第9話【ドリルは武器に入るだろ?】
憂鬱だった中間テストも先週で終わり、また今日から通常の授業が始まる――そんな朝。
我が家のリビングでは寝起きの悪い妹と、寝起きの良い隣人兼同級生が揃って朝食を摂っている。
「
「ふぁ? ......ありがとうございます」
俺とダイニングテーブルを挟んで座る見慣れた二人の姿は、知らない人間から見れば仲の良い姉妹、と言ったところか。
まだ若干寝ぼけ
こうしている分にはしっかりしている姉に見えるが、実際は紅葉の方がしっかりしているのは言うまでもない。
元々出会った頃から距離感が近かった二人は、三人で食事を摂るようになってからさらに仲を深めていった。
夕食後はそのままガールズトークに華を咲かせ、二人とも楽しそうに過すものだから、邪険にするのも毎回躊躇してしまう。
まぁ、たまに紅葉の勉強を見てもらっているしな。
――そんな本物の姉妹のように仲の良い二人だが、どうも最近様子がおかしい。
「お兄ちゃん、今日の学校の帰りに買い物頼んでいいかな。欲しい参考書があるんだけど」
「別に構わないぞ。テストも終わって放課後暇だからな。でもネットで注文じゃダメなのか?」
「ほ、ほら、ネットだと送料かかっちゃうし。それにできるだけ早く欲しいんだ」
「
具体的に何がどうおかしいと言われると男の勘としか言えないんだが、俺の知らないところで何かを良からぬことをしている気がしてならない。
このやり取りだって、虹ヶ咲の言動と挙動が特に芝居がかっていて違和感を感じる。
「そういうわけだから虹ヶ咲。今日はちょっと寄り道してから帰るからな」
「申し訳ございません。わたくし、今日の放課後は大事な用がありますので。一人で帰らせていただきますわ」
「え......お前、一人で大丈夫か?」
「わたくしを子供扱いしないでくださいまし。このマンションまでの帰り方くらい、いい加減覚えましたわ」
自慢気に胸を張られても「やっとか」くらいにしか想いはない。
多分今時の小学生の方が覚えるの早いぞ。
「だったらもう俺はお前の送迎係を卒業でいいんだな」
「それはまた別件ですわ。長月さんは送迎係である以前に、わたくしのボディガードでもあるのですから。主の許可無く役職を解かせませんわよ」
「誰がボディガードだ。お前にはその自慢のドリルがあるだろうに」
「だからわたくしのこの縦巻きロールは武器ではないと何度も――」
「まぁまぁ! 痴話喧嘩はその辺にしておいてさ。......そういうわけだから、放課後は時間なんて気にしないでのんびり買い物してきなよ」
顔を真っ赤にして抗議する虹ヶ咲を抑えつつ、紅葉は苦い笑みを浮かべた。
「......そこまで言うなら、ついでにいろいろとぶらついてくるよ」
怪しさがさらに濃くなった二人に呻きながら、俺は紅葉の気持ちに応えることにした。
***
「あれー? 長月クン、今日は一人で帰るのー?」
放課後。
そそくさと教室を出て行った虹ヶ咲のあとをついていかない俺を不思議に思ったのか、
「あいつはこのあと用事があるんだと」
「なーんだ。お姫様に捨てられたわけじゃないのか。残念」
見上げれば制服のリボンの紐を緩め、ブラウスの上のボタン二つ分開かれた胸元が元気よく揺れていて、目のやり場に困る。
「それより日向、お前俺と虹ヶ咲との関係、
「あ、バレた?」
日向はおどけた笑いをみせた。
「貴幸が二人のこと気にしてる様子だったから、ついね。言っちゃマズかったかな」
「いや別に。湊ってまだ虹ヶ咲のこと好きなのかなーって思ってさ」
「そりゃあ、まだ好きだと思うよ。貴幸、ああ見えて執着心強いとこあるから」
中学の頃から付き合いのある人間だけあって、湊のことを熟知しているようだ。
両手を広げ肩を竦める日向の表情がそれを物語っている。
「普段穏やか顔してるくせに、中身は結構負けず嫌いというか、諦めが悪いというか。そもそも女の子に告白したこと自体、虹ヶ咲さんが初めてだと思うよ」
「初めての自分からの告白がアレか......常人だったら確実にトラウマに陥っただろうに」
他人のクラスに乗り込んできて公衆の面前で告白するのも肝が据わっているが、そんな相手に、
『愛の告白をするなら、まずはそのペルソナの仮面を外したらいかがかしら? 虚構で固められた人形と話してるようで気持ち悪いですわ』
と言い放つ虹ヶ咲もなかなかに負けていない。
現在進行形の学園のスターと元(一ヶ月満たなかった)スター......ある意味似た物同士なのかもな。
「長月クンも私から見たら十分常人じゃないんだけど」
「人を見た目で判断するのはよくないぞ」
「じゃなくてさ。長月クンって、なーんか他の男子に比べて達観してるって言うのかな? 妙に大人びた部分があるんだよねー」
目の前の席に腰を下ろし、頬杖をつきながらニタニタと愛嬌のある視線を向けてくる。
日向の指摘に自分の中で思い当たる節はあるんだが、それは今となっては俺の『黒歴史』でしかない。
「気のせいだ。俺はただのその辺にいる、普通の一般男子高校生にすぎない」
「一般男子高校生がクセの強い悪役令嬢様のエスコートはできないでしょー」
軽い取り調べでも受けているかのようなこのシチュエーション。
女子特有の甘くいい匂いと解放された胸元に脳がどうにかなりそうなところを、視線を逸らしてなんとかやり過ごす。
「......あんまりしつこいと嫌われちゃうから、続きはまた今度にするね」
諦めてくれたらしい日向がはにかむと、彼女のトレードマークとも言えるポニーテールが上下に揺れた。
「――その変わり、今日は私と一緒に帰ろー♪ みんな彼氏とデートやらバイトやらで私いまぼっちなんだー」
「残念だが、俺も帰りに寄るところがあるんだよ」
「えー! 普通この流れなら受けるところでしょー! 少しは距離が近くなったと思ったけど、塩対応の方は相変わらずだねぇ」
『でも用事なら仕方ないか』と残念がる日向に『......途中までで良ければ』と渋々了承すれば、彼女の感情の色が瞬時にパッと明るくなった。
性別問わず人に好かれる性格というのが、ちょっと分かった気がする。
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