第14-7話 蔦原と染谷
「ちょ、賀川!? どこいくんだ!?」
蜂から逃げるため教室を飛び出していってしまった賀川を追いかけ、沢田先生も教室を出て行ってしまう。
それに合わせて賀川の取り巻きである金田も教室を飛び出して行った。
先生が飛び出していってしまったため授業が始まることはなく、教室内は沈黙に包まれる。
いや良かったマジで! 暴力などの強硬手段に出られたら俺に勝ち目が無いのは目に見えている。
まあそうなった場合は沢田先生に助けてもらうつもりではあったが、蔦原とゲームセンターで出会ったあの日、俺はもう2度と危険なことはしないと誓ったはずなんだが……。
自分のためではなく、蔦原のためなら危険なことでもやってのけられてしまうらしい。
とにかくようやく一呼吸つけるな……。
「……ふぅ」
それは俺が気を抜いて溜息を吐いた瞬間の出来事だった。
大勢の生徒が席を立ち、俺の席へと押し寄せてきたのだ。
「うぉぉぉぉぉいすげぇな染谷! おまえあの賀川に反論するどころか完全に撃退したじゃねぇか!」
「染谷君すごいっ! 私日頃から賀川君に迷惑かけられてるからスカッとしたよ!」
「学校に来なくなる前とは別人が来たんじゃないか⁉︎」
予想外の反応に俺は固まってしまい返事をすることができない。
というかあまりにも大勢の生徒が話しかけてくるので内容が聞き取れずどちらにせよ返答する事はできないんだけど。
「い、いや、別に俺は何も……」
「ほんとすげぇって! この学校の誰もが恐れおののく賀川だぞ!? それを言葉だけで撃退するなんて並大抵のことじゃないぜ!」
「よっ! 男前!」
「私と結婚して!」
おい誰かは分からないがどさくさに紛れてとんでもないこと言ってる奴がいるぞ。
うん、40歳になっても相手がいなかったら結婚しようね--じゃなくて!
ノリツッコミができるくらいの余裕は残されているが、ふざけるなら喋りかけないでくれよ……。
もう俺にはこの状況を打開する手立てなんてない。
できることと言えばこの輪に混ざっていない蔦原に助けを求めることくらいである。
そう思いながら、蔦原へと視線を送る。
すると蔦原は、心配するでもなく面白おかしく笑うでもなく、優しい表情で俺に微笑みかけていた。
え、何その表情、俺が困り果てて助けを求めてるのに何でそんな悟りの境地開きましたみたいな表情でこっち見てるんだ?
そう疑問に思いながら蔦原を見ていると蔦原の口元が動く。
この距離で蔦原の声なんて届くはずなんてない。
しかし、蔦腹の口の動きで蔦原が俺に何を伝えようとしているのかを理解した。
『よかったね』
蔦原はそう言ってくれていたのだ。
蔦原は俺が不登校になっている間のことを唯一知っている人物。
不登校時代の俺からは考えられないクラスメイトに囲まれているという状況をみて、不登校時代の苦労を知っている蔦原は『よかったね』と言いたくなったのだろう。
蔦原の言葉とその本当に嬉しそうな表情から、俺が蔦原を学校に復帰させようとしていたのと同じくらい、蔦原が俺を学校に復帰させようとしてくれていたことが伺える。
俺のために自分までいじめられて怖い思いをして、一度ば学校に復帰できないかもしれないと泣きじゃくっていた蔦原が、自分のことだけではなくこうして俺のことを考えてくれている。
そんな蔦原とだからこそここまでこれたのだろう。
信頼度が100パーセントになったことで少しは蔦原に近づけたのではないかと思っていたが、どこまで行っても蔦腹には叶いそうにない。
「おい誰だ無責任に俺と結婚したいとか言った奴」
俺がそういうと、教室内はドカンと湧き、その熱気はしばらくの間収まることはなかった。
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