真因を見抜く鋭い目、ギルド受付嬢が明かすクエスト発生の真実
夜想庭園
神眼のローラの日常
第1話 「神眼のローラ」は黒歴史!?
その日、冒険者ギルドでフェルト洞窟に住み着いたゴブリン討伐の張り紙を持ち込んだ駆け出しの冒険者に歯に
「あなた、そのままクエストに行くと死にますよ?」
「はあ!? 藪から棒に何言ってんだ。たかがゴブリン相手に、この槍使いのブライトがやられるわけねぇだろ!」
冒険者の荒っぽい物言いに臆する様子も見せず、金髪をサイドテールにして青い瞳をキラリと光らせる彼女は事務員の服装をしていた。受付嬢の後ろに置かれた帳票に手を伸ばしている姿から、ちょうどクエスト受注の帳票を回収にきたところであることが窺える。
せっかくのクエスト初受注に水を刺された形となった新人受付嬢のナディアは、ブライトと一緒になって捲し立てるように文句を言う。
「そうよ! 事務担当のローラに何がわかるって言うの? 適当なこと言わないでよね!」
「そうだそうだァ! 何か根拠でもあるなら答えて見せろォ!」
「フェルト洞窟に長槍装備で向かった場合のDランク以下の冒険者の死亡率は八十五パーセント。過去百年の間にクエストを受注した槍使い三千五百人のうち、二千九百七十五人が亡くなっているわ」
「「……は?」」
腕が足りないとか装備が貧相だとかそういった難癖をつけてくるものだと思っていたブライトとナディアは、正確過ぎる数値がノータイムで帰ってきたことに驚き、目と口を大きく開いたまま固まった。
そんな様子を見ていた高ランクのベテランの冒険者たちは、わけ知り顔で笑い声を上げる。
「なんだよ、新入り! 過去に起きたギルドの全記録が頭に入っていると噂される神眼のローラちゃんを相手に根拠だなんて笑わせんな!」
「そうだぞ。どんな悲惨な最後を遂げるかまで詳細に語られる前に、どういう備えをすれば生還できるかを聞いておけ」
「いやいや、今回は聞くまでもねぇ。フェルト洞窟みたいな狭い場所で、駆け出しが満足に長槍を振るおうなんざ五年は早いぜ。命拾いしたな、ガハハッ!」
次々と湧き出すローラの擁護と失敗に至る明確な理由に、ブライトとナディアは自分たちが間違っていたことを悟り、揃って肩を落とす。しかし、そんな二人に周りの者たちは温かい声をかける。
「まあ、そんなに落胆することもねぇ。俺たちだって、自分の半分の身長だった小さい頃のローラちゃんに色々と指摘されて危険なクエストから生還してきたんだ」
「ライカンス領の冒険者ギルドに神眼のローラありってな。あまりにも有名になり過ぎて、親のギルド長が事務に引っ込めちまったんだが……これがまた笑っちまうほど適材適所だったらしく今では高ランク冒険者以外は担当しなくなったんだぜ?」
ベテランの冒険者たちは過去を懐かしんで、十歳にも満たない幼い頃からギルド長の娘として受付に立ったローラの過去の逸話を話し出す。しかし当のローラは過去の自分を持ち上げられて居心地の悪さを感じたのか、捲し立てるようにしてブライトとナディアにアドバイスを投げかける。
「もう、そんな昔の話はやめてください! とにかく、そこの冒険者さんはショートソードや短槍を準備するだけで十分ですから。ほら、ナディアちゃんもギルドの武器の貸し出しリストをすすめてあげてね」
そう言ってローラは受付カウンターに溜まった書類をかき集め、奥の事務室へと戻ったのだった。
◇
「ふう……いけないわ。また余計なことを喋ってしまった」
私はローラ・レイルストン。データサイエンティストとして忙しい毎日を送っていたと思ったら、気がついたらこの中世ヨーロッパのような世界に生まれ落ちていた街娘よ。
記憶を持ったまま生まれ落ちた当時は、これはひょっとして急死して乙女ゲームとかあやかしや中華後宮女中の物語の世界に転生でもしたのかとはしゃいだけどそんなことはなく、ごく普通の冒険者カップルの娘であった。今では両親は冒険者を引退してギルド長とその補佐を務めており、私も両親の仕事を手伝う辺境の街娘として変わらぬ日常を過ごしている……はずだった。
そう、この前世でしていたデータサイエンスの
「なんで私の頭の中には、機械学習やデータ分析機能が入っているのよ……」
なぜかわからないけど、記録やデータを見ると自動的に機械学習して脳内に分析モデルが構築されてしまうらしい。冒険者の姿を見ると書類分別の手伝いで目にしていた過去の膨大なクエスト記録を元にした分析モデルが働いて、その装備状況やパーソナルデータからクエストの結果が予測できてしまう。
最初のうちは冒険者の生還率の向上に役立つ上にギルドの事務や経費計算が一瞬で終わって便利と喜んでいたけれど、調子に乗って周期的な災害の発生や天候変動による農作物の収穫、それにスタンピードの発生時期などの予測が的中し始めると大騒ぎになってしまった。そんなわけで、神眼のローラという称号は私にとって黒歴史のようなものだ。
過去の自重なき振る舞いから軽い頭痛を覚えてこめかみをグリグリとしていたところ、対面で書類の分別をしている母から声がかけられた。
「なぁに、ローラちゃん。まだ十七歳なんだからもっと元気にしなくちゃ。そうだ! お父さんとお母さんみたいに冒険者になってみない? ああっ! 今ならこの薬草採取をこなせば、すぐにでもDランクに昇格できるみたいよ!」
「……お母さん、そんな不人気の代名詞みたいな癒し草の採取を私に振らないでちょうだい。どこの世界に金貨一枚にも満たない値段でフォレストウルフやフォレストマッドベアーが徘徊する山道を超えて、高原の薬草群生地まで行く冒険者がいるっていうの? リスクを考えたら今の十倍の報酬が妥当だって言ったでしょ」
「癒し草で金貨を何枚も払っていたら、錬金薬師が加工した中級ポーションはもっと高い値段になるわ。魔獣の多い辺境の冒険者ギルドは、良心的な値段で回復薬を提供しないといけないってローラちゃんが小さい頃に話してくれたじゃない。ちゃんと覚えているんだから!」
ううっ……どうして過去の私は調子に乗って本当のことを喋ってしまったのか。いや、考えなくても頭の中の予測機能が答えを教えてくれる。ギルドのサービスとサポートを良くして冒険者の数を増やさなければ、今頃ライカンス領はスタンピードの発生で樹海の海に埋もれていたはずだった。そうでもなければ、両親のような冒険者を引退したばかりの若夫婦に冒険者ギルドの支部を任せたりしなかったでしょう。
今となっては「十で神童、十五で才子、
「お母さん、昔の話は忘れて。私、普通の女の子に戻って普通の生活を営む街の人と結婚したいの」
「えー!? もったいない! 疾風のヴォルフィードくんや四大属性魔法を自在に操るメイガスくんとか、他にも若手の高ランク冒険者がこぞってあなたを狙っているのに気がついてないの!?」
「なんとなく気がついてはいるけど、私より先に死ぬ確率が百パーセント近いのが嫌なの……」
男女で寿命の差があるのは仕方ないとして、高ランク冒険者は寿命まで生きられる確率が極端に低い。それは過去の膨大なギルド記録から明らかであり、剣帝ガルフと雷帝マリアと呼ばれたSランクパーティの両親でさえ私のために引退を決めたほどなのだ。
数字に裏打ちされたシビアな現実に目線を落としていたところ、突然温かい二の腕に包まれた。
「……ごめんなさいね、ローラちゃんの能力を知っていても同じ認識を持てなくて。誰が相手でもお母さんは大歓迎よ。もっともお父さんは誰が相手でも歓迎しないでしょうけどね!」
冗談めかして明るく発せられたお母さんの言葉に、私は小さな頃から自分の目の届く場所に置きたくてギルドのカウンターで自分の膝の上に座らせた若かりし頃のお父さんを思い出し頬を緩めた。
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