共に戦う

「無駄よ、クリスティーヌ。諦めなさい。貴女はここで終わるのだから」

 口角を更に吊り上げるエグランティーヌ。

「この女を好きにしていいってことか」

 ガラの悪い男が1人が立ち上がる。

「ええ、そうよ」

 エグランティーヌが頷くと別の男がニヤニヤと口を開く。

「金もらえて女を好き勝手出来るなんて凄え仕事だな。しかも中々の美人じゃねえか」

「まあわたくしほどではないけれど。大丈夫よクリスティーヌ、運がよければ純潔を失う程度よ。まあ貴族令嬢としては終わりになるけれど」

 エグランティーヌは高飛車に笑った。

「さあ、始めなさい」

 その合図で男達はクリスティーヌに迫る。

 クリスティーヌは偶然近くにあったサーベルを持つ。そして迫ってくる男を何とか跳ね除ける。

サーベルなんて持って何必死になってるのよ。5人相手なんて無理無理。諦めなさいよ」

 エグランティーヌが鼻で笑う。

 確かに1対5なので数では圧倒的に不利だ。それでもクリスティーヌは華麗に舞うように戦っている。その様子にエグランティーヌは苛立ち始める。

 一方、クリスティーヌの方もキツくなってきた。

(流石に5人だとしんどいわ。だけど、何とかしないと……)

 体力も消耗してきている。華麗な剣裁きだが少し綻びが見られた。注意力も散漫になってきている。その時、クリスティーヌは背後から男に羽交締めにされてしまう。

(しまった!)

 必死に抵抗するが、男女の力の差は歴然。クリスティーヌは身動きが取れない状況だ。

 他の男達はニヤニヤしながらクリスティーヌに近付いて来る。エグランティーヌも苛立ちから一変して口角を吊り上げた。

 クリスティーヌは絶体絶命の状況だ。

 しかし、その時バンっと勢いよく扉が開く。それと共にとある男性が颯爽と入ってきてクリスティーヌに襲いかかろうとしていた男達を圧倒的な力で蹴散らす。羽交締めされていたクリスティーヌも解放され、ペタリと床に座り込む。

 その男性を見て、クリスティーヌはエメラルドの目を見開いた。

 一方、エグランティーヌも驚愕していた。

「な、何で!?」

 エグランティーヌは金魚のように口をパクパクとしている。

 入って来たのは、アッシュブロンドの髪にヘーゼルの目をした男性−−ユーグだった。

「クリスティーヌ嬢、立てるかい?」

 ユーグはクリスティーヌに手を差し伸べる。

「ええ、ありがとうございます」

 その手を取り、クリスティーヌはゆっくりと立ち上がる。

(まさかユーグ様がいらっしゃるなんて)

 このような状況だったので、クリスティーヌは嬉しさよりも驚きの方が優っていた。しかし、少し心強くなった。

「私がいない間にクリスティーヌ嬢に何があったかマリアンヌから全て聞いたよ。君が大変な目に遭っている時にそばにいられなかった自分をしばき倒したいくらいだ」

 ユーグのヘーゼルの目は、悔しさと怒りがこもっていた。

「チッ、こんなの聞いてねえぞ!」

 男が忌々しそうにユーグを睨みつける。

「話している時間はなさそうだね。クリスティーヌ嬢、続きは後で。私がこいつらを何とかする。だからクリスティーヌ嬢は」

「ユーグ様、わたくしも戦えます」

 クリスティーヌはエメラルドの目で真っ直ぐユーグを見た。

 ユーグはかつてクリスティーヌが自分を助けようと悪漢3人に立ち向かって気絶させるまで追い込んだことを思い出した。

「分かった。私はこっちの4人を相手をする。だからクリスティーヌ嬢はそっちの1人を頼もう。だけど、何かあったらすぐ私に助けを求めること」

「分かりました」

 クリスティーヌは力強く頷いた。

 体力が少し回復したことと、ユーグが来た心強さで先程より体が動くようになったクリスティーヌ。颯爽とサーベルで戦っていた。クリスティーヌが相手を気絶させるまで追い込んだ時、ユーグは3人気絶させていた。残り1人だ。

 エグランティーヌはその様子を見て言葉を失っていた。

(どうして? こんなはずではなかったのに)

「そこまででございます!」

 不意に、華やかで澄んでいるが厳かな声が響き渡った。

 ルナだ。

「直ちにエグランティーヌと侵入者5人を捉えなさい。それからクリスティーヌとユーグの保護を」

 ルナの指示で衛兵が部屋に入り、エグランティーヌと悪漢5人は即拘束された。エグランティーヌは放心状態で床に座り込むが、まだ意識のある男は抵抗していた。しかし、男の方は衛兵に首の後ろを強打されて気絶する。

「クリスティーヌ嬢、ユーグ殿、お怪我はありませんか?」

 シャルルがクリスティーヌとユーグへ駆け寄る。

「私は見ての通り、掠り傷1つございません。クリスティーヌ嬢は怪我はないかい? 掠り傷とかどこか切ったとか」

 シャルルの問いに答え、心配そうにクリスティーヌに目を向けるユーグ。

わたくしも怪我1つございません。王配殿下、ユーグ様、お手数おかけいたしました」

 クリスティーヌは淑女の笑みだ。

「お2人共無事で何よりです」

 その答えを聞いたシャルルはホッとした様子だった。ユーグもクリスティーヌに怪我がないことに安心していた。

「クリスティーヌ様! お兄様!」

 マリアンヌが急ぎ足でやって来た。珍しく声も大きい。イザベルと法務卿の女性も一緒だ。

「ご無事で安心しました」

 再びいつもの控えめな声に戻るマリアンヌ。その声は少し震えていた。目には涙を浮かべている。

「心配かけたね、マリアンヌ」

「マリアンヌ様、ご心労おかけして申し訳ございません」

 クリスティーヌは優しげな笑みだ。

「そんな、クリスティーヌ様、謝らないでください」

 マリアンヌはホッと安心する。

「それよりマリアンヌ様、もし彼女に言いたいことがあるのなら、今が絶好の機会だと存じますわ」

 クリスティーヌはエグランティーヌを一瞥してマリアンヌにそう言う。マリアンヌはゆっくりとエグランティーヌの元へ向かう。

「な、何よ?」

 静かだが、確実に怒りがこもった目のマリアンヌを見上げ、エグランティーヌはたじろぐ。

「エグランティーヌ様、わたくしのことを覚えていらっしゃいますか?」

「知らないわよ、貴女のことなんて」

 吐き捨てるエグランティーヌ。

「マリアンヌ・キトリー・ド・ヌムール。ユーグお兄様の妹でございます」

「え? ユーグ様の?」

 目を見開くエグランティーヌ。ユーグに妹がいることを全く知らなかったようだ。

「6年前、わたくしは貴女に言われたこと、されたことを全て覚えております。ロマンス小説を読んでいた時、『そのようなものは人間が読むものではないわ。そんなものを読んでいる貴女は人間扱いしなくていい存在よね』と言われただけでなく、川に突き落とされました。やった方は簡単にお忘れになるのでございますね」

 マリアンヌは怒りで声が震えていた。拳に力が入る。

「わ、わたくしは知らないわよ。そんなこと」

 必死に否定するエグランティーヌ。

「愚かでございますわね、エグランティーヌ」

 そこへイザベルが冷たい笑みでエグランティーヌを見下ろす。

「王女殿下、話が違うじゃないですか!」

 イザベルに縋り付くエグランティーヌ。

「まだお気付きにならないなんて。わたくしは最初から貴女の味方ではなかったということでございますわ」

 イザベルは蔑んだ表情でエグランティーヌを見下ろす。エグランティーヌは「そんな……」と覇気を失った。そこへとどめを刺すのがユーグだ。

「6年前、君がマリアンヌにしたことを私も全て知っている。それだけでなく、クリスティーヌ嬢にこのようなことをするなんて、到底許す気にはなれないね」

 いつもより一段と低い声。絶対零度のように冷たく怒りがこもったヘーゼルの目。隣にいたクリスティーヌはその様子に身震いした。

「君が私に好意を寄せていることは知っている。だけど、君のような女性を私の妻として迎える気は一切ない」

 冷たく放った言葉。エグランティーヌの中で、何かがプツンと切れた。

「全部……」

 声が震えている。

「全部全部あんたのせいよ! クリスティーヌ!」

 怒りをクリスティーヌに向ける。エグランティーヌは少し緩んだ衛兵を振り切り、隠し持っていたナイフを手に持ちクリスティーヌに襲いかかる。

 その時、ルナは企みが成功したような笑みを浮かべた。

 クリスティーヌは思わず目を瞑る。ユーグはクリスティーヌを庇うように抱きしめる。一連の動きはまるでスローモーションのように見えた。

 中々衝撃が来ないので不思議に思い、クリスティーヌはゆっくりと目を開ける。ユーグに抱きしめられていて戸惑うが、それよりも驚くべきことが起こっていた。

 ルナがクリスティーヌとユーグの前に出て庇っていたのだ。

「「女王陛下!」」

 クリスティーヌとユーグは目を見開く。しかし、ルナは上品な笑みだった。

「ご心配なさらないでちょうだい。、掠り傷だけでございます」

 ルナは左手の甲を見せる。スッとナイフが掠ったような傷があった。幸い血は出ていない。ルナの護衛がエグランティーヌをギリギリで止めていたのだ。

「左様でございましたか」

「……計画通り?」

 安心するクリスティーヌに、訝しげなユーグ。

「さあ、エグランティーヌ、貴女は王族妨害罪だけでなく、王族傷害罪が加わりましたね」

 ルナは冷たいが上品な笑みでエグランティーヌを見下ろす。

 王族傷害罪は罰金だけでなく、少なくとも10年以上の投獄もしくは10年以上の徒刑が課せられる。最高刑は死刑である。

「これは、その、わたくしは決して女王陛下を傷付けるつもりではなかったのです!」

 エグランティーヌは真っ青になり、必死に否定する。

「ですが、わたくしが掠り傷を負ったのは事実でございます。正式な裁判で貴女の処罰内容が決まるでしょう。さあ、全員連れて行きなさい」

 ルナの指示でエグランティーヌと悪漢5人は衛兵に連れて行かれた。終始エグランティーヌが泣き叫んでいたが、ルナは気にも留めなかった。

「女王陛下、直ちに裁判の準備に取りかかります」

「頼みましたよ」

 ルナは法務卿の女性に微笑んだ。法務卿はその場を去り準備に向かう。

「クリスティーヌ、お怪我はなさそうで安心いたしました」

 ルナはクリスティーヌに聖母のような優しげな笑みを向ける。エグランティーヌに向けていた冷たい笑みとは大違いだ。

「ええ。本当にでございましたね」

 クリスティーヌはふふっと笑う。

「計画通り? クリスティーヌ嬢、どういうことかな?」

 ユーグは状況についていけていない。

「確かにユーグの動きは全くの計算外でございました。全て説明いたしましょう」

 ルナがふふっと上品に微笑んだ。

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