第18話 航路2
「なんだ? 艦が傾いている?」
左に旋回しようとしているか。敵に正面を向けるつもりか?
いや、この艦には左右に爆雷があったはずだ。それを使っての攻撃か。
それに失敗しても正面の魚雷発射管が使える。
ただし、それには相手の足止めが必要だ。
僕は頭を
「やるしかないか」
――宇宙の機体で倒せるものかよ!
――佐藤、油断するな!
また声。
僕は敵影を囲むように乱射する。
動きを止めた敵機。
「今だ!」
「爆雷、投射!」
「了解! 爆雷投射開始!」
水中に沈んでいく爆雷。
敵AnDの一機がその爆雷に呑まれ、次々と爆発する。
――隊長! 隊長!
大きな水柱と共に重力波センサーから一機が消失する。
残り、二機。
「レーダー班、母艦の特定まだか!」
「それが……半径六十キロ圏内に敵影なし!」
「なにっ!」
そうなるとこのAnDはどこから来たのだ。
AnDの場合、水中航行は燃料の消費が激しくなる。それは元々、適正のない姿形をしているからだ。
その燃料を補給する母艦がなければここまでこれまい。
まさか! 潜水母艦? いや、反政府組織にそのような資金はないはずだ。
「水雷長! ソナーに感は?」
「AnDが二機です!」
「他には?」
「他、ですか? ……ありません!」
水雷長は確認をとると答える。
「敵機は間違いなく、
「このスクリュー音、起動音、間違いありません!」
と、なると近くの海底にでも身を潜めているのか。潜水母艦は。
しかし、それにしても三機ものAnDを搭載できる程の潜水母艦とは。
我々は敵を侮っていたようだ。
「重力波レーダーに感」
二機の敵AnDを捕捉。
残弾なし。
キャリブレーション終了。
「やれるか? 月詠」
答えのない問いをしたのち、演算システムを機体の制御に回す。
これで動きがなめらかになる。さらには照準誤差もなくなったはずだ。
敵は艦首前方に位置する。
「魚雷、撃てっ――――――!」
無線から聞こえる艦長の声。
魚雷は真っ直ぐに敵AnDに向かうが迎撃される。直後、艦が揺れる。
魚雷の直撃。
「ええい! 第三ブロック閉鎖! 浸水を防げ!」
「はい!」
「急げ!」
「被弾したか」
僕はフットペダルを踏み込む。
そして月詠を前部甲板に載せる。
「おわ!」
載せた衝撃で艦が揺れる。
「こら! 月詠、邪魔だ! そこはミサイルの発射管がある!」
「了解! 敵を撃つ!」
僕はレールガンを敵AnDに向け放つ。
いくつかの水柱が上がった後、大きな水柱が上がる。
「直撃。敵AnDの一機に直撃しました! 残りは一機です!」
「さすが、クサンドラ」
システム的なアシストがあってこその命中率。
風量、風速、波の揺れ、といったデータをクサンドラで即時処理。
そのデータとキャリブレーションの結果を照らし合わせて、予測演算を行った結果だ。
しかし、いくつかの余計な工程を踏む事で演算が遅いのだ。
幾度かの振動。
敵AnDによる攻撃だ。
「敵機、七時方向に移動!」
「面舵!」
僕は月詠を後部甲板に飛翔させる。
着艦と同時に振動。
敵機にレールガンを発射。
ビービー、という音が鳴り響く。
「なんだ?」
僕はサブモニターを見る。と、レールガンの冷却が不十分。つまりはオーバーヒートを起こしていた。
宇宙のようにはいかないのか。
地球のしかも海上では照り返しがある。さらに直射日光まであるのだ。大気中の温度も高い。
宇宙では周囲の温度は非常に低い。だから冷却ができるが、地球はそうはいかないようだ。
「地球用の武装を持ってくるんだった」
そう嘆いても遅い。今更、軍港に戻る訳にもいかないのだ。
この場で対処する必要がある。
「敵AnD、スクリューに接近!」
「……させるか!」
僕は後部甲板にある爆雷投射機を持ち上げ、敵AnDに向け投げつける。
その後、水中に沈んだ爆雷投射機に無反動砲を撃つ。
弾丸の爆発。一拍置いて、爆雷投射機が誘爆。
その爆発に耐えきれない敵AnDは、圧壊。大きな水柱となり、ソナーから姿を消す。
「敵、母艦は?」
「見つかりません」
「仕掛けてくる様子はないですな」
「ようし、通常任務に戻る! 航路修正!」
「了解!」
「月詠、大したものですな」
「ああ、だがパイロットか、それとも機体性能のお陰か……」
汗のかいた身体に潮風が心地よい。
僕は甲板から海を眺める。すると地平線上に陸地が見え始める。
その陸地は一本の柱を中心に広がっているように見えた。
「あれが……」
「海上都市、シンだ」
「艦長」
「さっきは助かったよ。見事な機体性能だ」
「はい」
「だが、うぬぼれるなよ」
「……」
「機体が無ければ内藤もただの人間だ。それを忘れるな」
「はい」
去っていく艦長の後ろ姿は少し寂しげだった。
海上都市『シン』に接舷。積み荷と共に月詠を降ろす。
ここで金剛との旅は終わりだ。
そして次はあの一本の柱、宇宙エレベータ。あれに月詠を載せ、宇宙に帰還する。
「今日はもう遅い。夜間を利用し、月詠を搬送する」
「はい」
「内藤はそれまで自由行動だ。ただし、二十三時には軌道エレベータ近くの宿舎に行くように。それと夕食はどこかで食べておいで」
「了解」
思わぬ時間ができてしまった。
今は十六時。七時間も暇ができてしまった。今までずっと戦闘や訓練を行ってきた僕にとっては苦痛に近い空き時間だ。
とりあえず、都市の中心部に向かう。どの道、そちらの方に宿舎がある。
適当な店を物色しながら、向かうとしよう。
新鮮な魚介類を売っているお店が立ち並ぶ、港。
僕は物珍しさで覗いていく。
そもそもコロニーでは魚は高級で一般人が食べられたものではない。
コロニーでも養殖をしているが、その殆どがマグロである。
つまり、サンマやアジ、サバといった魚ですら珍しいのだ。
「兄ちゃん、サケがそんなに欲しいのかい? 今ならまけてやるよ!」
「いえ、そういう訳では……」
「なら何故、凝視していたんだ?」
「こんな赤い魚もいるのだ、と思いまして」
「ん? ああ、そうか。兄ちゃんは宇宙暮らしか!」
「はい」
この都市は宇宙エレベータがあるせいか、宇宙暮らしが珍しくないらしい。
宇宙育ちの身としては観光先で有名な都市だからか。
「どうせなら、味見するかい?」
「い、いえ。結構です」
僕は逃げるようにその場を立ち去る。
「生ものなんて腹壊しそうだ」
港より少し、中心街に向かって歩くと、今度は様々な野菜や果実を売っている店が並ぶ。
こちらもコロニーでは見かけないものばかりだ。
ズッキーニ、冬瓜、ドリアン。こんなもの、どうやって食べるんだ?
そもそも、遺伝子改良を行っていないものなんて安全性が不安だ。
「お兄さん。それ買うかい?」
「いえ。これなんて言う植物ですか?」
「ドリアンさ。知らないのかい?」
「ええ。随分、とげとげしてますね」
「それでも果実の王様なんて言われてるんだけどね」
「そうなんですか?」
「ああ、本当さ」
買ったところで食べ方が分からない。
だから僕はその場を立ち去った。
腹の虫が鳴る。
「そういえば夕食はどこかで食べるように言われたっけ」
数分、歩くとハンバーガーショップを見つける。
ここなら、宇宙と大差ないはず。
「すいません。ハンバーガーセットください」
「少々お待ちください」
一分もしないうちにハンバーガーセットが出てくる。
僕は席に着き、ハンバーガーをかじる。
ああ。食べ慣れた味だ。
なんだか、少し目尻が熱くなる。
「コロニーは良かったな」
食べ終えるとそんな感想を漏らす。食べ終わった後のトレーの片づけもコロニーと同じで安心している自分がいる。
「初めての地球は散々だったな」
レジスタンスに襲われ、月詠を奪われ、自白剤を投与され、なんとか脱出した。
その後も訳の分からないものばかり、食べさせられて。
海上戦になるは、レールガンがオーバーヒートするは。
宿舎に着き、寝支度を済ませ、床に就く。そのころにはもう月詠も届いていた。
ピピピッという電子音が室内に鳴り響く。
僕は寝惚け眼を擦り、支度を済ませる。
早朝、五時。軍部司令部。
「朝六時の便で月詠を送る。それと共に宇宙に上がれ」
「了解」
「到着予定時刻は二日」
僕は宇宙エレベータの特別ゲートを通過し、エレベータに乗り込む。
徐々に加速するエレベータ。
エレベータ内にはトイレやお風呂、食堂などの日常生活に必要なものがそろっている。
多くの人がこのエレベータを利用し、宇宙へ上がる。それは宇宙旅行や地球旅行からの帰宅、仕事など、様々な理由がある。
エレベータには窓はないが、外の映像を映すモニターがある。
流れゆく白い雲。広がる青空。それがモニターいっぱいに表示される。
その様子はどんどん変わっていく。
雲を乗り越え、青空は薄くなっていく。
エレベータ内は温度と湿度、それに空気圧を常に一定の状態に保っている。
そうでなくては急激な変化に身体が追いつかずに、健康被害を起こすからだ。
僕は外の様子を眺める。
父が脱獄して二・三か月。どこでどうしているのだろう。
父が原因で僕は酷い目にあってきた。
借金に、色眼鏡で見られる。正直、それを恨んでいる。
父は母を失ったあと、反政府組織『ロスト』に所属した。その結果が牢獄行き。そしてその家族に対する賠償金。
父は裏切ったのだ。そう、僕を残して。見捨てていったのだ。
そんな事を思案すると何事もなく一日が過ぎていく。
宇宙エレベータでの一日は快適だった。
エレベータ内、二日目。
もう夕刻には宇宙だ。
ピッピッ。専用の携帯端末に通信が入る。
「緊急暗号通信?」
僕は通信内容を読み始める。
「これは……」
内容は現在、スペースコロニー『テミス』に向けテロリストが進行中とのこと。
現在、宇宙艦隊はテロリストの交戦状態に突入との事。
僕は宇宙エレベータから直接、戦列に加わるような指示文章だった。
慌てたところでエレベータの速度があるはずもなく、気持ちだけが焦りを募らせる。
「早く、着かないものか……」
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