朝起きたら恋人が男になっていた話
三郎
本文
朝、目が覚めたら隣に見知らぬ男性が居た。お互いに服は着ていない。昨晩の記憶を辿る。昨夜は恋人が泊まりに来て、そのまま濃密な夜を過ごし、抱き合って眠った。裸のまま。だから、自分が裸でいるのは正解。そして、隣で寝ているのは彼女であるのが正しいのだが、蓋を開けてみれば見知らぬ男性。人の気も知らずに幸せそうに眠っている。状況が飲み込めなさ過ぎて声も出ない。しばらく考えた末に、これは夢だという結論が出た。もう一眠りしようと身体を倒したところで、彼が寝返りを打ち、俺の身体を引き寄せた。見知らぬ男性の腕に抱かれる形になってしまったが、何故か恐怖心は無く、妙に落ち着く。
「
彼が俺の名前を呼ぶ。その声はどことなく、彼女の双子の弟に似ていた。しかし、彼は俺のとは面識はない。男性の顔を改めて見ると、顔まで彼女の弟によく似ていた。まさかと思いながら彼の顔を凝視していると、彼がゆっくりと瞼を開く。瞳に俺の姿を映すと、彼は目を細めて愛おしそうに俺の頬に手を伸ばす。
「おはようございます。龍雄さん」
その慈愛に満ちた表情は、彼女の弟というよりは彼女本人にそっくりだった。疑惑が確信に近づいていく。
「……君は……まさか
問うと、彼はおかしそうに笑って言った。「寝ぼけてるんですか?」と。彼女の声のピッチを二、三個下げたような声で。違和感に気づいたのか、彼は自分の身体を自分で触りながら「えっ、えっ、なに? えっ?」と動揺するような声を出す。そして布団の中を覗いて「うわぁぁぁ!?」と野太い悲鳴をあげた。
「た、たたたたたた、たつ、龍雄さん!! どういうことですかこれ!!」
「いや、俺に聞かれても……」
「ていうか、なんであなたそんなに冷静なんですか!?」
「驚きすぎて声も出なかったんだよ。そして君の動揺する姿を見たら冷静になった」
改めて見ると、やはり弟に似ている。なんなら弟よりイケメンだ。ちなみに弟はアイドルをしており、国宝級イケメンと持て囃されている。「君が男だったら彼よりイケメンだったんじゃないか?」なんて、テレビを見ながら冗談でよく言っていたが……まさか本当に男になるとは。
「やっぱり君、弟よりイケメンだな」
「双子だからそんなに変わらないと思いますけど……ていうか龍雄さん、本当に、よくそんな落ち着いていられますね。恋人が男になったんですよ?」
「驚いてるってば。けど、話してみたらいつもの君で安心したし……」
「し?」
「……いや、ほんと、顔が良いなって思って」
元々俺は、女性だけが恋愛対象なわけではない。どちらかといえば女性が好きだが、男性も恋愛対象だ。とはいえ性別はどうでも良いわけでは無く、好みのタイプは男女別であるり、今まで付き合ってきた人は女性だから、男性だからで好きになった人がほとんどだった。しかし、その男女別のストライクゾーンには重なる部分があり、彼女はその位置に居た。故に、彼女のことは女性でも男性でも好きになっていた。現に今、男性の姿の彼女にときめいている。それに気づいたのか彼女は「乙女みたいな顔になってますよ」と悪戯っぽく笑った。なんだか恥ずかしくなり顔を隠す。
「でも、安心しました」
「何が?」
「男になって、一番最初によぎった不安はあなたから愛されなくなることだったから。龍雄さんがバイなのは知ってるけど、好みのタイプは男女別だとお聞きしてましたし」
「司はどっちでも正直、あり」
「強いて言えば?」
「……どっちも捨てがたいから分身してくれない?」
「なんですかそれ。どれだけ私のこと好きなんですか」
彼女はおかしそうにくすくすと笑う。釣られて笑うが、問題は何一つ解決していないことに気付き、二人で慌てて調べた。今日がたまたま二人とも会社が休みで良かったと思いながら、調べていると、セックスチェンジシンドロームという病名にたどり着いた。別名、性転換症候群。性別が変わってしまう原因不明の病で、百万人に一人の確率で発症するかなり珍しい病気で、日本国内で診てくれる病院は数件しかない。幸いにもそのうちの一件が近所にあったため、すぐに駆け込んだ。
待合室で待っていると、彼女はすぐに出てきた。
「一応、治療薬があるみたいで、大体一ヵ月程度、早ければ数週間で治る人もいるそうです。長引く可能性もあると言われましたが、とりあえず、治らない病気でなくて安心しました」
「そうか。良かった……」
「……言葉の割にはちょっと残念そうな顔してません?」
揶揄うように彼女は笑う。そんなことないと否定するが、正直、少し残念だった。すると彼女は俺の耳元で囁くように言った。「お医者様曰く、いつもみたいにいちゃいちゃするのは問題ないそうですよ」と。それに動揺する俺を見て楽しそうに、妖艶な笑みを浮かべながら続けた。「乙女みたいな顔になってますよ」と。
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