第49話 初戦開始

「いや~、楽しみだなー」


 その沢西さわにしの満面の笑みを見ていると、私の緊張がとてつもなくばからしくなってきた。


「な! 悠斗はると!」

「あ、う、うん……」


 沢西が悠斗くんの片肩にポンと手を置くと、彼は戸惑いながらも返事を返していた。

 私と姫川ひめかわさんが話していた間もなんか話していたみたいだったし、まだ悠斗くんは沢西のガツガツ感に慣れていないみたいではあるけど、少しは仲良くなれたんじゃないかな。


「よぉーし。コートはここでいいみたいだし、靴履き終わった人から時間まで練習しよっか」


 咲島さきじまのその言葉に沢西が待ってました、と言わんばかりに手に持っていた袋を逆さまにした。


「いや、本番はこのボールだから」


 ボールが軽快に跳ねる音とは裏腹に、沢西が残念そうに「あ、まじ……」と漏らした。


 ふと私たちがいる半面の向かい半面を見てみると、見たところ相手チームはまだ四人しかいないようだった。


 少しの間みんなでキャッチボールをしたあとに、誰かが声を上げた。


「はーい。では試合を始めますよー! 各チームの人たちはこちらに集まってきてくださーい!」


 審判はどうやら先生ではなく、女子生徒がやってくれるようだった。たぶんだけど、私たちより一個上の二年生の代のような気がする。


「じゃあ、みんな行くよー」


 私たちはキャッチボールをやめ、審判のもとへと歩いていく。


「アイツが仕切ってる感じなのが気に食わねぇんだよなー」

「皆さんが見ていない間にも彼女は頑張っているのだと思いますわよ。チームを仕切る大変さというものは実際に体験してみないことにはわからないことが多いんですわ」


 過去にそのような体験をしたことがあるのかもしれない。そう思わせてしまうほどに姫川さんのその言葉には実感と凝縮された熱がこもっているように思えた。


「……沢西くんは私に対して嫌味を言っているのかな~? とてもよく聞こえてるんだけどなー」


 咲島がなんかすごく怖い。顔こそこちら側に向いてはいないけれど、その迫力が十分すぎるほどに伝わってくる。私にはできない芸当の一つなんだろうな。


 そんなことを思っていると、咲島がボールをバウンドさせはキャッチしてを繰り返しながらこちらに振り向いた。


 咲島からは内野と外野が決まっていなかったことを告げられ、男の子二人は練習試合のときと同様内野でいいということだったので、女子三人でじゃんけんをして負けた咲島が内野に入ることとなった。


 それからも練習試合のときとほぼ同じように事が進んでいく。

 そして両チームが自陣につき、静寂が、この場を支配していた。


 息が詰まりそうなほどに切迫した空気の中、咲島が放ったボールがこの静寂を切り裂いた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る