覚醒

 ――パチッ。


 綾人は唐突に目が覚めた。


 ん? 最近見慣れた天井がある。


 えーと、確か……。


 そうだ、ダンジョンで死んだ気がする。


 ……けど、今ここにいると言う事は生きてる訳で。


 死んでないのか。


 ……え! じゃ、なんかアレクに恥ずかしい事言った気がする。


 「幸せになってとか」


 恥ずっ!


 しかも奴隷紋除去はあと実質2ヶ月後? には出来るように連絡済みって言ってない。


 早く言わなきゃ。


 と思って身動きしようと思ったのだが、恐ろしく体が重い。


 なぜ?


 と、思っていると寝室のドアが開いた。


 「!!! 主人! 気がつかれましたか? 薬湯を持って参りますので、少々お待ちください」


 あ、夢? で聞いた声だ。


 アレク? 口調が夢と違うけど、あの低音セクシーボイスはアレクだよね?


 だとしたら、やっぱり夢の話は夢じゃ無くて現実だよね?


 アレク残るみたいな事言ってたけど帰った方が良くね?


 ……まぁ、俺も今はこんなだから言葉に甘えるか。


 再びドアが開き、アレクがコップを持ってやってきた。


 綾人の上半身を抱き抱えるように持ち上げ、直接口元にコップを近付けて傾けてくれる。


 少しずつ飲む。


 ……不味い。


 もう入らないと思った所で、アレクがコップを退けてくれて、口の端に溢れた薬湯を拭ってくれた。


「主人、薬湯が身体に巡ったら、重苦しいのが取れますのでもう少しお待ちください」


 そう言われて、待っていると確かに少しずつ血が巡るように内側から温かくなってきて、さっきまで感じなかった布団の感触などがわかる様になってきた。


「ア"、レグ……」


 声がガラガラで出しにくい。


「果実水がありますので飲みましょうか」


 アレクは先程のコップとは別のコップを取って、綾人に飲ませる。


「ありがと。……あの後どうなったの?」

「あの異国の男に主人が刺された後、男達は逃げました。私は主人を抱え地上へ向かっている時に運良く治癒魔法を使える方にお会いし、主人を助けていただきました。その後、医者にも見せましたが、血が流れ過ぎていたため、意識がない状態が続く事5日、6日目の今日お目覚めになりました。喉の傷は内部はポーションで治りましたが、表には傷が残ってしまいました。お腹も同じです。また、眼は失明は免れましたが、しばらくは光に当てないようにとの事です」


 ――その治癒魔法を使える方ってのが護衛か。確かに鑑定した時に光属性魔法があった気がする。


「そっかぁ。まぁ喉もお腹も傷だけなら良かったわー。それに左眼も暫くはアレクとお揃いだねー。そういえば目には目をとか言ってたわ」


 アレクは少し不思議そうな、苦虫を噛むような複雑そうな顔をしてから、突然床に座る。


「護衛の任務がありながら、私が至らぬばかりに、主人を守ることができず、大変申し訳ございません。如何様にも罰は受けますので何なりとお命じください」


 そう言って床に土下座した。


 ……あれ? なんかデジャヴ?


 って、現役王子を土下座させるとか、ヤバイでしょう!


「あ、あ、アレク、そんなやめて、起きて、あれは不測の事態だったんだからしょうがないから。ね! ……ねぇ、お願いだから、それやめて」


 何故か綾人のほうが半泣きになりながら、アレクに土下座を止めるようお願いする。


 取り敢えず、床に座ったままだが頭は上げてくれた。


 ……これ、ただの一般人が一国の王子を土下座させてるってバレたらあの護衛騎士に消されるんじゃないか?


 アレクは動かずじっと見ている。罰を与えられるのを待っているのか。


「うーん。アレクは引き続き俺の補佐をして。俺、もうちょっとレベル上げたいんだ。あぁ、あと2ヶ月位でレベル65まで上がるようにしてくれる? 今レベル20だから、計画とか立てて欲しいな」


「……かしこまりました。必ずや上がるように致します」


 アレクは顔を強張らせていたが、了承してくれたので、罰の件は片付いたようだ。


「それにしても、喉、声が出るようになって良かったね。アレクがそんなかっこいい声だとは思わなかったよ」

「それは全て主人のおかげです。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」


 アレクが涙ぐむので、こちらまで貰い泣きしそうになる。アレクを手招きし、近寄って貰うとアレクの顔を綾人の方に引き寄せそっと抱きしめた。


「アレクの喉が治って本当に良かった。アレクが無事で良かった。あと2ヶ月よろしくね」

「……はい」



 そして、一段落すると、食事を取りましょうと、食堂からスープを持ってきてくれた。


 それをアレクの介護で1口ずつ飲む。


 ……スプーンであーんだ。ちょっと恥ずかしい気もしつつ、子供の頃に両親にやって貰うのが夢だったから叶えられて嬉しい。


 目覚めたのは夜だったらしく、そのまま就寝する事になった。


 さっきまで寝てたのに眠れるかな? と思ったけど、意外に眠れそうである。


 そして、ベットに横になると、まだ寝てすら居ないのにアレクの方に引き寄せられる。


 綾人に意識があると分かっているのにアレクの元に引き寄せられるのは初めてだ。


 これは流石に注意をしようと声をかける。


「アレク、前から言おうと思ってたんだけど、あの、俺を抱き寄せて寝るのやめてくれないかな? 俺一応男なんだけど」

「……どうしてもダメでしょうか?」


 すぐやめるかと思ったらまさか反論&上目遣いのおねだり!


「い、いや、俺男だし、サイズはちょうど良いのかもしれないけど、アレクも女の子のほうが良いだろ?」


 確か、婚約者もいた筈だし、綾人との関係を誤解されても困る。


「……私はこの6日間、主人が死んでしまうのではないかと気が気ではなく、眠りが浅くなっておりまして、主人の鼓動を感じていたいのです。奴隷の身分で不相応だとは思いますが許可いただけないでしょうか?」

「……。」


 確かに、アレクの美貌の下には濃い隈がある。


 そして、ワンコみたいなこの懇願する表情。


 イケメンがやると威力が強すぎる。


 俺が一方的に苛めてるみたいだ。


 ……。


 ……。



 ……まぁ、長くてもあと2ヶ月だし。許可するか。


「……分かった。押し潰さないでくれよ」


 許可を出した瞬間、尻尾があったなら思い切り振り回しているんじゃないかと思うくらい、アレクが喜んでいた。


 そして、何か言う事を忘れている気がしながらいつの間にかアレクの腕の中で眠りについていた。

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