僕は花を飾らない
八尋
第1話 浩哉と花菜
「最近どんどん料理の質落ちてない!?舐めてるの?佐藤チーフ!」
7月の暑い日、営業後の食堂に男の怒号が響き渡った。
大手企業の社員食堂の窓口担当だ。
困ったようにコックコート姿の男が答えた。
「精一杯サービスしているつもりなのですが...いかんせんロシアとウクライナの影響で食材の価格が上がっていまして。せめて10円でも20円でも値上げできると変わってくるのですが...」
この大手企業の食堂業務を任されている運営会社のチーフである。
「分かった、分かった。そしたら他の業者探すよ!それでいいね?」
高圧的な小池に対し、浩哉は
「分かりました。食材費を価格に転換できなければいずれにせよ長くは続かないので...どうぞ他の業者に頼んで下さって結構です。他に請け負う業者があればですけど...」
委託されている側とは思えない態度で答えた。
毎年、どの食堂運営会社も大赤字を出して1年持たずに撤退。新たに2月から浩哉の会社が食堂の運営を請け負ったが、やはり大赤字。
さらに前任のチーフが小池からのパワハラを受け3月に退職。
問題だらけの現場を建て直すために4月に配属されたのが浩哉だった。
40歳を迎えた彼にとって、この大変な現場を上手く立て直す事が出来れば、出世が出来るチャンスでもあった。
そのため企業側の言う事を全てハイハイと聞く事はできなかったのだ。
配属から3ヶ月、食堂の運営自体は軌道に乗ってきたものの、ウクライナ戦争の影響で食材価格が上昇し、新たな問題を抱えていた。
「チーフさっきは大変でしたね。コーヒー入れときましたよ。」
食堂の制服姿の女性が浩哉に声をかけた。
食堂でパートとして働く花菜は、前業者、前々業者の時から在籍しているベテランパートだ。
「小池さんにあんなに強く言えるのチーフが初めてですよ。凄いですね。」
「前々凄くないよ。むしろ嫌われて目つけられて、すぐ異動させられちゃうかもね。」
「ええー!それは困ります!チーフが辞めたら私も辞めますよ。」
「冗談だよ。ああ見えてちゃんと計算して
喋ってるから大丈夫!」
「それならよかったです。ずっといてくれないと困りますよ!」
34歳の花菜は、仕事ができるが控えめな性格
で同性のパートからも慕われていた。ドロドロとしたよくあるパート女性同士のいざこざも、花菜がパート女性の愚痴を聞いたり、間に入って仲裁することで上手にまとまっているように見えた。
面倒見もよく、浩哉はパートの新人教育を任せたり、運営に関する相談なども花菜に話すようになって行った。
「それと、これ。コンビニで見つけた新商品のお菓子です。チーフ甘い物お好きでしたよね?苺味のたべっ子どうぶつ、可愛くないですか?」
(確かに可愛い...が、花菜ちゃんの方が可愛い)
浩哉は言いたかったがセクハラになってはいけないので心で呟いた。
花菜は性格だけではなく、見た目もこれといって目立つようなタイプの女性ではないが、大人しくて清楚な雰囲気が調理場の男性軍団に受けがよく、隠れた人気があった。
浩哉も色々と気が利く花菜の事を気に入ってはいるものの、お互いに結婚している上に、まだ新婚の浩哉からすれば、職場のささやかな癒し程度の存在でしかなかった。
8月のある日...花菜の秘密を知るまでは。
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