深海の囚人
古村あきら
第1話
淡いピンク色をした婚姻届の用紙には
志乃が大学を一年休学した為、会社に入った時に先輩社員として現れたのが同い年の彰人だった。「ゆきのちゃん?」そう呼びかけられるまで気付かなかった。幼い初恋の人は大人になっていた。
役所に婚姻届を提出して外に出ると、六時前だというのに外は薄暗くなっていた。冬の日が暮れるのは早い。結婚式は来週だが、今夜は職場の仲間が前祝として小さなパーティーを開いてくれる。開始は七時からなので、電車には乗らずに歩いて向かうことにした。暗くなるにつれて気温が下がり、時折吹く風が頬を刺す。どちらからともなく
幹事の岸本太郎は志乃の同期で、彰人のグループの後輩である。実は重役の息子なのだが、気のいい弄られキャラで皆に愛されている。彼の呼びかけで二十人ほどが集まってくれたらしい。指定された小さなバーに入ると、テーブルの横の壁には折り紙の飾りと「結婚おめでとう」の文字。彰人と志乃は拍手で迎え入れられた。
そこは素敵な空間だった。船室を
海の中にいるみたいだ。
そう思った途端、志乃は胸が締め付けられるような感覚を味わった。寂しそうな微笑と、愛おし気に呼びかける声。かつて、もう一人、「しーちゃん」ではなくユキノと呼ぶ人がいた。こんな風に青い光が降り注ぐ深い海の底で。
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