37話 変化の理由
お化け屋敷を出てから美鈴と合流しようと探したが、影も形もない。
「も、もしや誘拐!」
「それはないでしょ」
私の心配を芹香は一刀両断した。
「人が結構多いから落ち着ける場所に行ったんじゃない? お化け屋敷も案外時間かかっちゃったしさ」
「そ、そっか」
慌てて冷静さを失う私を、芹香の冷静な分析が落ち着かせる。
「なら早速連絡を」
「ちょっと待って」
ポケットからスマホを取り出して連絡をしようとしたら、芹香に止められた。待つ理由が思い当たらない私は少し驚いて顔を上げるが、芹香の表情はいつもと変わらずにこやかなままだ。
「二人きりで話したいことがあるの」
雰囲気は穏やかなまま。でも、その言葉にはそれ以上の重い何かを感じた。だから私は、彼女に何の質問もせずに言われるがまま頷いた。
場所を食堂に移す。ここも普段とは違った特別仕様で、伝統的に作られてきたと言う様々な白峰祭限定メニューを注文することができる。芹香は白峰ホワイトアイスを頼んで、私は美鈴と一緒に食べたいので何も頼まなかった。
二人席で向き合って座り、目を合わせる。芹香はとりあえず一口食べると美味しそうな表情を見せた。
「ん、おいしい」
「そりゃよかったな」
話したいことがあるとここに誘った彼女は、そのまま続けてアイスを食べ進めてゆく。私から切り出して欲しいのだろう。芹香は重要な話をする時、たまにこんな事をする。
「……それで、話したいことって?」
私がそう言うと、芹香はスプーンを置いて頬杖をついた。目はじっと私を見ていて、何かを思い出すように少し目を細めた。
「彼方って変わったよね」
「えっ? そうか?」
親友の言葉に、私はあまり同意できなかった。私が変わった事といえば初めて恋をして、美鈴を好きになったことくらいだ。けれどそれは芹香には伝えていない。美鈴が可愛いとか、美鈴のお弁当が美味しいとか、美鈴の応援のおかげで頑張れるとかは話したけど。
……いやこれバレてね?
「変わったよ」
私の心配をよそに、芹香は話を続ける。
「昔の彼方はさ、そんなにテニスに真剣じゃなかったよね」
「いやそんな事ないだろ」
親友からの失礼にも聞こえる物言いに反射的に反論する。私は昔からテニスを真剣にやってきたから、流石に少し怒りを覚えた。でも芹香は首を横に振った。
「それなら何でもっとテニスが強い高校に行かなかったの」
「えっ」
芹香の私を責めるような言い方に気圧される。今まで穏やかだった彼女の表情が少し険しくなっていた。
「白峰高校は今年こそいい結果が出せたけど、歴史的に強豪校って呼べる高校じゃない」
「いや、そうかも知れないけど……」
「忘れたとは言わせないよ。私が彼方にテニスの強豪校を見せた時に、地元から離れる選択肢はないってぬるいこと言ったの」
芹香にそう言われて、昔のことを思い出した。久しぶりに芹香に会えた嬉しさと文化祭の楽しさで忘れていた、私と芹香の間に残っていた過去のわだかまり。
あれは進学する高校をどこにするか芹香と話していた時。あまり物事を深く考えていなかった私はどんな高校がいいかなんて調べていなかった。そんな私に芹香はテニスが強い高校を調べて教えてくれた。
それと一緒に、大阪のサッカー強豪校に行くということを告げられた。
正直ショックだった。芹香とはずっと仲良しで、ずっと一緒にいるものだと思っていたから。だから私は最低なことを言ってしまった。
『サッカーなんてここに居てもできるだろ』
あの時、芹香は私が見たことないくらいの怒りを見せた。結局私はそれなりにテニスが強い地元の白峰高校に決めて、芹香とは違う道を行くことになった。
その件は互いに触れないようにして、仲の良さはそのままに、高校に入っても結構連絡は取っていた。
今、ようやくあの時の芹香の気持ちがわかった。そして、あの時の私の覚悟のなさが。
「……あの時はごめん」
今更な謝罪ではある。でも、今の私はあの時の芹香の怒りがよく分かるから、仲のいい友達のままで居てくれた芹香の寛容さもわかる。だから、せめて謝りたかった。
「ふふっ、ホントおっそい謝罪だなぁ」
「私もそう思う……」
「でも、やっぱり彼方は変わったんだね」
ようやく芹香の言ったことが分かった。昔の私はテニスに真剣じゃなかった。芹香への言葉がそれを何よりも証明していた。
「昔から彼方は才能があった。男子なんかよりずっと運動神経がよかったし、大会で結果も残してた。でも、本気で上を目指そうなんて気概を感じられなかった」
芹香の言葉は全て事実だ。あの時の私はプロになるとは夢で語っていたが、夢を夢のままで考えていた。少なくとも、芹香みたいに地元から離れた高校に行く覚悟がないほどには。
「でも彼方には才能があるし、私は夢を追いかける仲間が欲しかった。だから、私は彼方に期待した。でも、ダメだった。私は彼方を本気にできなかった」
「そう、だったのか」
覚悟があった芹香にだって恐怖心はあるし、孤独だって感じる。だから、私を仲間にしたかったんだろう。私があの時、芹香と一緒に居たかったのと同じように。
「でも、それはもういいの」
「え?」
私は芹香の気持ちを理解せず、芹香を孤独にしてしまった。それなのに芹香はあっさりと許してくれた。
「もう、彼方は本気なんでしょ?」
その表情はもういつもの穏やかなものに戻っていた。私の親友は本当に優しい。過去の過ちをそれだけで許してくれた。
「そうだな。……美鈴と約束したから」
「ふふっ、やっぱりそうなんだ」
「やっぱバレてた?」
「うん。彼方はわかりやすいから」
案の定、芹香は分かっていたらしい。
「インターハイでベスト8に入ったって連絡くれたじゃん」
「まぁ、そうだね」
「てっきり喜びのメールかと思ったら、まさかその後に悔しいって送ってきたんだもん。彼方が変わったって確信したのはその時かな。前までの彼方ならすごいだろーって自慢してたと思うから」
「そうかも。私もあんなに悔しいって思ったのは初めてだったな」
インターハイベスト8で悔しい。そう思えたのは、私が本気で上を目指そうと思っていたからに他ならない。
「大切にしなよ。彼方の心に火をつけてくれたあの子を」
芹香の言葉で三原と戦った時の美鈴の応援を思い出す。あの時、私の心に初めて火がついた。半端な覚悟をしていたせいでボロボロに崩れそうになった私を強くしてくれた。
私は美鈴のおかげで強くなれた。それはテニスの技術だけじゃない。こうやって芹香と向き合えるくらいの覚悟を持てた。
私は美鈴が好きだ。そして、一生かかっても返せないくらいの恩を感じている。
芹香の言葉で、改めて私にとって美鈴がどれだけ大切か思い返すことができた。
「それとあと一つ。これだけは直接伝えたかったんだ」
芹香はそう言って私に手を差し出した。
「お互い頑張ろうね」
きっと、この言葉は進学先を決める時に交わすものだったはずだ。それを私の半端な覚悟がめちゃくちゃにした。でも、今の私なら芹香の言葉を正面から受け止められる。
「あぁ、頑張ろう」
力強く芹香の手を握る。あの日のわだかまりをかき消すように。ようやく望んだ形の親友になれた。その嬉しさからか、芹香は今まで見た中で一番満足そうな表情を浮かべていた。
そしてそれは、私も同じなのだろう。
「さて、そろそろ美鈴ちゃんに連絡しなきゃね」
「あぁ。でも結構待たせちまったな」
「いや、ちょうどいいくらいだと思うよ」
「え? 私ら20分くらい話し込んでたろ」
お化け屋敷から出るまで待ってて欲しいと言ったのにもかかわらず、かなり時間が経ってしまっている。それなのにちょうどいいなんてことはあり得ない。美鈴は今頃待ちくたびれてるはずだ。
「うーん、わかんないか。まぁ彼方だし仕方ないか……」
「えっ、何なんだよ?」
「ううん、気にしないで。それよりはやく連絡しなよ」
「ったく、なんなんだよ……」
親友の意味深な言葉に戸惑いながら、私は美鈴に電話をした。
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