旧・革命(『文芸部』シリーズ)

今田葵

第1話 ライブハウスに行こう

 掛け時計はちょうど16時半を指していた。カチカチという秒針の微かな音をかき消すように、野球部の元気な声出しが響いている。耳を澄ますと軽音楽部のギターの演奏の音も聞こえる。あれは、andymoriの『革命』か。掛け時計の隣には、世界遺産の写真がついたカレンダーが掛けられている。

「あと3日かぁ」

 カレンダーを見ながら、ヒマリは呟いた。今日は7月18日。そう、夏休みまであと3日なのだ。

「そうだね」

 コーセーさんがカードを出しながら言った。あがりのようだ。私たちはいま大富豪をしている。もちろん発案はアカネちゃん。

 アカネちゃんもカードを出しながら、

「そう言えばさ、ヒマリ」

 アカネちゃんが私に尋ねる。

「貴女ってどうしてロックが好きになったの? 何かきっかけがあったの?」

 あれ、まだ話してなかったっけ。

「お姉ちゃんがバンドやってたの」

 沈黙が流れる。変なことは言ってないはずだが……

「バ、バンド!?」

 コーセーさんとアカネちゃんが声を合わせて叫ぶ。さすがカップル。息ぴったりだ。

「バンドって、あのバンドよね。でもマシロ先輩って軽音楽部には所属してなかったはず……ってことは」

「うん。ライブハウスでバンド活動をしてたの」

「高校生がライブハウスでバンドって、アニメの世界だけだと思ってたよ」

 まさかこんなに驚くとは。ライブハウスでバンドするってそんなに珍しいことだったんだ。

「もしかして皆さん、ライブハウス行ったことないんですか?」

 アカネちゃんがブンブン首を振った。一秒間に5回は振ってる。そんなに振ったら首痛めるよ。

「あるわけないでしょ。あんな怖い場所」

 怖いって……心霊スポットじゃないんだから。

「確かに、少し入りづらいよね」

 コーセーさんも苦笑いする。身内がライブハウスでバンドしてたからそんな印象はなかったが、世間的にはライブハウスって行きにくい場所なのか。

「じゃあ、夏休みに一緒に行きましょうよ。ちょうど、お姉ちゃんの話を聞きに行こうと思ってたところなんです」

 アカネちゃんが嫌そうな顔をした。

「じゃあこのゲームに負けたら行くわ」

 私はカードを出して「はい、革命」と言った。アカネちゃんの顔が歪んだ。どうやら勝機を失ったようだ。


 7月22日の夕方、私たちはライブハウスの前に集合した。コーセーさんもアカネちゃんも顔が強張ってる。アカネちゃんに至っては拳を前にして戦闘態勢だ。暴力団のアジトに殴り込みに行くわけじゃないんだが……

「大丈夫ですよ。私の知り合いもいますし」

 そう言って私は中に入った。二人もおずおずと着いてくる。受付の清水さんが私の顔を見て嬉しそうに声をかけてきた。

「ヒマリちゃん、久しぶり!」

「お久しぶりです」

 清水さんは悲しそうな顔をして、

「マシロちゃんのこと、聞いたわ。辛かったでしょう。その分今日は、楽しんでいってちょうだい」

「はい、ありがとうございます」

 私はお辞儀をして、受付をあとにする。そしてドリンクを受け取ったあと、ステージ前に向かった。もうすでに人が集まっている。30人くらいはいるだろうか。

「今日はどんなバンドが出るの?」

 コーセーさんが尋ねた。

「お姉ちゃんが前いたバンドのベーシスト、前田さんが所属する『ハローズ』です。ポップなテイストな曲が多いので比較的聞きやすいと思いますよ」

 話しているとステージにバンドメンバーが出てきた。前田さんの姿も見える。彼女は私に気がつくと小さく手振ってくれた。いよいよライブが始まる。







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