第16話【水星の美魔女】
センチな気持ちをぶち破り、現実へと強引に引き戻す、見慣れた一本の特徴的な色の毛髪――。
「色からして
母親が同級生の毛髪一本片手にプロファイリングを始めたんだが。
「そういえば昨日、紅葉の友達が遊びに来てたから。多分その子のだろ」
「あらあら。だとしたら、その子は随分化粧水の匂いが強い子なのね」
「と言うと?」
「さっきからこの部屋、二つの化粧水の匂いが漂っているのよ。一つは嗅ぎなれた、紅葉が付けている柑橘系のもの。そしてもう一つは高級そうなフローラル系の香り。そのフローラル系だけがこの部屋の、特にソファの辺りから強く香っているのよ」
名探偵ばりに次々に
「へー。中学生なのに結構派手目な子だったからな」
「この匂いの漂い方は昨日とかじゃないわ。まるで、つい今さっきまでいたような――」
全てを見透かされているんじゃないかと思わせる、母さんの鋭い視線が俺に向けられる。
「
「断る。丁度いま大掃除中でな。とても人に見せられた状態じゃないんだよ」
「大丈夫。お母さん、流真がどんな性癖を持っていても受け入れる覚悟はできるから」
「俺の部屋にAVがあること前提で話を進めるな」
ドヤ顔でサムズアップする母親がただただウザイ。
が、ここは何が何でも部屋を死守しなければ。俺の今後の家族内での立場に関わってくる。
「分かったわよ。じゃあ代わりにアイスコーヒーでも淹れてくれる? 外、結構蒸し暑くて喉乾いちゃった」
もっとグイグイ来ると思いきや、意外にも簡単に諦めてくれた。
ソファに腰かけ、手で顔の辺りを扇ぐ母さんの顔は、確かに汗で少しテカりを帯びていた。
まだ油断はできないなと思いながらも、言われた通りカウンターキッチンの中に入り、アイスコーヒーを淹れようと冷蔵庫の中を覗いた――これがマズかった。
冷蔵庫から作り置きのアイスコーヒーが入ったピッチャーを取り出し、リビングに身体を向き直せば、俺の部屋がある方面の廊下に素早く走り去る母さんの残像を目撃した。
「ッ! やっぱりやりやがった!」
油断も隙もあったもんじゃない!
半年ぶりに起動した対母さん用・危機察知レーダーはどうにも精度に欠ける。
手元のピッチャーをカウンターの上に置き、急ぎ自分の部屋に向かうと、時既に遅し。
母さんにどう説明しようと部屋の中に一歩踏み入れた先には、
「......すぅ......すぅ」
こちらのやり取りなんか知るかといった感じにベッドで仰向けに眠る、悪役令嬢様。
安らかな寝顔を
いや、喋ると台無しなだけで、基本璃音は10人に訊けばほぼ全員が綺麗だと答えるであろう美人ではあるんだが。
「......流真、あなた......」
息子のベッドで眠る金髪寄りの
さて、どうしたもんか――。
「こんな精巧なラブドール見たことないわ! どこで注文したの!? 密林!?」
とても母親の口からは飛び出さないと思われるワードが鼓膜を直撃し、つい膝から崩れ落ちそうになる。
「密林で人が買えるか。同級生に決まってんだろ」
「あらあらー! ひょっとしてお母さん、お楽しみのところに帰ってきちゃったかしら?」
「同級生の前で
「性行為は全然卑猥じゃないわよ。むしろ日本の教育は性行為に対して後ろ向き過ぎ。正しい知識を持って行う分には構わないから。ガンガンやっちゃって!」
「やらないし俺とこいつはそういう関係では断じて無い」
「......んぅ」
興奮する母さんの声がやかましかったのか、璃音が夢の世界から目を覚ました。
頭を起こし、まだ半分以上瞼の閉じた瞳で状況を確認しようと、ゆっくり左右に首を振る。
そして母さんに視線が止まるや、ビクンと身体をベッドから起こし、床の上に降り立つ。
「流真さん! もしかしてこの方は......」
「始めましてお嬢さん。私、流真と紅葉の母の
俺が答えるよりも早く母さんは璃音に駆け寄り、強引に手を取り握手を交わす。
「は、はい......よろしくお願いしま」
「ところで流真とはどこで知り合ったの? 流真のどんなところが好き? 二人のファーストキスの場所は? あとあなたの好きな体位を教えてくれる?」
「ひゃ、ひゃい!?」
いくら寝起きが強い璃音でも、有無を言わさずの質問攻め&下ネタには言葉を詰まらせる。見ろ、羞恥で顔を赤らめ俯いてしまったではないか。
「同級生にセクハラはやめろ」
「これはセクハラじゃなくて親としの立派な責務よ。愛する我が子の性事情がどこまで進んでいるのか知っておくのは、凄く大事なことなの。邪魔しないで頂戴」
「分かった分かった。いいからちょっと黙れ」
「あー! またそうやって考えることを放棄する! たまには母さんを論破させてみなさいな」
「んなもの論破して俺になんの得がある?」
「流真の得なんか知らないわよ。母さんが知りたいから訊いてるだけ」
「親の責務どこ行った? だいたい母さんはいつも――」
「あの!」
当事者そっちの気で舌戦を始めてしまった俺たちを、璃音が間に割って入り止める。
「......美味しいお菓子と紅茶が手に入りましたので、良かったら三人でティータイムでもどうでしょう?」
眠り姫からの突然の誘いは、興奮した母さんを大人しくさせるには
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