がしっかりしてる校内には外の騒ぎ声は聞こえてこない。静かな廊下でたまに会話をはさみながら階段を上る。こつんこつんと互いの足音すら聞こえる静寂。月明りしか光源がないから足元に気を付けて一段ずつ歩を進める。
友達同士でも静寂は気まずいだろうけど、私と彼方の間の静寂には安らぎがあった。そしてようやく目的地に到着した。
「ここ、入っていいのか」
「うん。委員長が大丈夫だって言ってた」
「ならいいか」
暗闇に苦戦しながら鍵穴に委員長からもらった鍵を差し込む。クルリと回すとカチャリと鍵が開いた音が響いた。ドアノブを握って扉を開けると、二人でいるには広すぎる屋上が広がっていた。落下防止の金網に囲まれた屋上には、外とつながっているからグラウンドの声が聞こえてくる。
金網に近づいて下を見ると、メラメラと燃えるキャンプファイヤーと楽しそうなみんなが見えた。そして上を見上げれば、三日月と小さな星々が見えた。
「いい場所だな。落ち着いてゆっくりできそうだ」
そう言って彼方は私の近くまで来て座った。私も隣に座って、一緒に空を見上げた。肌に触れるタイルは冷たくなっていて、体が反射的に震えた。屋上だから風も強くて少し肌寒い。
「寒いのか?」
「すこし」
「そっか、ならこれ貸してやるよ」
彼方は羽織っていたジャージを脱ぐと、それを私の肩にかけた。
「え、いいの?」
「私は寒くないからな。美鈴が風邪ひいたら嫌だし」
「ありがと、あったかいよ」
なんて冷静に受け答えしてるけど、内心は心臓バクバクでパニック状態だ。ジャージから香る彼方の優しくて健康的な香りが私を包み込む。さっきまで落ち着いていた心臓が全力で稼働して体温があがる。もはや寒さなんてどこへやら、暗闇が紅潮した顔を隠してくれることを願いながら会話を続ける。
「思い返せばいろんなことがあったよね」
「あー、そうだな。なんか……美鈴がマネージャーになってからいろんなことが変わったよ」
ほんの数か月前なのに、昔を思い出すようなしみじみとした雰囲気で彼方は語り始めた。
「私が三原に負けそうになった時の美鈴の応援。あれが始まりだったよな」
「……うん、そうだね」
あの時の彼方の顔は今でも思い出せる。今にも沈んでしまいそうな私の太陽。あの時な私はまだ彼方にとってただの友達で、それ以上でもそれ以下でもなかった。でも、あの時の弱い私でもできることをしようと思った。届けと祈りながら彼方に送ったエールは、私の想定以上の力を彼方に与えたみたいだった。
「あれを皮切りに私の見える世界が一気に広がったんだ。三原とライバルになって、インターハイに出場できて……本気でプロを目指そうって思えるようになった」
「えっ、彼方って最初からプロ目指してたんじゃないの?」
話の腰を折るようで申し訳ないけど、気になってしまった。彼方はずっとかっこよくて、プロになるって夢を一年のころからよく語っていた。だから私の応援からプロを本気で目指そうと思ったという言葉に違和感を抱いてしまった。
「恥ずかしい話だけどさ、三原との試合の前の私は心の底から本気になれて無かったって、芹香と話して気付いたんだ」
「そうなの?」
「あぁ、本気でテニスのプロを目指すにはもっといい高校があった。でも、私がここにいるのは覚悟がなかったからなんだ」
「覚悟……」
「だから高校を決めるとき喧嘩みたいなことしちまってな。でも、美鈴のおかげで覚悟ができたし、芹香とも仲直りできたんだ」
意外だった。彼方はたまに挫けそうになってしまうけど、それはずっと高みを目指そうとしているからだと思ってたから。衝撃の事実に驚く私に彼方は優しい微笑みを向けた。
「美鈴が私を支えてくれて、私に力をくれた。負けて本気で悔しいって思えて、もっと強くなりたいって思った。私が覚悟を決められたのは美鈴のおかげなんだ。ありがとう」
彼方の感謝の感情があふれる優しい声を聞いて、私のすべてが報われたと思った。告白はまだなのに、あふれる感情が止まらない。全部が終わったわけじゃないのに、満足してしまっている自分が確かにそこにいた。
「感謝するのは私もだよ」
でも、私がここに来たのは一時の歓喜のためじゃない。ずっと彼方と一緒にいるために、私が抱いた恋心を成就させるために屋上まで来たんだ。
「日々を漠然と過ごすだけだった私の日常は、すべてを彼方に捧げる日々に変わった。朝早く起きて彼方のお弁当を作るのも、暑い外でドリンクを運んだり選手のマッサージをしたりするのも、彼方のためだって思えば苦じゃなかった。彼方を支えたい、彼方の力になりたい。その気持ちが何者でもなかった私を変えてくれたの」
もう何も包み隠す必要はない。私に気持ちを全部彼方に伝えるんだ。
「大人になっても私は栄養士として彼方を支え続ける」
水族館でのデート、マネージャーとして応援し続けた日々、沖縄で一緒に見た海の世界と星空。その中で育った恋心は、重い愛情を育んでいた。
「私は人生の全部を彼方に捧げるよ」
その言葉に、さすがの彼方も驚いて大きく目を見開いていた。
「……まるでプロポーズじゃんか。そういうのは」
「彼方だから言ってるんだよ」
彼方が余計なことを言うのを無理矢理遮る。彼方の腕をつかんで逃がさないようにし、グッと顔を近づけた。
「ずっとずっと燻ってた。きらきら輝く彼方の隣には並べないって、この気持ちは成就しないって。でも諦められなくて、全力で彼方を追いかけてようやくここまで来た」
目の細かい模様が見えるまで近づいたから、暗闇の中でも彼方の顔が真っ赤になっているのがはっきりと確認できた。
「全てを捧げてもいいほど愛してます。私の恋人になってくれませんか」
誤魔化しなんて効かない静かな屋上で、私の包み隠さない気持ちを彼方に伝えた。
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