第4話【悪役令嬢が、マカロン持参でやってくる】

 特徴的で目立つ向日葵色寄ひまわりいろよりの金髪に、顔の左右にカーテンのように垂れ下がったドリル状の横髪。

 翡翠色の瞳を輝かせ、間違いなくいま目の前に虹ヶ咲にじがさきがいる。


「......宗教の勧誘なら結構です」

「ちょっとお待ちなさい! 人がせっかく挨拶に来てあげたというのに、その態度は何ですの!」


 現実を受け入れられず玄関のドアを閉めようとすれば、虹ヶ咲にじがさきは無理矢理足をねじ込み封じた。


「引っ越してきたってどういうことだよ。お前実家は?」

「わたくしもあと一年で18歳。成人。社会勉強のために、一人暮らしというのを始めてみようかと思いまして」


「そういうのは他でやってくれ」

「あら、冷たい。わたくしたち、同じ釜の飯を食べた仲ではありませんの」


 胸に手を当て自信満々に告げる虹ヶ咲だが、ことわざのチョイスとしては幾分微妙な気がする。


「お兄ちゃん、お母さんたちからの荷物届いた?」

「んまぁ! なんですの!? この可愛らしい生き物は!?」

「生き物言うな。あと頬ずりするのもやめろ。妹が戸惑ってる」


 一瞬のうちに俺の横をするりと抜け、振り向けば現れた紅葉もみじに満面の笑みを浮かべて頬ずりをしていた。


「えっと......この人はお兄ちゃんのお友達?」

「断じてちが――」

「はい。わたくしは長月さんのクラスメイト兼お友達で『虹ヶ咲璃音にじがさきりおん』と申します。ひょっとしてあなたは長月さんの」

「妹の紅葉です。お兄ちゃんがこんな綺麗なお姉さんとクラスメイトでお友達だなんて。驚きました」

「まぁお姉さん! いい響きですわー♪」


 両手で頬を抑え喜ぶ虹ヶ咲が何ともウザイ。

 一番妹に会わせたくなかった人物と思わぬ形で遭遇してしまい、俺はため息を吐きながら顔を引きつらせる。


「とりあえず立ち話もあれだから、中でお話ししたら? 私も学校でのお兄ちゃんの様子知りたいし」


「それはいい提案ですわね。丁度引っ越しのご挨拶のお菓子もお持ちしましたので、昼食前ですがティータイムと致しましょうか」


「お前、引っ越しの片づけはいいのかよ」

「何も問題はありませんわ。あとは全て家のものが準備してくれますので」


 一人暮らしとは......。

 仕事だとしても、こんな自分勝手で我儘わがままな悪役令嬢様にこき使われる人たちが可哀そうに思えてくる。

 俺の冷たい視線なんかに気付きもせず、虹ヶ咲は紅葉に招かれ、部屋の中へと案内された。


 ***


「そうなんですよー♪ お兄ちゃん目つき悪くて声も低いからよく勘違いされるんですけど、中身は穏やかで気遣いのできる優しいお兄ちゃんなんです」


「確かに。最初拝見した時は絶対に人の一人や二人は〇していると思っていましたが、話してみたら全然そんなことのない、意外と紳士的な方でしたわ」


 リビングのダイニングテーブルの上にいかにも高級感溢れたマカロンを広げ、出会ったばかりの二人はもう既に意気投合している。


 つい最近まで俺の名前どころか同じクラスであることすら知らなかった虹ヶ咲が、余計なことを紅葉に吹き込まないことを横で見守り続けて早30分。

 絶対からかわれるだろうという予想に反し、お互いが俺のいい点ばかりを述べるので、さっきから顔が熱くて仕方がない。これが羞恥プレイというやつか......。


「紅葉、お楽しみのところ申し訳ないがそろそろ部活の午後練行かなくていいのか?」

「あ、もうそんな時間? まだまだ全然話足りないよー」

「わたくしもですわ。なんとかサボりはできませんの?」


「無茶言うな。紅葉はインターハイ予選のスタメンなんだ。もしサボったのがバレて落ちたら大変だろうが」


 俺は何も知らない虹ヶ咲を制しつつ、名残惜しそうな紅葉もさとした。 

 せっかく両親がその日に合わせて有給を取得してまで観に来てくれることが決まったんだ。

 だったらその日に向けて全力を尽くすのが筋というものだろう。


「そういうわけだからごめんなさい。また今度ゆっくり話しましょうね」

「ええ。こちらこそ無理言って申し訳ございませんでしたわ」


 こういう時、目つきの鋭さは役に立つ。


「弁当、冷蔵庫の中に入ってるから持ってけよ。練習の前に皆で昼食取るんだろ? ご希望通りだし巻き卵の甘さ、いつもより気持ち多めにしておいたからな」


「うん、ありがとうお兄ちゃん」

「長月さんの作るだし巻き卵はこの世で一番美味しい食べ物ですから。きっと紅葉さんの力になりますわ」


 味を思い出しているのか、虹ヶ咲は目を瞑って頷いた。

 が、その励ましの言葉は俺にとって完全に余計な一言に他ならなかった。


「――もしかして、お兄ちゃんが毎日お弁当渡してる相手ってやっぱり......」

「いいから! 時間に遅れるぞ!」 

「へぇー。これは帰ったらじっくり訊かないとだねぇ......璃音さん、兄のことよろしくお願いします♪」


「はい♪ 任されましたわ♪」


 ぺこりとお辞儀をした紅葉は冷蔵庫から布で包まれた弁当箱を取り出し、ソファの上に置いてあった部活用のリュックを背負って部屋をあとにした。

 残された虹ヶ咲は縦巻きドリル、じゃなくて横髪をいじりながら、わざとらしく辺りをキョロキョロ見回す。


「......ところで、わたくしの昼食のお弁当はどこに?」

「あるわけないだろ。今日は日曜日だ」

「そんなこと分かっていますわ。ただ言ってみただけです。ですが――」


 不敵な笑みをたたえ、こう言葉を紡いだ。


「友達への引っ越しのお祝いにできたてのお弁当――という選択肢があってもよろしいじゃありません?」


「事前の予告も無しに隣の部屋に引っ越してくる奴を友達に持った覚えはない。まさかとは思うが、引っ越してきた理由、土日でも弁当が食べたいからとかじゃないよな?」


「わたくし、そこまで食いしん坊じゃありませんわよ。強いて言えば、ただそこの部屋が偶然空いていたから――でしょうか」


 上がった口角に人差し指を当て、視線を上にちらと向けてからとぼけてみせた。

 どんな偶然が働いて大金持ちの悪役令嬢様がうちの隣の部屋で突然一人暮らしを始める気になったのか。その経緯を詳しく説明してもらいたいものだ。

 

「相変わらず冷たい殿方ですわね。これからはお互いお隣同士、仲良く助け合って生活していきましょう」


 全く隠す気の無い、お世話になる魂胆が満々の虹ヶ咲は、華が咲いたような笑みで気持ちを表した。

 そんな彼女を前にして、俺はこれからの生活を想像して思わず頭を抱えるしかなかった。






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