血縁者は意外な場所に
ユーグにプロポーズされた翌日、すぐにタルド家にはヌムール家から、クリスティーヌとユーグの婚約についての打診の手紙が届いた。
クリスティーヌの父プロスペールと母ミレイユと兄のイポリートはそのことを知り度肝を抜いていた。二番目の兄べランジェは「良かったじゃないか」と笑いながら祝福していた。
そして数日後、両家の顔合わせがあり、婚約はトントン拍子に進んだ。
クリスティーヌとユーグの婚約は当事者同士の恋愛によるものだが、きちんと両家にメリットがあった。まず、タルド家が得られるメリットは、タルド領の領民への医療の斡旋だ。そしてヌムール家が得られるメリットは、ルナ・エルブを格安で譲ってもらえることだ。ルナ・エルブの薬用性が認められたので、ヌムール領で薬として使用したいとのことだ。更に、クリスティーヌがルナから勲章を授与されたことで後ろ盾もきちんとあり、周囲の貴族からの反対もなかった。
こうしてユーグの婚約者になったクリスティーヌ。ようやく夜会で堂々とユーグとダンス出来るようになったのだ。
「私はクリスティーヌとこうしてダンス出来る日を待ちわびていたんだよ」
とろけるような甘い笑みのユーグ。呼び方も、クリスティーヌ嬢からクリスティーヌに変わっていた。
「
クリスティーヌもふふっと嬉しそうに微笑む。
王家主催の夜会にて、クリスティーヌはユーグと肩を並べて、自分の意思で華麗に、そして自由に舞っていた。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
ある日、クリスティーヌとユーグは久々に平民風の服装でデートをしていた。
「クリスティーヌ、私達の結婚の準備の合間に宮廷薬剤師の試験勉強をしていると聞いたけれど、疲れてはいないかい?」
「大丈夫でございますわ、ユーグ様。お気遣いありがとうございます。どちらも楽しくて仕方ありませんの。今、宮廷薬剤師の試験勉強では、薬の調合方法を学んでおります」
クリスティーヌはエメラルドの目をキラキラと輝かせながら答えた。その表情を見て、ユーグは安心する。
「ゴーシャ様が修行していらっしゃるお店に行くのでございますね?」
「ああ、そうだよ。最近は手紙だけのやり取りだけど、ゴーシャにもまた会いたいと思っていたし」
ユーグはクスッと笑う。
「確かに
クリスティーヌもクスッと笑う。
話しているうちに、ゲオルギーが修行中のレストランに到着した。
「よう、お二人さん。会うのは久し振りだな」
レストランに入ったクリスティーヌとユーグを見つけたゲオルギーはニッと歯を見せて笑う。
「久し振りだね、ゴーシャ」
「お久し振りでございます、ゴーシャ様」
「元気そうで安心したぜ。そうそう、クリスティーヌ嬢ちゃんが疫病の特効薬を開発したこと聞いたぜ!
「そう仰っていただけて光栄でございます」
クリスティーヌは嬉しそうに微笑んだ。
「彼女は本当に立派だよ。特効薬開発の為にひたむきに研究していたからね」
ユーグはゲオルギーに対してクリスティーヌのことを自慢した。クリスティーヌは少し照れてしまう。
「クリスティーヌ嬢ちゃんは真面目で努力家だからな」
ゲオルギーがフッと笑う。
「まあゆっくりしてってくれよ」
そう言い、ゲオルギーはまた厨房に戻るのであった。
クリスティーヌとユーグはレストランの料理に舌鼓を打った。
「久々に来たけれど、やっぱり美味しいね」
ユーグは満足気に食後の紅茶を飲む。
「ええ、左様でございますわ」
クリスティーヌは食後のデザートであるクレームブリュレを一口食べて微笑む。
そこへ、休憩時間になったゲオルギーがやって来る。
「お二人さん、口に合ったか?」
「もちろんだよゴーシャ。メインの鶏肉のポワレがもう最高だったよ。柔らかくてジューシーで口の中でほろほろと崩れる感じが」
ユーグは満面の笑みだ。
「お、マジか。実はそれ俺が仕込んだやつ。そう言ってもらえて嬉しいぜ。ようやくメインを任せてもらえるようになったんだ」
ゲオルギーも満面の笑みだ。
「ゴーシャ様も成果を出したのでございますね。おめでとうございます」
クリスティーヌはふふっと微笑む。
「ありがとな」
ゲオルギーはニッと歯を出して笑った。
「そうそう、ゴーシャにはまだ言ってなかったけど、実は私達、婚約したんだよ」
嬉々として話すユーグ。
「マジか! ユーグ、クリスティーヌ嬢ちゃん、おめでとう!」
ゲオルギーはまるで自分のことのように喜んでいた。
「ありがとう、ゴーシャ」
「ありがとうございます」
ユーグとクリスティーヌは微笑む。それからユーグが今まであったことを話した。
「お貴族様は色々難しいことがあるんだな」
クリスティーヌとユーグが婚約に至るまでの話を聞いたゲオルギーは苦笑した。
「色々あるんだろうけど、もっと自分が幸せになることを優先してもいいんじゃねえの? 俺の母さんはナルフェックの貴族だったけど平民の父さんと駆け落ちしたぞ」
それを聞いたユーグは真剣な表情になる。
「ゴーシャ、君のご両親の話を詳しく聞かせてくれないか?」
かつてユーグが兄のように慕っていた侯爵令息は、身分違いの恋に落ちた末、色々あって自殺してしまった。ゲオルギーの両親は、もしかしたらあったかもしれない彼の姿だとユーグは思ったのだ。
「ああ、良いぜ。まあこれは俺がガキの頃父さんと母さんから聞いた話だけどな。俺の母さんは、ナルフェック王国の男爵令嬢だったみたいでさ。同じ領地に住む平民の父さんと恋に落ちた。領地にある大きな木の下で色々話したりするのが楽しかったってお互い言ってたな。ただ、母さんはやっぱり貴族ってこともあって、親……まあ俺にとっては会ったこともない祖父母に当たる人達だが、勝手に婚約者を決められちまった。で、母さんは父さん以外の男と結婚したくなかったから、父さんに駆け落ちの話を持ちかけた。父さんも同じ気持ちだったから、二人は駆け落ちしてアシルス帝国に逃げたんだ」
「君のご両親は運が良かったんだね」
ユーグは少し切な気に微笑む。クリスティーヌは黙ってゲオルギーの話を聞いていた。
「まあ、確かに運が良かったよな。特にトラブルもなく駆け落ちが成功するなんて。ただ、アシルスに来た後、父さんは少し迷ったらしい。自分は母さんを不幸にしているんじゃねえかってな。だけど、母さんは父さんがいれば後は何もいらないって答えたみたいだ」
ゲオルギーはフッと笑う。
「君のお母上は強い人だね」
ユーグは目を細めて微笑む。
「まあな。母さんは見かけによらず結構
ゲオルギーはニッと歯を出して笑った。
「そっか」
ユーグは満足そうに微笑んでいた。クリスティーヌはユーグの様子にホッとした。ゲオルギーは話を続ける。
「弟と妹が産まれた後も、まあ贅沢は出来ねえが何とかやっていけてた。で、その時父さんが結構料理上手かったから、ちょっとした店を開いてみたんだ。そしたらこれが評判よくてさ、帝都ウォスコムでのレストランをやらないかって言われて、そこから生活がかなり楽になったのはよく覚えてる」
ゲオルギーはハハっと笑う。
「そうそう、父さんはミハイルって名前だけど、ナルフェックではアンリって名乗ってたな。母さんは今はユーリアって名前だが、ナルフェックではジゼルって名前だったな」
(え……?)
クリスティーヌはその話を聞いて固まった。
「へえ、そうなんだね。そういえば、クリスティーヌのミドルネームもジゼルだったよね」
「お、そうなのか。偶然だな」
「……クリスティーヌ? どうかしたのかい?」
ユーグは固まっているクリスティーヌに少し心配そうな表情を向ける。
(ゴーシャ様のお母様の名前はジゼル……。
クリスティーヌは以前プロスペールから聞いた話を思い出した。
クリスティーヌはゆっくりとゲオルギーに目を向ける。褐色の髪にアンバーの目だ。
『実は、私は一度だけ見たことがあるんだ。妹が、平民の少年と一緒にいるところをね。褐色の髪に、アンバーの目をした少年だった』
プロポーズの言葉を思い出すクリスティーヌ。
(ゴーシャ様も褐色の髪にアンバーの目をしているわ……)
クリスティーヌはゆっくりと口を開く。
「ゴーシャ様……貴方の髪色と目の色は……貴方のお父様と同じでございますか?」
「ああ、そうだが……それがどうかしたのか?」
ゲオルギーは怪訝そうな表情で頷いた。
クリスティーヌはエメラルドの目を大きく見開く。
(もしかして、ゴーシャ様のお母様というのは……!)
「クリスティーヌ、大丈夫かい?」
「クリスティーヌ嬢ちゃん、さっきから様子が変だが、どうかしたか?」
ユーグとゲオルギーは心配そうにクリスティーヌを見ている。
「実は、以前お父様からこのようなお話を聞いたことがございます」
クリスティーヌはプロスペールから聞いた叔母のことをゆっくりと話し始めた。クリスティーヌのミドルネームであるジゼルは、彼女の叔母の名前であること。ジゼルには平民の恋人がいたこと。婚約が決まってからは元気がなくなり、忽然と姿を消したこと。そしてジゼルの恋人である平民の男性は褐色の髪にアンバーの目だったこと。
話し終わると、ゲオルギーがアンバーの目を大きく見開いていた。
「……マジかよ?」
「……確かに、私はクリスティーヌとゴーシャを見た時、兄妹とか血縁があるのかなって思ったことはある。顔が似ているからね」
ユーグも驚いていた。
「クリスティーヌ、君のお父上に確認してみよう」
「ええ、帰ったら確認してみますわ」
「俺も父さんと母さんに手紙で聞いてみるわ」
こうして意見が一致したところで、この日を終えるのであった。
そしてクリスティーヌはゲオルギーから聞いた話をプロスペールに話し、ゲオルギーはクリスティーヌから聞いた話について、アシルスにいる両親に手紙で確認した。その結果、ゲオルギーの母親はクリスティーヌの叔母であることが判明した。
つまりクリスティーヌとゲオルギーは
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