気ままミステリービリヤード小説 ”ビリい宿”
私がまだ大学生のころ、そう、得意になって原付で日本各地を走りまわっていたことのことだ。私はM県とN県の県境を山越えしていた。深いきりがたちこめ、まだ入っているはずのガソリンももう少しで空になりそう、とてもスタンドのない山道、さてどうしようかと考えていた。小さな小屋のようなものから明りが見えて近づいてみるとそれはビリヤード場のようだった。一瞬幻でも見てるのか、きつねにでも化かされてるのではないかと思うほどメルヘンな心をもち合わせていない当時の私は、こんな所でもうかるのか、いや案外いんきょしたじいさんの道楽か、などと思いつつ入ってみた。中は思ったよりせまい。入った時一瞬ひやりとした。なんか異空間にでも入った気分だ。
”いらっしゃい、ビリヤードですか、お泊りですか。”
中年の男性がビリヤードをしながらいった。
”ここは泊まれるんですか”
と私がきくと、そうだという。話をきいてみると、このへんはこのビリヤード場しかなく、ホテルはなおさら、町まで30kmあるそうだ。食料はたっぷりあるし、温泉もわきでるらしい。私は泊まるつもりはなく、ガソリンさえ手に入ればそのまま出ていこうと思ったが、その男性(タナカというらしい)がビリヤードをしていってほしいという。ただでいいそうだ。そんなにいそいでいない私は当時ビリヤードサークルに所属していたこともあって、2、3時間ついていくか、と思った。しかし妙なことにタナカはナインボールを1ゲームだけ相手になってほしい、という。なぜ1ゲームなのか。タナカはそのほうが緊張するからだ、というが私はまさか負けたらみぐるみはがされるのではないかと心配した。しかし勝てばいいのだ、勝てば…。たいていの相手なら自身はあるつもりだった。
タナカは、私の目から見て、まあB級の下、C級の上ってところかと思うほどの実力のようだった。しかし見ていて妙になっとくのいかないところがある。⑨ボールをいやにねらいすぎるのだ。必ずキャノンショット、コンビネーションで⑨ボールを入れれないか考えているようだ。①を入れて、②をねらうときキャノンで⑨をねらった。私が②を入れて③をはずすとタナカは③-⑨のコンビネーションをねらってきた。コンビがはずれると、私のほうを見て
”いやあ、実はわたしビリヤードはじめて3ヶ月なんですわ”
といった。私はああそうなんですかとあいまいにあいづちを入れながらドローショットで③を入れた。④へのネクストはばっちしだ。この配置だと④、⑤、⑥は入れれそうだな、と考えていた。タナカはそんな私を見て、
”ナインボールゲームってのは⑨ボールを入れた人がかちってところがいいですね。①~⑧はどちらが入れたか関係なし、要は⑨ボールなんですよ。”
という。私はこういった結局のところ⑨ボールゲームは運だというような考えは大キライだったので、
”ハア、しかし勝負に勝っても相手より自分の実力が劣っているのだったら満足できないんじゃないですか”
といってやった。順調に⑥は入れた。しかし⑦は⑧がじゃましている。バンクでねらってみたが失敗だった。
”しかしですね、私は勝たねばならないのですよ”
タナカはそういうとマッセのかまえをした。正気か、どうしてそこまでして⑨ボールをねらうんだ。そんなビリヤード楽しいのか?まあおまえじゃムリだ、私はそう思った。
ガッという鈍い音とともに白球は⑦にあたったあと大きく弧をえがいて⑨に当たった。⑨は1回クッションに入ったあとサイドポケットに入った。こんなの偶然だ、私は心の中でさけんだ。
”やった、ついに勝った。私はいままで3人と勝負したがやっと3ヶ月ぶりに勝てた。これでやっと外にでれる”、
どういうことだ、これでやっと外に出れる?外に出るために私と勝負したのか?なぜ外に出られなかったのだ?
ぼうぜんと立ちつくす私をおいてタナカは笑いながらドアをあけ外へ出ていった。どこにいくんだ、なぜ私を置いていく。タナカをおいかけようとすると、信じられないことがおこった。ドアがスーと消えていくのだ。ハッと気付いて窓をみた。窓もだ。閉じこめられた。タナカの仕業か、くそう!
うちっぱなしのコンクリートにかこまれた私はやっと自体をのみこめた。そうか、⑨ボールを入れたものだけが外に出れるのだ、タナカも3人と勝負し、負け、この3ヶ月間閉じこめられていたのか!
3ヶ月で3人ということは1ヶ月にだいたい1人、次の相手がくるまであと1ヶ月あるのか、よく見てみると外に出られないというだけでここで生きられないことはない。TVはないしビリヤードでもやっていろということか。この小屋は一体なんなんだ。それは結局わからない、しかし1つだけわかったことがある。次にだれかとナインボールをしたときにはどんな手段を使ってでも⑨ボールをポケットに入れなければならないということだ。
そう、タナカのように、
おわり、or to be continued
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