前世の私と今の私

「お兄様は私が前世の記憶を持っていると言ったら信じますか?」

「前世の記憶?」

「そうです、私には前世の記憶があります。その世界の私は恋人と喧嘩をした弾みで階段から落ち気づいた時にはこの世界にいました」

「じゃあ、あの日ベッドから起きた百はもうこの世界にいた百では無くなっていたっていう事か…」

「そういう事になります…そしてこの世界に元々いた百さんは恐らく…」

「消えてしまったと言う事になるな、今話している百と入れ替わるようにして」

「…………はい」

お兄様の反応を見て私はやっぱり信じられないか……と思いながら俯いていると、ふわりと頭を撫でられ思わず顔を上げた。

そこには優しい笑みを浮かべているお兄様の姿があった。

「信じるよ、それに百が嘘を言うような子じゃないって知っているからね」

「でも…!!もう私はあの【小鳥遊百】じゃないんですよ…!?」

「確かに、俺の知っている百はあの時消えてしまった」

「だったら…!?」

「どんな姿になっても、例え性格が変わって中身が変わろうが、百は百で

俺の大切な妹には変わりないからな」

その言葉を聞いた瞬間、私の目からは大粒の涙が流れてきた。

あぁ、お兄様はどこまでもお優しい人なんだろうか…

「お兄様は優しすぎます…っ」

「よしよし、俺はずっと百の味方だからな」

「うっ……ぐすっ……」

「ほら泣かない、可愛い顔が台無しだろ?」

「……ん」

お兄様はポケットからハンカチを取り出すと、優しく私の顔を拭ってくれた。

「さて、話はしれだけじゃないよね?」

「えっ?」

「気になってる事、他にもあるんでしょ?」

「お兄様はやっぱりすごいですね、実は…この世界に来た時に一番驚いた事なのですが…前世の私と今の私の姿、声、名前と…すべて全く同じなのです…」

「すべて…?百は生まれた時からこの姿で、あの時から何か変わった事と言ったら性格…ぐらいだな。まさか、前世と何か関係があるのか…?」

「私もそう考えています。でも、それがなんなのかまだ分からないんです……あと、この世界の事なのですが、私の前世の世界ではこの世界は乙女ゲームと呼ばれる物語の世界で多分それも関係していると思っています」

「物語の…?」

「はい、そして、その物語の中で私は悪役令嬢と呼ばれる……所謂悪役でした。

主人公の女の子に意地悪をして楽しむような女の子、それが私でした」

改めて自分の事を客観的に説明すると、本当にひどい女だと思う。

「どうしてそんな事を…?」

「そうですね…物語の中の私は多分寂しかったんだと思います…」

「寂しい?」

「はい、物語の中の私は両親にも家族にも愛されていなくて…いつも一人ぼっちでした。

けれど、学園に入学してからは、友達と呼べる人達も出来て生まれて初めて楽しいと思っていたけれど…」

「けれど?」

「私が大切にしていた学園に主人公がやってきました」

学園に突然現れたヒロイン、その子は明るくて元気で可愛くてすぐに周りの人を惹きつけた。

そしてヒロインは私が大切にしていた場所にまで現れ、周りの友達は全てヒロインに奪われ、私はまた居場所が無くなった。

こうなったのは全てヒロインのせいと錯覚し嫉妬に狂った物語の中の私は…

「お兄様は知っていますか?物語の中では主人公に酷いことをした私ですけど、本当の彼女は……ただの弱虫で臆病者なんです、まるで前世の私みたいに」

「百……?」

「あっ!でも安心して下さい!この世界の私は決してあの子には手を出さないので!」

「百!!」

「お兄様……?」

私が決意表明をしていると、お兄様がいきなり大きな声で私の名を呼んだので 驚いていると、お兄様は私の事をを強く抱きしめてきた。

「大丈夫、今の百はもう一人じゃない、だからそんな苦しそうな顔をしないでくれ…」

「っ……お兄様……ありがとうございます……でも、私は大丈夫です。確かに最初は戸惑ったし、不安だった。だけど、今は違う。私はこの世界で生きていくと決めたのです。」

そう言いながら私はお兄様の背中をぽんっと叩くとゆっくりと離れた。

「それに、もしまた私が道を踏み外そうとしたら止めてくれますか?」

「もちろんだよ、俺にとっても百は大切な妹だからね」

「ふふ、お兄様大好きです!」

「俺も大好きだよ、いや俺だけじゃない、母上も父上も百の事が大好きで大切だ、それだけは忘れないでね?」

「…………はいっ!」

「百がこの世界にきた理由はまだわからないが、きっといつかわかる日が来るだろう、その時まで一緒に頑張ろう」

「そうですね、お兄様にお話しできて良かったです、ありがとうございます」

こうして私はこの世界にきて初めて前向きになれた気がする。

あ、そういえば私がこの世界に来てからお話の流れが変わったって話もしたかったけれど、それはまた今度お話しましょう。

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