第35話【刺々しいことドリルの如く】
駅の改札前のロータリーを道沿いに真っ直ぐ進んで行くと、辛うじて商店街と呼べる雰囲気の通りが現れる。
地元の人間でも利用をためらうような、誰が買いに来るのか謎の、店主が道楽で始めた感のある衣料品店。
年老いた夫婦が経営する惣菜屋の前を通れば美味しそうな揚げ物の香りが漂う。朝ごはんを食べたばかりでなければ寄り道して引っ掛けたい。もちろん未成年なのでお酒の代わりに炭酸飲料で、だ。
開いている店舗の数よりも、寂れたシャッターが下りている店舗の方が多く見受けられる。
「「.........」」
二人とも暑さにやられて黙っているのではない。
原因は
朝の挨拶を交わそうと声をかけても不貞腐れた表情でプイと顔を背けられ、朝食の最中に醤油を取ってもらおうとお願いすれば逆にソースを渡される地味な嫌がらせ。
悪役ドリル令嬢様の異名に恥じない粗暴っぷり。
そんな危険物状態の璃音と二人っきりで花火を買いに行けとは。あいつら鬼か悪魔か。
しかもここは、言っちゃ悪いがコンビニどころかスーパーすらもないような過疎地だぞ。
「――ここなら売ってそうだな、多分」
向かった先は、昨日別荘に向かう途中に偶然見つけた個人商店。
トタンの看板に書かれた店名は、長年の雨風に晒された影響で味のあるぼやけた書体へと変化。
入口の扉は閉め切られ開いているのか一瞬不安になったが、どうやら営業中のようだ。
外から中を覗くと、還暦は超えていそうな高齢の男性がレジカウンター内で軽く船を漕いでいる。
「......」
せめて相づちなり一言でもいいから何か言葉を発して欲しいものだ。
麦わら帽子の下には、相変わらずむすっとした表情で唇を結んだまま。
完全にスルーの璃音は、俺の後ろに隠れるようにして店内へと踏み込んだ。
奥行きのある店内は生鮮食品や加工食品で半分以上が占められていて、左端の冷蔵・冷凍ケース横の一列がどうやら雑貨コーナーらしい。
目当ての家庭用花火はあったにはあったのだが、売り場に並べられたのは埃をまとった1セットのみ。6人でやるには少々物足りない数だ。
「すいません、この花火ってまだ在庫あったりします?」
俺たちが入店した時に夢の世界から帰還したおじいさんに、とりあえず他にも在庫がないか聞いてみた。
「あー? なんだってー?」
「ですから、この花火なんですけど、他にまだありますか?」
「わらび? わらび餅なら冷蔵庫の中に入っとるでよ。あとで婆さんと孫と一緒に食べようかと思ってのー」
ダメだこりゃ。会話が成立しない。
「おじいちゃん、最近耳が遠くなったみたいで。代わりに僕が――って、え、長月と虹ヶ咲さん? どうしてこんなところに?」
「それはこっちのセリフだ」
とてもよく聴き覚えのある柔らかな声音に、能面のように張り付いた笑顔。
俺とおじいさんのやり取りを聞きつけやってきた
「貴方......まさかわたくしたちのバカンス先にまでストーキングしてくるだなんて......今すぐ警察に通報ですわ!」
「落ち着いて虹ヶ咲さん! ここ、僕の親戚の家だから!」
「だってよ璃音。いくら湊が気持ち悪い奴でも、さすがにこんな場所にまで着いては来ないだろ」
「あれ? フォローされてるはずなのに、微妙にディスりが入ってると思うのは僕の気のせいかな?」
「気にするな。因果応報だ」
同級生に
店内の冷房並みに涼しく振る舞うこいつはドッペルゲンガーでもない、紛れもなく湊本人だ。
「――で、二人は何を探しにここまで?」
「花火を買いに来たんだが」
「ああ。そういえば
「これを6人でやるにはいくらなんでも、な」
手元の家族用花火を見せると、湊は何か思案するような表情を浮かべた。
「確か倉庫に、僕が子供の頃に仕入れた花火がまだ結構残ってた記憶が」
「子供の頃って。期限大丈夫か」
「その心配はないよ。花火に使われている火薬は通常の物に比べて劣化しにくくて、最低でも10年は品質が保証されているんだ」
すらっと花火に関する豆知識を披露しているが、
「でしたら話は早いですわ。今すぐ倉庫にある分の花火を全てわたくしたちに提供しなさい」
「......ねぇ長月。虹ヶ咲さん、なんだかいつもよりピリついてない?」
「わかるか。今朝からこの調子で困ってるんだよ」
「女心と秋の空って言うじゃない」
「秋の空なんて生易しいことで。夏のゲリラ豪雨の方が余程近いと思うぞ」
「どうやら貴方たちは血祭になりようですわね」
主人の気持ちに呼応するように、本日の横髪ドリルは威嚇の体勢でなびく。
さっきから俺の二の腕に先端が当たって、地味に痛痒い。
「売れなくて倉庫の肥やしになっていたものだから。いいよ。タダで」
「おいおい。親戚の店のもんだろ。勝手に決めていいのか?」
「いつまでも売れない物を放置しておいても仕方ないし。あとで僕の方からお願いしておくよ」
「ありがとう。助かるよ」
「その代わりと言ったらあれだけど。僕も花火に参加してもいいかな?」
まぁ、湊は優しさだけで動くような聖人ではないわな。だと思った。
「冗談じゃありませんわ! 貴方みたいな方を虹ヶ咲家の敷地に入れるだなんて......ご先祖様が許しませんわ!」
「体育祭の時の借り、忘れてない?」
湊に指摘され、俺の後ろから璃音の「ぐぬぬ」という小型犬みたいな呻き声が聴こえてくる。
タダより安いものはないが、二人きりのデートに比べれば難易度としてはかなりのイージーモード。
「諦めろ。一人で地獄を見るか、それとも皆で地獄を見るか。どっちがマシか考えるまでもないだろ」
「長月、やっぱり僕のことをフォローしてないよね?」
「細かいことは気にするな。それよりその倉庫はここから近いのか?」
「店の奥だよ。良かったら好きなの選んでいきなよ」
湊が
店内の雰囲気や湊のエプロンの汚れ具合から判断して、璃音はここで待機してもらった方が良さそうだ。今の機嫌の悪い璃音ならクリーニング代を本気で湊に請求しかねない。
璃音にここで待つようお願いすると、怪訝な表情こそされたが案外あっさりと従ってくれて助かった。
――15分後。
予想通り埃っぽかった倉庫から店内へと戻ってきた俺は、花火のせめてものお礼にとペットボトル飲料を人数分×2購入。この場にいる璃音に何が飲みたいかと訊ねても、スルーキャンペーンは継続中みたいなので適当に選んでやった。
俺が湊とおじいさんにお礼を言っている間も、璃音はお菓子売り場からピクリとも動かない。
「おーい。そろそろ帰るぞー」
少し離れたレジカウンターから声をかけてようやく不貞腐れた顔が現れる。
お前もお礼の言葉くらい言えっつーの。
店をあとにしてから、璃音は何故か何度も
......この時に璃音の話をしっかり聞いてやっていたなら、あんな騒ぎは起きなかったんだと、意思疎通の大切さを後の俺は強く学んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます