第76話 生存報告

 アンが加わってから五日が経ち、今日はエルネストが拠点に顔を出すはずだという日だ。確実ではないが、午前中の早い時間に来る可能性が高いらしい。


「エルネストがいたら、他の人たちがいない別室でアンの正体を伝えよう」

「そうだね。アン、最初は私たちだけで中に入るから、近くで待ってて。もし危ないことが起きたらすぐ神域に逃げてね」

「分かったわ」


 エルネストがどんな反応をするのか分からないので緊張しつつ拠点に向かい、アンには拠点近くの空き家の中で待っていてもらって、ドアをノックした。


 以前と同じようなやり取りをして中に入ると……皆が集まるリビングスペースに、椅子に座って王宮内の地図を見つめるエルネストがいる。

 予定通り顔を出してくれたみたいだ。


「リュカ、レベッカ、久しいな」


 エルネストが顔を上げて挨拶をしてくれたので、これ幸いとさっそくアンの話を切り出すために近くへ向かった。


「エルネスト、いてくれて良かった」

「ん、何か話でもあったのか?」

「そうなんだ。ここだと微妙だから……ちょっと別室で話をしても良いか?」

「もちろん構わないが――」


 訝しげな表情を浮かべつつもエルネストは俺たちに従ってくれて、三人で皆がいる場所から遠くの部屋に入った。そしてその部屋の中で改めてエルネストと向き合う。


「他の仲間にも聞かせられない話なのか?」

「ああ、クーデターに関係はあるが、厳密には違う話だからな」

「実は……アンリエット王女殿下の話なの」


 レベッカが発したその言葉に、エルネストは一気に雰囲気を固くして眉間に皺を寄せた。


「……なんで今更その話なんだ? もう王国に死亡報告の遣いを出し、帝国でも死亡したものとして決定されてしまったので、ここからまた捜索などは難しいが……」

「いや、違うんだ。そういうことじゃなくて……アンリエット王女殿下が、生きてたんだ」


 その事実を伝えた瞬間、エルネストは眉間に皺を寄せた状態のまま固まってしまった。そして混乱を少しでも抑えるためか、額に手を当てて頭を左右に振る。


「……俺の聞き間違いか? アンリエット王女が生きていると聞こえたんだが」

「聞き間違いじゃない。その通りだ」

「でも、あの高さから落ちて生きておられるなど……捜索でもなんの手掛かりもなかった。それにいつ生きておられることが分かったんだ? もしかして、捜索の時に発見していたのか?」

「いや、違う。王女殿下は魔法がかなりお得意らしくて、馬車ごと落ちた時も魔法を使って身を守られたんだそうだ」

「そして崖下から帝都まで、自力で歩いて辿り着かれたみたいなの。そこを私たちが保護して……」


 エルネストに不信感を抱かれないようにと三人で考えたシナリオを話していくと、エルネストは混乱しながらも次第に現状を受け入れ始めたらしい。

 

 顎に手を当てて、真剣な表情でこれからのことを考えているようだ。


「すでに儚くなられたと思っていたアンリエット王女殿下が、実は自力で生き残り帝都までいらしたということだな」

「そういうことだ。そして王女殿下はこのまま姿を隠されることを望んでおられる」

「……まあ、それは理解できる。此度の輿入れはかなりの悪条件で強引なものだったからな。――そもそもあの王子に嫁ぎたい者などいないだろう」


 ボソッと呟かれた言葉を聞くに、アンの夫となる予定だった王子はやはり酷い相手なのだろう。本当にアンが逃げ出せて良かった。


「しかし、それならばなぜ私に生存を伝えたのだ? 誰にも伝えずに隠れられた方が確実だと思うが」

「それには色々と理由があるんだが……一番は、アンリエット王女殿下を仲間に勧誘したいと思っているからだ。王女殿下はこの国の様子と苦しむ民を見て、他国とは言え助けたいと仰っていた。さらに王女殿下は、帝国が今のまま存続している限り、ずっと姿を隠し続けなければならないんだ」

「王女殿下はクーデターの手助けをしてくださると思うの。それに魔法の実力を拝見させてもらったけど、一人いるだけで戦況が変わるほどのものだった」

「王女殿下が帝国側に寝返る可能性はないに等しいし、悪くない提案のはずだ。……どうする、勧誘するか?」


 俺とレベッカの言葉を聞いて、エルネストは眉間の皺を深くして難しい表情を浮かべた。頭の中でメリットとデメリットを計算しているのだろう。


「他国の姫がクーデターに参加するというのは、問題ないのか?」

「そこは大丈夫だ。変身ローブというものを俺たちが持っていて、王女殿下には常日頃からそれを着用してもらっている。王女殿下だとバレる可能性はないはずだ」

「そうか……では、アンリエット王女殿下にも加勢していただけるとありがたい。正直一人でも多くの戦力が必要なんだ。あの高さから落ちても無事でいられて、さらには帝都まで自力で辿り着けるほどの魔法の実力者は、喉から手が出るほどに欲しい。しかも裏切りの危険がほとんどないとなれば……断る理由はない」


 エルネストはそう言い切ると、俺たちの顔を交互に見つめてきた。そして大きく息を吐き出し、自嘲の笑みを浮かべる。


「他国の者たちが一番頼りになるなど、情けないな。本当に感謝している。二人のおかげでクーデターの結末に希望が持てるようになった」

「気にするな。それに俺たちはあくまでも戦力になるだけで、この組織を作って皆をまとめてるのはエルネストだ」

「……そうだな。あと少し頑張るか。リュカ、レベッカ、最後までよろしく頼む」

「ああ、任せてくれ」

「絶対にこの国の人たちを救うよ」


 それからアンが近くで待機していることをエルネストに伝えると、直接会ってエルネストがアンを勧誘するということになり、アンを拠点に迎え入れることになった。

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