第7話 地区大会の日がやってきた
「「「「勝ったぁーー!」」」」
秋の地区大会 1回戦の応援に来ていた我が校の生徒は、野球部創部以来初めての地区大会一回戦突破に沸き立った。
「やったねーー!」
「うん、やった、やった!」
「すごいね……!」
「みんな頑張ったね!」
私と梨絵、茉美、瑠花もキャーキャー言いながら飛び跳ねたり抱き合ったりして、まるで優勝したかのように大喜びした。
一通り喜んだあと、
「で、次の対戦相手ってどこだっけ?」
と、私が聞いた。
「去年の甲子園出場校だよ」
と、にわかに冷静になった梨絵がサラリと言った。
「あちゃぁ……となると2回戦突破は絶望的か……」
盛り上がっていた気持ちが一気に下がったトーンで私が言った。
すると梨絵は、
「そうかもしれないけど、野球部のみんなは楽しみにしてるよ。甲子園出場校と試合できるって」
と、案外冷静に受け止めているようだ。
確かにそんな強豪校はウチが練習試合を申し込んでも受けてはくれないだろう。
「それにね、強豪校対策もちゃんとやってるんだから」
と梨絵が言った。
梨絵は最近、野球部の練習の見学ついでにお手伝い程度ではあるがマネージャー的なことをやるようになっていた。
なので練習のメニューやその効果や目的もある程度把握しているのだ。
「対策って、どんなこと……?」
野球のことはほとんど分からない茉美が聞いた。
「小谷君がバッティングピッチャーを買って出てるの。彼の速い球についていけるようになれば、前年優勝校ともいい勝負ができるんじゃないかって」
「そう聞くと、なんかいけそうな気がしてくるね!」
「そうだね……!」
梨絵の話を聞いて私と茉美も
そうしているうちに試合後の挨拶も終わって選手たちが戻ってきた。
「1回戦突破おめでとう!」
「みんなカッコよかったよ!」
「次も頑張ってね……!」
「一生懸命応援するね!」
選手のみんなも嬉しそうにニコニコしている。
村下君はもちろん、普段は表情の変化に乏しい佐々君も本当に嬉しそうだ。
そして小谷君。少し疲れてはいるようだが、いつもどおりの爽やか笑顔で手を振ってくれた。
(やっぱピッチャーって疲れるんだなぁ…何か私にできることがあればいいのに…)
「ねえ、梨絵」
「なに?」
「私も野球部の練習のお手伝いさせてもらえるかな?」
「うん、いいと思うよ。祐実がタオルやドリンクを渡してあげたらみんな大喜びだよ」
「それは大袈裟だと思うけど……」
苦笑いしながら私が言った。
「いやいや、美少女二人に世話してもらえるなんて超幸せ者だよ、ウチの野球部の連中は!」
と堂々と言う梨絵。
「自分で美少女って…てか私は美少女じゃないし!」
慌てて訂正する私。
「何言ってんの。祐実は人気ダントツ一位だよ」
と梨絵がさらりと言った。
(私ってそんなに人気かあるのかなぁ…でもそれと美少女は関係ないと思うけど)
「それはそうと、小谷君は疲れてたみたいだね」
私はさっきから気になっていたことを聞いた。
「そうだね…」
「私にもそう見えたわ」
茉美と瑠花も気づいたようだった。
「うん、そのことは栗田先生も心配してるの」
梨絵の表情が曇った。
「バッティングピッチャーだけでなくノックもほとんどは小谷君がやってるの。その上に自分の練習もだから……」
弱小チームの辛いところなのだろう。
「2回戦は3日後だけど、それまではランニングやキャッチボールとかの軽い練習しかしないみたい」
2回戦も頑張って欲しい、と思いつつも小谷君の体のことがますます心配になってきた。
その日の夜、兄貴に小谷君のことを話してみた。
「それはもう、とにかく休むことだな」
ほぼ即答の兄貴。
兄貴は大学三年生で野球部に所属している。ポジションは投手だ。
既にいくつかのプロ球団のスカウトの人も会いに来ており、来年のドラフト会議での指名もあるかもしれないそうだ。
「特に翔太の場合、才能に
「そうなんだ…」
(て、『翔太』って馴れ馴れし……あれ?)
「兄貴、なんで小谷君の下の名前知ってるの?」
私が聞くと、
「なんでって、当たり前だろ」
と兄貴がしょうがないなお前はという顔で言った。
「むっ……」
私はプンスカ顔を作った。茉美の可愛さには到底及ばないけれど。
「てか、お前だって会ってるだろ、小さい頃に」
と、兄貴は何も特別なことではないという顔で衝撃事実を私に告げた。
「え…えぇーーーー?!」
過去に会ってる?小谷君と?
「え……あ……と……」
混乱の極値にある私は言語中枢が機能しなくなっていた。
そんな私を見てため息をつきながら兄貴が説明してくれた。
「俺が入ってた少年野球チームに翔太が入ってきただろ?お前も母さんと一緒に見に来ててすぐに仲良くなったじゃないか」
そうだった。
思い出した。
私自身はやらなかったけれど、兄貴達が野球をやっているのを見るのは好きだった。
母親が当番のときは必ず私もついて行って他のチームメイトとも仲良くなった。
小谷翔太君が入ってきたのは兄貴が小学6年生で私が2年生の時、翔太君は私と同じ2年生。
同い年ということもあって私達はすぐに仲良くなった。
そして……。
(……あ……あぁーー!)
私はとんでもないことを思い出してしまった。
「お前たち、すぐに仲良くなったよなぁ、それでさぁ…」
と思い出話を展開していく兄貴。
「わ、わかったから!もう思い出したから!」
(それ以上はやめて!)
「でさぁ、俺と母さんのところに二人で来てさぁ…」
「ぎゃあぁぁーーやめてぇーー!」
もう、顔が爆発しそうだった。
そう、言ってみれば私の初恋。
今年の夏、小谷君が転校してきて出会った時が私の初恋、そう思っていた……が、違ったのだ。
私の初恋はもっと、もっと前だった。
あの日、母と兄の前で堂々と宣言してしまっていたのだ。
『わたしね、翔太くんのお嫁さんになる!』
(翔太君…小谷君は覚えてないよね…もし覚えていたら…どうしよう…)
今夜は眠れそうにない。
私はそう確信した。
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