過去と現実の重なるところ
第1話
いつもと変わらない水の中。この川は今日も平和だ。
長年この川を見守っていた先代の女王は、川を浄化するためにその命を終えた。この川で一番素質があるからと、あれよあれよと次の女王に私は選ばれてしまった。
今の女王の次はと昔からいわれていたものの、そんな番がこないうちにまた新たに力の強い子が生まれてくるんじゃないかと腹をくくっていた私は、自分の運命にあらがう暇もなく今の座について、引き継いだ仕事を淡々とこなす日々を送っている。
ここは平和な川だ。他の川なんて知らないけれど、問題なんて起こったためしがない。近くに人間が住んで、この川の水を汚すまでは。
でもそれも昔の話しとなりつつある。先代が川を一度浄化する少し前から、汚染されることは減って、今では自然の力で充分に綺麗な水を保てている。
だから私は、このままここでつまらない日々を平穏に過ごしていくんだろうな。
いつかこの世界の外を見てみたいと夢見ていたのはいつの頃だったかな。女王になる前は夢見ていたけれど、女王になってしまっては、ここから外に行くことは余計に叶わなくなってしまった。
何度も考えていることを頭の中でぐるぐる回しながら、私は目的の場所へと向かっている。単調なこんな生活だけれど密かな楽しみがその場所にはある。
違う世界の男の人。その彼の瞳の力強さにいつも胸がときめいた。
水を汚す人間。先代が命を終えることになってしまった元凶。そんな人間の男に私は恋をしてしまった。悪い人間もいい人間もいることは知っているし、この男の人はいい人間だと信じている。
今日も彼は来るかしら。いつも同じような時間にくるから急がなきゃ。
心を弾ませながら泳いでいると、見覚えのない精霊が漂っているのが目に入る。
のんびり昼寝でもしているといった雰囲気でもなさそうで、慌てて近寄ると生きているのか怪しいくらいに息が細い。よく見ると顔がげっそりこけていてかなり衰弱しているようだった。
「ねぇ、あなた一体どうしたの? こんなにぼろぼろで」
声をかけてみるが反応がない。
何か自分たちとは違う雰囲気を感じながらも家に連れ帰って手当をすることにした。
この川では見たことがない。新しく生まれてきたところだとしてもこんなに弱っているのはおかしい。
川の外から来た? 手当の最中に頭をよぎった考えにそんなことがあるはずがないと、頭を振る。
私は綺麗な水が染みだす場所と家を何度も往復して、見知らぬ精霊の看病に努めた。
三日三晩経った頃、ようやく精霊は目を開ける。
「えっと、ここは? あなたは?」
呟くようにいった細い声。私は刺激を与えないように小さくなるべく優しい声になるように気をつけて答えた。
「ここは私の家。私はコモチといいます。あなたは?」
「私はミソカ。あなたが看病してくれたのね。ありがとう」
それだけいえとミソカはまた目を閉じてしまう。
回復していっていることに安心したものの、まだ弱っていることには変わりない。
ただ、もう付きっきりの看病ではなくてもいいだろうと、女王としての務めを再開しつつ、ミソカの看病をする日々を私は送ることにした。
一週間もすればミソカはそこら辺を自由に泳ぎ回るくらいに元気になった。
よくしゃべり、よく笑うミソカがいる生活は、それだけで明るく張りがある。
「ねぇ、ミソカはどこから来たの」
この川に馴染み帰ろうとする素振りを見せないミソカのことは、ここにいて欲しいからこそ余計に気になってしまう。
「いってなかったっけ? 私は海から来たのよ」
「海!?」
外から来たのではと思ってはいたが、いざ本人の口から聞く衝撃は大きい。
「そう。この特別なピアスがそれを可能にしてくれてる」
そういいながら耳のピアスにミソカは触れる。今まで気づかなかったわけではないが、改めて見てみると海の力がギュッと凝縮されたような深い藍色をした丸い石が付いていた。
「私ね、海から逃げてきたんだ。ただ広いだけで、自由なんてない海から、決められた運命が嫌でさ。だからさ、ここにずっといてもいい?」
見たことのない沈んだ顔で語った後、ミソカはにこやかに聞いてくる。それなりに苦労してここへたどり付いたことがうかがえた。
「もちろんよ。ずっとここにいてくれて構わないわ」
手を取ってそういうと、見たことのないくらいにこやかな笑顔でミソカは頷く。
昔から私には友だちがいなかった。
女王になる素質。
精霊は水から生まれ出た時、水とは少し違うものになる。水と精霊との境界線があやふやな存在。それが女王になれる素質。水にどれだけ溶け込めるか、一体になれるかというところが鍵だ。
私は水を通してこの川に起こっている変化はもちろん、他の精霊の位置や感情などがなんとなくわかる力を持っている。
その力のせいで女王にされ、感情を見透かされるのは気持ち悪いと川のみんなには距離を置かれた。女王になってよかったとは感じていない。強いていうなら、女王であることが唯一の居場所だと安心できることだろうか。
ミソカは他の場所から来たからか、私は気持ちを感じ取ることも、どこにいるのかもわからない。それが心地よかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます