第8話 復帰2
今日の演習は三対三の公式大会規定に則ったものだ。
僕は自分のAnD-
AnDにはすでにメカニックやシステムエンジニアが取り付いている。
三年の
僕がそう思っているとメカニックの
「今日からこのAnDの整備主任を任された
「よろしく」
緊張で張り詰めた表情の一郎に、僕は軽く返事をする。そして右手を広げ差し出す。一郎も察したのかその手を取り、握手する。
すると、一郎の表情が少し緩む。そんなに緊張していてはもたないだろう。
「整備の状況は?」
僕は手短に尋ねる。これからシステムチェックもあるのだ。ちなみにこの整備やシステムチェックは演習ポイントまで移動中に済ませるのが基本だ。移動中は輸送機に積まれた状態なので、急な方向転換があったりすると整備やシステムチェックに支障がでる。
「異常ないです」
一郎は答える。と、持ち場へ戻る。
僕もコクピットに乗り込む。モニターを点ける。と、朱里が覗き込んで来る。
そして点検用のノートパソコンを手渡してくる。
「こんにちは。今日から私がこのAnDのシステムエンジニアの主任よ」
朱里ははにかみながら言う。
朱里は一年だが、システム関係には天才的に優れている。
その仕事ぶりは今まで目にしてきた。
「よろしく」
僕は安心した気持ちで返事をする。
僕は点検用パソコンの端子から専用コードでAnD本体の端子に繋ぐ。
点検用のプログラムを起動し、点検作業に入る。
……朱里はずっと覗き込んでいる。
「どうした?」
そんな朱里を疑問に思った僕は尋ねる。
朱里はどこか空虚を見つめるような顔をしている。
……反応がない。悩みでもあるのだろうか?
「ありがとう」
朱里は突然、礼を言う。
びっくりした僕はさぞ、おかしい表情だったのか、朱里は笑いだす。
「その顔何?」
朱里の言葉に反論したくなる。
何故? 礼を言われたのかが分からない。
その疑問に答えるように朱里が口を開く。
「あんた、テロリストを抑えてくれたじゃない」
ああ。その事か。僕は納得するとパソコンのモニターに眼をやる。
コクピット内をカチカチと弄りながら異常がないかを見る。
朱里はじゃあねというと自分の持ち場に戻る。
輸送機二機が演習ポイントに着いた。
一番艦と呼ばれる輸送機には男子チーム、二番艦には女子チームが乗っている。
今回の演習ポイントはデブリの少ない宙域を選んだ。
輸送機が慌しくなる。整備士やシステムエンジニア達が退避用ルームに退避していく。
全ての人間が退避し終わると、輸送機のAnD用ハッチが開く。それと同時に空気が真空へ逃げていく。その風圧がAnDをガタガタと揺らす。
AnDのセンサーが外気圧、ゼロを示す。と、同時に真空用のプログラムが自動で起動する。
このプログラムは音を付け加えるものだ。真空では音は伝わらない。そのため光学カメラが画像処理プログラムと連動し、画像(映像)にあった音をスピーカーから鳴らしてくれる。
コクピット内には複数のスピーカーがあり、方向に合わせ音が流れるようなっている。
これによりペイント弾の発射音や弾の通過音、相手のAnDの動きに合った音などが聞こえる。
そのお陰で視覚だけでなく聴覚からも危険や仲間の位置情報などが特定できる。
ただし、カメラが情報を受け取ってから、画像処理、効果音の付与という過程を踏まえるため多少の誤差が生じる事もある。
特に周りに情報が多く存在すると処理速度が追いつかなくなる事がある。
戦場ではそのタイムラグが命取りになる事もある。が、ここは戦場ではない。
真空になった輸送機内。AnD脚部を固定するアームが外れる。
「行きます」
孝の声が無線から伝わってくる。
孝と僕、火月がAnDを輸送機から出す。
三機はフォーメションを組み、女子チームと対峙する。
「演習開始!」
岩沼の無線と光信号により演習が開始された事を告げる。
そして女子チームにNo1、No2、No3の表示が付く。この機能はアンノウンの敵機に対して付くものだ。仲間内で名前がないと不便になる、という理由のためだ。
「行くぜ!」
火月が叫ぶ。と、同時に真っ直ぐにNo1に突っ込む。
「ま、待って!」
孝が静止する。と同時に僕がNo3に向けてAnDを動かしている。
「内藤。ちょっと待って!」
孝の言葉を聞くと、僕は機体に制動を掛ける。
相対速度がゼロを示す。
「了解」
言葉にするよりも早く、体が速力を抑える作業に入っていた。
火月はスナイパーライフルを撃ちながらNo1と戦闘状況に入る。
この状態では僕も加勢し、一対三にならないよう分断するべきでは? という疑問が湧く。
しかし僕は孝の――隊長の指示を待つ。
「ええっと。火月は下がって!」
孝が指示を出す。しかしそれは悪手だ。
「あいよ」
火月が下がろうとする。が、三機に囲まれ火月は思うように逃げ出せずにいる。
「援護しないと! 内藤!」
「了解」
孝は僕にも指示する。しかし孝と僕の放ったペイント弾は火月のシールドに当たる。
「おいおい! 俺を狙ってどうすんだよ! 隊長さんよ!」
火月が声を荒げて言う。
確かにこの混戦では火月にも当たってしまう。そう思い僕はトリガーから指を離す。
この状況を打破するには恐らく、僕と孝も接近するしかないだろう。
そうでないのなら火月を囮にして一人一人落としていく。
火月を中心に敵三機も移動をする。こちらへの進路を絶ちながら。
それにより火月はみるみると、あさっての方向に向かって行く。
「くそぅ! どうすりゃいいいんだよ! 隊長さん!」
火月は憤りを隠す事なく怒鳴り声を上げる。
その間にも火月はスナイパーライフルを槍のように扱い、三機との距離をとろうとする。
「待って。今考えているから」
孝が自信なさげに答える。
やはり経験の浅さが弱点か。
「突っ込みます」
僕はそう言いながら、バーニアを噴かす。
「待って! 内藤! 勝手するな!」
孝が怒鳴るような指示をだす。と同時に僕は逆噴射し、再び制動を掛ける。
どうすりゃいいんだよ……。
「了解」
僕はさすがに憤りを隠せない。
このままでは時間を無駄にしてしまうばかりか、火月はやられるだろう。
そう考えると無意識の内に歯軋りをしていた。
熊のテンポと違い過ぎる。
ストレスフリーで戦えていたのは熊がこちらの戦術に合わせてくれていた事もあったのだろう。
それに加え火月に対する威厳のなさもあるのだろう。
「ええっと」
孝の声が漏れる。そしてキーボードを叩く音が聞こえる。きっと相手の動きなどの軌道計算や回避アルゴリズムなどを割り出そうとしているのだろう。
だがそれは無人機に対しての行動だろう。
僕は我慢ならずに飛び出す。
「ち、ちょっと! 待って!」
孝が悲鳴に似た声を上げる。
だがもう聞く耳を持たない。
僕は火月へ向かってバーニアを噴かす。
火月は未だ粘っていた。
僕はハンドガンで威嚇射撃を行う。続いてNo3に向け発砲する。
No3が仰け反り回避行動をとる。そのままNo3を隊列か引き離す。
後方からNo2がアサルトライフルを放つ。機体を一回転させそのペイント弾をシールドで受け止める。そして再びNo3に向き直り、ペイント弾を撃つ。
No3もハンドガン。
僕はそのハンドガンを保持しているマニピュレータに蹴りを加える。と、ハンドガンがマニピュレータから離れる。そこを狙い、撃つ。
見事にNo3の本体に着弾した。振り返ると火月はすでにNo1にペイント弾を撃った後だった。
残りはNo2のみ。
火月がスナイパーライフルを振り回し、僕がハンドガンを連射する。
二人に挟撃される形となったNo2は慌てて回避行動をとるが遅い。
スナイパーライフルの次弾発射が可能な頃合だ。
火月はその銃身が長いライフルの筒先をNo2の装甲表面に押し当てる。
そして撃つ。
No2もペイント弾に染まる。
「演習終了!」
岩沼と光信号の合図が入る。
孝と岩沼、火月が何か言い争っている。
そういえば、初めて熊と火月と組んだ時もこんな感じだったな。そう思いクスっと笑う。
「おい! 茂! 何笑ってんだよ!」
火月達の言い争いがこちらにも飛び火する。
「申し訳ない」
そう言いながら、顔はまだにやけている。というか謝った言葉も震えていた。
それが火月を返って刺激してしまった。
「茂! どういうつもりだ!」
憤懣で怒鳴る火月。こうなってしまっては落ち着くのを待つ他ない。
演習が終わると、シャワーを浴び、ミーティングルームで今日の反省会を行った。
今日の反省点は火月の独断と孝の判断の鈍さ、僕の独断行動が問題となった。
結果としては男子チームが勝ったが、とても組織戦と呼べるものではなかった。つまりは個々の能力で勝ったようなものだ。
部活が終わり、アルバイトに向かう。久しぶりのバイトだ。
自宅謹慎の間は貯蓄を切り崩しながらの生活だった。だからなのか今日のアルバイトには気合が入る。
アルバイト先で再びパイロットスーツに着替える。
民間宇宙用AnD-
今日の仕事はデブリの回収だ。こればかりは実力や技術力ではない。運だ。運がなければ使える部品を回収できない。
ちなみにキッドのマニピュレータは三つ指だ。他のAnDのは殆どは人間と同じ五つ指だ。
これはマニピュレータの保持力に関わる。三つ指では五つ指に比べ保持力が落ちる。
キッドに三つ指を採用したのは保持力よりもコストダウンを狙ったものである。民間用のAnDではよく見られる事だ。
今日はいつも行かない座標に向かうか。そう思いバーニアを噴かす。
初速の推進剤を使うと後は慣性航行に移行する。こうする事で推進剤の消費を抑えられる。民間企業では出来る限りコストダウンを行うため、慣性航行を利用する事が多い。
指定座標に着くと、センサーでデブリ群を調べ始める。
最近では旧世代の人工衛星だけでなくAnDの部品なども流れている。
これはテロにより戦闘が起こった証拠だ。
ちょうど破損したAnDが流れてくる。
AnDは分解し、パーツごとに売却すれば相当な額になる。
僕は迷わず、破損したAnDを回収しジャンク屋に戻る。
……今日の仕事はこれで終わりだ。
バイトの帰りに日用品と夕食の弁当を買いにスーパーに寄る。
買い物を終えるといつもの道を通り帰宅する、筈だった。
途中の病院前で声を掛けられる。元気はつらつな女の声だ。
「内藤茂さんですよね?」
女の人が二人立っている。
片方は右足に痛々しい包帯を巻いている。メガネを掛け、髪型はツインテール。
もう一人はそのメガネの人の後ろに隠れている。
が、左腕に包帯を巻いている。黒髪ロングヘアーだ。少しおどおどしている。
恐らく、メガネの人に話しかけられたのだろう。
「そうだが」
僕は素直に認める事にした。
それを聞いて女二人は顔を見合わせる。そして大喜びし、はしゃぎだす。
「「本物だー!」」
二人は声を合わせるように喋る。
僕はどうしたら良いのか分からず立ち止ったままだ。
「私、
メガネの人――五月女がそう言うと、ロングヘアーの人――竹口が頭を下げる。
「何か用?」
僕は早く帰り夕食を食べたいという気持ちを抑えながら尋ねる。
「私達、テロの時に大怪我して」
五月女は大変だだったと大げさに両手を広げて見せる。その後ろ、竹口がうんうんと言わんばかりに頷く。
「それは災難だったな」
僕はそう言い、その場を立ち去ろうとする。
「それで私達、内藤さんに感謝しているんです」
竹口が柔和な声で言う。
僕は足を止め振り返る。そして疑問を口にする。
「感謝?」
「はい! あの時、テロを止めて頂きありがとうございました!」
五月女は頭を下げる。明るい声で。それに続いて竹口も頭を下げる。
僕は困り果ててその場に立ち尽くす。
別にあなた達のために戦った訳ではない。単純にテロが許せなかっただけだ。
「あの、できればサインをください」
五月女の突然の提案。
僕は驚いて声を上げる。
「サインなんてできなから!」
「そ、それじゃ、握手だけでも」
竹口が意を決したように五月女の隣に立つ。
そして手を前に差し出してくる。二人とも。
まあ。握手だけならいいか。
そう思い僕は二人と握手する。
そして別れる。
……今日はもう帰って食事する事にした。
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