第5話 お弁当タイムがやってきた
「すっごーーい!」
「みんな頑張ったねぇ!」
「……どれも美味しそう」
グランドの端にシートを敷いて、女子が作ってきたお弁当を広げると壮観だった。
私はおにぎり、梨絵はおにぎらず、質より量で勝負派だ。
一方茉美は様々な具材を挟んだ色とりどりのサンドイッチ。
「フルーツサンドも作ってみたんだ……生クリームじゃなくてホイップクリームだけど……」
「きゃぁーーフルーツサンド!食べたいーー♡」
思わず黄色い声が出てしまった私であった……。
「俺は早く帰ってビールを飲みたいんだが……」
と言っていた栗田先生だが、生徒たちに請われて残ることになった。
「小谷君、これ私が作った唐揚げ、食べてみて」
「小谷君、このハンバーグ美味しいよ」
「小谷君、このひとくちカツ……」
「小谷君……」
早速女子達は手作りのおかずを持ち寄って小谷君に攻勢をしかけ始めた。
「あれって、ほんとに自分で作ったのかぁ?怪しいもんだ」
梨絵は小谷君に群がる女子を猜疑の目で見ながらおにぎらず弁当を持って佐々君の隣りに座った。
そして、
「はい」
と言いながら彼の前に弁当を差し出した。
「俺に……?小谷が先じゃないの?」
佐々君は少し驚いて梨絵に聞いた。
「いいから食べて」
「うん……ありがとう、いただきます」
そう言って佐々君は梨絵手作りのおにぎらずを文字通りパクっと食べた。
「で、どう?」
クールに決めてる感を出そうとしている梨絵だが、佐々君の反応を気にして少し不安になっているのが私には分かった。
「うん、美味い」
普段は表に気持ちを表すことがあまりない佐々君だったが、この時は本当に美味しくて嬉しいという気持ちが満面の笑みに表れていた。
「よし!」
梨絵もそんな佐々君を見て嬉しそうにニッコリと笑って、自分もおにぎらずを手にした。
「あの二人……いい感じだね」
隣で見ていた茉美が言った。
「うんうん!本人たちにはそのつもりは無いかもしれないけどね」
今も設定上の彼氏彼女を装っているつもりなのだろう。
「私達も部員のみんなにお弁当を配りに行こうか」
「うん」
「茉美の設定彼氏の村下君にもね」
私はニヤケ顔を作って言った。
「……もう」
と、可愛らしいプンスカ顔をする茉美。
これが見たかったのよ、私は!
私のおにぎり(兄貴曰く「海苔を巻いたジャガイモ」)も思いの外みんなに喜んでもらえた(表面上は)。
茉美のサンドイッチは女子に大人気間違いなしなので、私は先手を打ってフルーツサンドとハムサンドを確保させてもらった。
そうこうしているうちにみんなのお腹も満たされてきてお昼も終わりが近づいてきた。
といいつつも、私はあちこち動いたりしていたこともあって落ち着いて食べることができなかった。
(茉美にもらったサンドイッチ、すごく美味しかったけど2つじゃ足りないなぁ……)
何を隠そう、私は結構食べるのだ。いわゆる大食いである。
このことは家族以外は誰も知らない。
梨絵や茉美の前でも『普通の女子より多少食欲が旺盛な女子』を装っている。
(帰りにパン屋さんにでも寄っていこう)
などと考えながら、
「そろそろ片付けしなきゃだね」
と、みんなの様子を見ながら茉美に言った。
「うん、でも……来なかったね……朝比奈さん」
「そうだね……何か来れない事情ができちゃったのかもしれないね」
あんなに意気込んでいたのだからよっぽどのことなのだろう。
茉美と片付けを始めながら私は数日前の梨絵との話を思い出していた。
「佐々君が聞いたところによると、小谷君のお父さんが勤めている会社の取締役が朝比奈瑠花のお父さんなんだって」
なんでも、財閥系の商社らしく海外勤務も多いらしい。
(それで二人ともアメリカに行ってたんだ……)
二人がどの程度親しいのかまでは分からなかったけれど、家族同士での行き来はあったようだ。
(私よりもずっと小谷君と親しくて当然か……)
そんなことを考えていたら、小走りに近づいてくる足音がした。
見ると大きな荷物を持った瑠花がやって来た。
「朝比奈さん!」
意図せず私の声は大きくなった。
急いできたらしく瑠花は息が上がっていた。
瑠花は私の前で立ち止まり上がった息を整えてから言った。
「……もう……お昼は終わりね……」
視線は皆がいる方に向けられている。
「うん……もう片付けも終わるところ」
私は手にしたバッグを持ち上げながら言った。
「そう……そうよね……こんなに遅れちゃったんだもの」
ややうつむき加減で話す瑠花の唇がギュッと引き締められた。
「お嬢様……」
瑠花にやや遅れて、こちらも大きな荷物を持った初老の男性がやって来た。
(お、お嬢様!)
私は実際に誰かがそう呼ばれるのを初めて聞いた。
「ありがとう、重かったでしょう。でも、間に合わなかったみたい……」
瑠花は軽く微笑みながら言った。
「申し訳ありません……私が……」
「ううん、いいのよ、気にしないで」
瑠花は笑顔を崩さずに言った。
「何かあったの?」
私が聞くと、
「大したことではないわ。ちょっとした手違いがあっただけ」
事もなげな風を装っている瑠花だが、表情は暗かった。
瑠花のことはもちろん心配だった。
それは間違いない。
だが、それ以上に私の注意は瑠花と付き添いの男性が持つ大きなバッグに注がれていた。
「そう……ところで、さっきからずっと気になっているんだけどその荷物って……」
既に私の視線は瑠花が持っている荷物に釘付けになっている。
「ええ、お弁当よ。小谷君たちに食べてもらおうと思ってたんだけど……もう無理ね」
瑠花は諦めモードを醸し出しながら答えた。
「えっと……もしよかったらどんなお弁当か見せてもらってもいい……?」
身を乗り出して私は聞いた。
「え……?ええ、どうぞ」
そう言って瑠花はバッグを下において中のお重(!)を開けて見せてくれた。
(え……これ……おせち?)
目を点にして見る私の前で他のお重も開けていく瑠花。
(ローストビーフにフライドチキン…ってクリスマス?)
他にもちらし寿司やパエリア、ミートソーススパゲティにやきそば、各種サラダにフルーツなどなど…。
それはもう盆と正月とクリスマスとついでにハロウィンまで一緒に来たような超豪華なお弁当だった。
「あの……朝比奈さん……」
「なに?」
「これ食べずに持って帰っちゃうのってあまりにもったいないと思うの」
「でも、もうみんな食べ終わってるみたいだし今更……」
「わかる、わかるよ〜遅れてきちゃって気まずい気持ちなのはよぉ〜くわかる!でもね……」
「でも……?」
「私まだサンドイッチ2つしか食べてないの!」
「そ……そう……」
「そう!」
これで察してよぉ〜。
瑠花は何を言われてるのか分からないといった顔をしている。
「あのね……だからこの朝比奈さんのお弁当を食べさせてもらえたら嬉しいなぁって思ったりして……ははは……」
ああ……もう恥ずかしい……。
ここまで言ってやっと瑠花は分かってくれたようで、困惑顔がややほころんで、
「あなたがそう言うなら、どうぞ召し上がって」
と、小さく微笑みながら言った。
「と言っても大半は持って帰らなきゃいけないけど……」
という瑠花に、
「それ、何人分くらいあるの?」
と私が聞いた。
「そうね……少なくとも12,3人分はあるかしら……」
私はキョロキョロと周りを見てから瑠花に小さい声で言った。
(ここだけの話だけど……私ならその三分の一……もしかしたら半分くらいはいけるかも)
「ええ?半分も?!」
「しぃっ!声が大きい!」
驚きの声を上げる瑠花の口を私は慌てて手で塞いだ。
(ごめんなさい……)
瑠花がモゴモゴしながら言った。
(これは二人だけの秘密にしてね!)
私はヒソヒソ声を最大音量にして言った。
無言でウンウンと頷く瑠花の目が
(ああ……弱みを握られてしまった……食欲に負けた私のばか……)
「よかったですね、お嬢様。そのお方が半分食べてくだされば残り半分をお嬢様が食べればお弁当が無駄になることもありません」
「え?」
私は虚を突かれたように間の抜けた声を出してしまった。
「じ、爺や、な、何を言っているの!私は……」
慌てふためく瑠花。
「お嬢様なら5人前くらい苦もなくお食べになれますから」
懸案事項の解決が見えたからか、爺やと呼ばれた男性は晴れやかな笑顔で嬉しそうに言った。
「じ……爺やったら……な、なにを言って……いるのかしら……?」
「フッフッフッ、そうかぁ、朝比奈さんも大食い女子だったんだぁ」
と笑う私の顔はさながら西の悪い魔女のようだったろう。
ハッとして私を見る瑠花の顔の赤いこと赤いこと。
「これで私達は秘密を共有する仲間ね」
私が
「し、仕方ないわね……」
ツンとしたような素振りで瑠花が答えた。
「お〜い、今この人に聞いたんだけど、二人で20人分の弁当を食べるんだってぇ?」
と大きな声で言いながら小谷君がやってきた。
「それなら、俺にも食べさせてよ。俺も大食いだからまだまだいけるし」
といつもの爽やか笑顔で言った。
小谷君の後ろでは爺やさんがニコニコしている。
「「何てことしてくれたのぉぉぉーーーー!」」
私と瑠花が半ば悲鳴のように叫んだ。
しかも二人で20人分って、盛りすぎでしょ!!
「小谷ぃーーそっちで何かあるのかぁーー」
小谷君の声を聞いて村下君たちもやってきた。
それに答えて小谷君が言った。
「20人分の弁当を祐実ちゃんと瑠花ちゃんが二人で食べるんだって。二人ともすげえ大食いだから楽勝らしいんだけどせっかくなら俺も…」
「「「「「ええ?!」」」」」
一同の驚愕の声。
「「ああぁぁぁぁーーーー!」」
私と瑠花の悲痛な叫び。
「あれ……?」
空気が読めてない天然な小谷君。
「やらかしちゃったねぇ、小谷君」
アイドル顔に悪い笑顔を浮かべながら梨絵が進み出た。
「え?やらかしちゃった?俺が?」
まだわかっていない小谷君。
「そう、あなたは乙女の地雷を踏んでしまったのよ!」
梨絵がことさら大げさな声でそう言うと、
「そうよそうよ!」
「いくら小谷君でもひどい!」
「私達の祐実様に何てことを言うの!」
と集まってきた女子が小谷君に避難の雨あられを浴びせた。
「これはもう、あれだね」
梨絵はそう言いながら女子を見回して音頭を取った。
「せぇのぉーー」
「「「「「小谷君サイテー!」」」」」
「えええーー?!」
未だ訳がわからないながらも自分が非常にヤバいことをしてしまったことは理解した小谷君の叫び。
それを見て女子達が、
「「「「「「キャハハハ!」」」」」
と楽しそうに大笑いした。
予想外の展開に私と瑠花は顔を見合わせると、
「「あは……」」
と笑いが込み上げてきた。
こうなるともうどうしようもない。
「「あははははは!」」
私達は二人してお腹を抱えて大笑いした。
こうして、あんなにあった瑠花お手製の豪華お弁当は私と瑠花、それから小谷君たちも加わって、あっという間に無くなってしまった。
「それにしても朝比奈さんは料理上手なんだね」
私が言うと、
「私一人じゃなくて色々手伝ってもらったし……それと……」
「それと?」
「これからは瑠花……って呼んでくれる?私のこと……」
瑠花がやや控えめに言った。
「うん!そしたら私のことも祐実って呼んでね……瑠花」
「うん、ありがとう、祐実」
「じゃぁじゃあ、私も〜瑠花〜」
梨絵がやってきて瑠花に抱きついた。
「……私もいい?……瑠花ちゃん」
茉美も来て恐る恐る聞いた。
「ええ、もちろん。よろしくね、梨絵、茉美」
そう言いながら笑う瑠花の顔からは初めて会った時の刺々しさは跡形もなく消えていた。
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