まるで兄みたい
クリスティーヌは少し早めにパーティーを後にした。色々あり過ぎて頭がごちゃごちゃしているからだ。
「クリスティーヌお嬢様、辻馬車をお呼びしましょうか?」
「ありがとう。だけど結構よ、ファビエンヌ。歩いて頭を整理したいの」
クリスティーヌは淑女の笑みだ。
「左様でございますか。では、承知いたしました」
ファビエンヌは事情を聞かず、クリスティーヌの意志を尊重した。護衛のドミニクも黙ってクリスティーヌについて行く。
(エグランティーヌ様のことはもうどうでもいいわ。噂のことも。マリアンヌ様達のお陰で私はもう大丈夫だわ。だけど……)
クリスティーヌはセルジュのことを思い出す。
(セルジュ様が私わたくしに想いを寄せていらしたことには驚いたわ。以前の
クリスティーヌは思わず苦笑してしまう。
(だけど、色々な人に出会って私は変わったみたいね)
『クリスティーヌ、貴女の考えはとてもよく分かりますわ。家や領民の為に自ら駒となるその思いも。
『クリスティーヌ様は、自分を幸せにすることを考えておりまして?』
イザベルやルシールの言葉を思い出す。
(
クリスティーヌの脳裏にユーグが微笑んでいる様子が浮かんだ。
(
その時、初対面時にエグランティーヌから言われたことを思い出す。
『伯爵家よりも家格が上の男性とダンスはしていなかったみたいだけれど、ダンスをしなければ仲良くして良いわけではないのよ。お分かりかしら? それとも、貴女は上級貴族の男性を誑かすのが趣味なのかしら? ニサップ王国の元王太子を誑かしたフェリパのように』
(嫌だわ。エグランティーヌ様のことはどうでもいいと思っても、やっぱり言われたことは思い出してしまうのね)
クリスティーヌはため息をついた。
(
クリスティーヌの表情は暗くなった。その時、見覚えのある場所を通りかかる。
(ここは……ユーグ様と一緒に行ったレストランね。ゴーシャ様が修行していらっしゃる所でもあるわ。何だか懐かしいわね)
クリスティーヌは昨年のことを思い出し微笑んだ。
その時、タイミングよくレストランからゲオルギーが出て来た。
「あれ? クリスティーヌ嬢ちゃんじゃねえか」
「お久し振りでございます、ゴーシャ様」
「……どうした? 何か元気ねえな」
ゲオルギーはクリスティーヌの様子に気が付いた。
「ええ、まあ……色々ございまして」
クリスティーヌは力なく笑った。
「そっか。俺今休憩中なんだ。話なら聞くぜ」
ゲオルギーはニッと歯を見せて笑う。
「ですが、ゴーシャ様のお時間をいただくわけにはいきませんわ。せっかくお休みのところでございますのに」
クリスティーヌは申し訳なさそうに微笑んだ。
「いいって。休憩ってもただボーッとしてるだけだし。それに、頭ん中で色々考えるだけじゃなくて、誰かに話したらスッキリすると思うけどな」
ゲオルギーはフッと笑った。頼り甲斐がありそうな笑みだった。
(確かに、ゴーシャ様の仰る通りだわ。それに……貴族の社交界とは無関係の方だから、かえって話しやすいかもしれないわね)
クリスティーヌはゲオルギーの笑みを見てそう思った。
「それでは、お言葉に甘えることにいたします」
クリスティーヌは今までのことやユーグへの想い、そしてニサップ王国のフェリパのようになってしまうのではないかという不安をゲオルギーに話した。
「うわ、お貴族様は大変だな。俺みたいな平民には考えられねえ」
クリスティーヌの話を聞いたゲオルギーはげっそりした様子だった。
「でも、ニサップ王国の婚約破棄事件なら知ってるぜ。アシルス帝国でも話題になったし。けどさ、クリスティーヌ嬢ちゃんは何か勘違いしてねえか?」
「何をでございましょう?」
クリスティーヌは首を傾げる。
「確かに嬢ちゃんは男爵家で身分の高いユーグのことを好きになったってとこはそのフェリパって奴と同じだけど、フェリパはそのお貴族様のルールとかを守ってなかったんだろ? 俺にはそのルールがよく分かんねえけど。でもクリスティーヌ嬢ちゃんはそういったルールとかをちゃんと守ってるんじゃねえの? 去年ユーグとうちのレストラン来た時、嬢ちゃんのテーブルマナー、ドン引きするくらい綺麗だったぞ」
ゲオルギーがニッと歯を見せて笑った。
「……微妙な褒め方でございますね。お褒めくださったことはありがたいですが」
クリスティーヌは苦笑した。
「ハハッ、悪い悪い。それでさ、フェリパの場合、色々
「……ええ。完璧ではないかもしれませんが、相手に不快な思いを抱かせないようにはしております」
クリスティーヌは自分の行動を思い出しながら答えた。男爵令嬢でありながら、家庭教師から上級貴族並みの礼儀礼節を学んできたクリスティーヌ。新聞で読んだフェリパのような行動は一切していない。
「だったら大丈夫だろ。クリスティーヌ嬢ちゃんはフェリパみたいにはならねえと思うぞ。クリスティーヌ嬢ちゃんとフェリパは違うんだ」
ゲオルギーはニッと歯を見せて笑った。アンバーの目は、優しげにクリスティーヌを見ていた。
(
その言葉により、クリスティーヌは自身にかけていた呪いが解けた。
「ありがとうございます、ゴーシャ様。貴方にお話しして、本当に良かったです」
クリスティーヌは光を取り戻したような笑みだ。
「おう、元気になったみたいで安心したぜ」
「はい。本当にありがとうございます。
クリスティーヌはふふっと笑った。
「こんなマナーとかが完璧過ぎる妹がいたら俺引くわ」
ゲオルギーは楽しそうに笑った。
『ゴーシャ様、
クリスティーヌはアシルス語でそう言った。
『その意気だ、クリスティーヌ嬢ちゃん。アシルス語も完璧だな』
ゲオルギーもアシルス語で返す。
『ありがとうございます。ユーグ様に教えていただいたお陰でございます』
クリスティーヌはクスッと笑った。そして再びナルフェック語に戻す。
「ゴーシャ様、お時間ありがとうございました。それでは
「おう、気を付けて帰るんだぞ」
ゲオルギーは手を振ってクリスティーヌを見送った。そして、クリスティーヌが見えなくなった頃にポツリと呟く。
「お貴族様って大変なんだな。この国の貴族だった母さんが平民の父さんと駆け落ちした理由、よく分かるわ」
その言葉は、夜空に吸い込まれるように消えていった。
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