ある冒険者の出会い、二つの《いいわけ》
kou
第1話
市民がひしめき合うメインストーリーで騒ぎが起きたのは、不意だった。
一人の青年が居た。
年齢にして20代前半の若者だ。
髪は茶色く、クセのない髪を流すように伸ばし後ろにまとめている。
瞳は薄い青みを帯びており、顔立ちも美形といえる部類だった。
身長は高くないが、体つきは細いながらも、そこそこ筋肉質ではある。
薄汚れた革鎧。
ショートソードを腰に差し、腰のベルトには、ダガーを1匕、スローイングダガーを3匕あった。
盗賊・スティースリッドが、人混みの間に騒ぎの中心を確認する。
戦士とおぼしき男が剣を抜き子供を人質に取り、盾にしていたのだ。
その周囲には人だかりができており、遠巻きに見つめている。
子供が泣き叫ぶ中、男は周囲に聞こえるように叫んだ。
「――このガキの命が惜しけりゃあ……大人しく金を出せ」
男の要求を、周囲の人々は無視した。
当然だろう。こんな街中で武器を取り出した挙句、人質を取って金を要求するなど、まともな神経ではない。
だが、無視されてもなお、男は要求を続けた。
夫婦とおぼしき男女が歩み寄り、口々に言い募る。
市民に混じって冒険者もいたが、夫婦の言葉にも耳を傾ける者はなかった。
それを見て、スティーはショートソードの柄に手を置く。
そして、いつでも抜けるようにしながら、ゆっくりと男へと近づいた。
スティーの存在に気付いた男は、一瞬だけ警戒したが、すぐに気を取り直して叫んだ。
「おい! 誰だ!」
男は人質にした子供を乱暴に揺さぶりながら、声を上げる。
「通りすがりだ。子供を人質に取るなんて感心しないな」
スティーが、答える。
真っ直ぐな瞳。
揺るぎない信念を感じさせる声音。
自分の行為が間違っていないと確信していたからこそ浮かべられる表情だ。
しかし、それがかえって男の神経を逆撫でする結果になったらしい。
舌打ちすると、子供の首筋に剣を突きつける。
周囲が息を飲む中で、男は言った。
スティーを見据えて、宣言するように。
「なら黙って見てろよ。盗賊風情が似合いもしねえ正義感をふりかざすんじゃねえ」
瞬間、スティーの目の色が変わった。
怒りに染まった目で、ショートソードを引き抜く。
同時に、周囲の人々もざわめいた。
それも無理はない。
スティーの手にあるのは、刃渡り30cm程の小剣なのだ。
とてもではないが、剣に比べれば間合いが違いすぎる。
それでもスティーは、迷わず突っ込んだ。
一気に距離を詰める。
男は慌てて子供を投げ捨てる。
刃を子供に向けていたのでは、防ぐこともできないからだ。
男は正面から斬りかかって来る。
しかし、そんなことは承知の上だとばかりに、右脚を斜め右前方に踏み出し、ショートソードで斬り込む。
男の攻撃線の外側に踏み出す。
それは攻撃を躱すと同時に、男の剣の裏にショートソードを滑り込ませる形になる。
スティーは両腕を交差する形で剣を
切断はしていない。
だが、男が痛みに悲鳴をあげる中、スティーは放られた子供を抱き留める。
スティーの行動を見た人々は歓声をあげた。
だが、当のスティーは険しい顔のままだ。
男の手首からは血が流れ続けている。
出血多量で死ぬような傷ではない。
だが、その程度の怪我でも、戦闘不能にはできるはずだ。
スティーは、そう考えていたのだが――。
(……おかしい)
違和感があった。
手応えがないのだ。
まるで、実体のない影を相手にしているかのように。
その時だった。
男の身体から黒い影が浮かび上がる。
影はそのまま膨れ上がる。
「ファントムよ!」
誰かが叫ぶ。
ファントムとは悪霊の一種だ。
実体を持たないため物理攻撃はほとんど効かず、魔法による攻撃しか通用しないという厄介な存在だ。
しかも、今のスティーは武器はあれどファントムに対しては丸腰だ。
どう考えても勝ち目はないだろう。
だが、スティーは冷静さを崩さなかった。
子供を抱いたまま距離を取る。
「剣を私の方にかざして」
スティーが視線を向けると、そこにローブを纏い杖を手にした女性がいた。
魔術師だ。
言われた通りにすると、女性は呪文を唱え始める。
「ノーパ エウデ トンア テンエ……」
その間にも、ファントムは膨らみ続ける。
やがて、人間大にまで成長したところで、膨張が止まった。
そして、人型を保ったまま宙に浮かんでいる。
女性の呪文が発動する。
「神性の輝きよ 彼の者のに悪を滅せす 力を宿らせよ!
スティーのショートソードが光に包まれる。
女性の呪文は、魔法の力を持たないごく普通の武器に対して、一時的に魔力を与える呪文だ。
これで、物理攻撃が可能になった。
ファントムはスティーに向かって突進してくる。
それを待ち構えるようにして、スティーは構えた。
そして、すれ違いざまに横薙ぎの一閃を放つ。
確かな手応えとともに、ファントムが真っ二つになった。
そのまま地面に落下して消滅する。
人々は唖然としていた。
無理もない。
剣とは無縁に思える盗賊が魔力付与の呪文を得たとはいえ、一撃でファントムを退治してしまったのだ。
スティーが子供を抱えて戻ってくると、夫婦は子供を抱えて、何度も頭を下げながら礼を言う。
スティーは照れくさそうにしながらも、笑顔を浮かべた。
その後、騒ぎを聞きつけた衛兵隊がやってきて、男を連行していった。
魔物に憑依されていたとはいえ、殺人未遂の現行犯だ。
男は、これから厳しい取り調べを受けることになるだろう。
「あなた、良い腕ね」
いつの間にかスティーの背後に立っていた女性が声をかけてきた。
先ほど、スティーに魔術の力を授けてくれた魔術師だ。
スティーは、振り向く。
そして、軽く会釈した。
女性は微笑む。
年齢にして20代前半といったところだろうか。
長い金髪を編み込んでまとめている。
背が高く、スレンダーな体型だ。
青い瞳が印象的だった。
スティーは尋ねる。
どうして声をかけて来たのか、と。
女性は答えた。
「私はアメリア。王都で冒険者ギルドに所属している魔術師よ」
スティーは少し考えた後、自分も名乗る。
「スティー。盗賊だ」
すると女性――アメリアは誘う。
「ねえ。私とパーティーを組まない? 前衛が必要なんだけど、今ちょうど募集してるところなの。報酬は山分けでいいわ。どうかしら?」
突然の提案だったが、スティーに断る理由はなかった。
「盗賊ごときの剣技しか使えない俺で、いいわけか?」
スティーが、念のために確認する。
アメリアは笑った。
それから、真剣な表情になって言う。
「あなたの剣の腕を見込んだ上での話よ。さっきのスティーの剣技だけど、あれは西洋剣術の奥義・
アメリアの指摘に、スティーが視線を逸らす。
「何のことかな?」
スティーはとぼける。
「ふーん……。まあ、そういうことにしておくけど、あの剣筋は間違いないと思うわ。詳しく知りたいものね。どんな言い訳を聞かせてくれるのか?」
アメリアの言葉を聞いて、スティーは観念したように微笑する。
面白い出会いがあったものだと。
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