小悪党ノートと裏切りの少女 2



 黒い牛三体と少女が戦っていた場所に降り立つ男、ノート。


 どうやら先程までいた隠し部屋は、戦場の天井だったようだ。



「ぶ、ブレアぁ!?テメェ、知っていて知らせなかった!」

 “さ〜てのぉ?ワシ知らな〜い”

「く、くそ!さっきの腹いせかよ、みみっちぃ!!」



「な、なに?………………誰、ですか?」



 少女――――シエラは朦朧とした意識の中でも質問をする。


 格上の相手にひたすら生き残るために動き続けた。

 

 しかし、体中は傷だらけで疲弊し、常に死と隣り合わせだったことで、精神と肉体は限界を迎えつつあった。

 それでも生き残るために戦況と情報分析のため、突如現れたノートに質問した。


 だが、ノートにそんな弱った少女への配慮は皆無だ。



「あ、お気になさらず。早々に退散しますので。お楽しみ中なのにすみませんね〜。それでは…………」

「ま、待って…………くだ…………」



 シエラの縋るようなか細い声。

 並の人間なら思わず気にかけてしまうか弱さだ。

 

 だが、目の前の自己中心男のノートには関係ない。



「あ、ごめんね〜今日は用事があってね〜。また今度会おうね!…………生きてたら」

「え…………ま、待っ………………」



 薄情な最低男、ノートはシエラを無視してササッと逃げようとする。



 “こらへっぽこ!あの女の子、可哀想じゃろ!助けるぞ!”

「あぁ!?呪いの龍のくせにお優しいじゃねぇの!オレは忙しいの!」

 “帰ってメシ食うだけじゃろうが!”

「立派な用事だろ!それに換金とか、明日何しようか考えるのにも忙しい!分単位でスケジュールが組まれてるんだよ、オレは!」

 “この、適当いうみみっちぃ〜男じゃな…………もういい!”

「おい、誰がみみっちぃだよ――――っておい!?引っ張るな!」



 ブレアは指輪から現れると、その小さな体からは想像もできない力で強引にシエラの方へ向かう。引っ張られる形でノートを引きずりなから。


 指輪に引きずられる男という奇妙な状況にシエラは困惑する。



「あ、あの…………?」

 “小娘、少し下がれ”

「えっと……指輪が、しゃべってる?」

 “えぇ〜い、邪魔じゃ!さっさと下がれぃ!”

「は、はい…………?」



 訳が分からないながらも、言う通りにヨロヨロとブレア(とノート)の後ろへ下がる。


 すると、黒い牛も逃すまいとシエラを追って走ってくる。



「ひっ……!?」

 “ふん、畜生風情が…………我が咆哮を受けて、まだその元気があるかな?”

「お、おい……まさか…………?」



 指輪からブレアが龍の姿として顕現する。


 まだ小型で、半透明な体だが、その姿は立派な呪いの龍。


 ブレアのすることに察しがついたノートは、すぐに離れようと走る。

 しかし、ブレアの指輪が全く動かず、勢い余って変な格好で地面に転んでしまう。

 シエラはその光景に全くついていけずにオロオロとする。



 “くらえ…………!!”



 

 ブレアの小さな口から、悍ましい呪いの息吹が放たれた。

 

 呪いの龍ブレア、渾身のブレス。


 炸裂した破壊音と衝撃でダンジョン全体が揺れ、ドス黒い波動が辺り一帯を呪う。


 黒い牛三体は直撃し姿が見えない。


 

 やがてブレスが終わり、黒い波動と砂埃がおさまった時、すでに黒い牛たちは跡形もなく消滅していた。



「な、なにこれ…………一瞬であの化け物を…………?」

 “ガーッハッハッハァ!やっぱり思いっ切り攻撃できるって素晴らしい!ストレスがなくなる感覚がよくわかるワイ!”

「アホかテメェ!?ダンジョンが壊れたらどうするつもりだよ!?オレが無事で済まなくなるじゃねぇか!」

 “あの程度のブレスでダンジョンは壊れん。仕組みは分からんが、わしが生まれる前から存在する世界の理ぞ?”

「くっ……伊達に長生きしてないな……弱っても龍族って訳か……」

「ブレス……龍…………それって…………――――」

「あ、おい!?」



 突如倒れたシエラに、さすがのノートも慌てる。

 ブレアがシエラの周りをパタパタと飛びながら、様子を伺う。



 “ふむ…………どうやら気を失っただけのようじゃな。余程疲労を蓄積したとみえる”

「いや、そりゃ見りゃ分かるさ………………で、どうしよう?」

 “そんなもん、お前さんが連れて帰るしかなかろう?”

「やっぱりそうなるか…………ハァ、めんどくせー」

 “…………連れて行くのか?お前のことだから、無視すると思っていたが?”



 ブレアにとって、ノートは他人への思いやりがない人間だと思っていた。

 今回もあーだこーだ言い訳をして無視すると思っていたので、非常に衝撃をうけた。


 長年培ってきた経験による勘が衰えたのか、と考えるほどにショックな出来事だった。


 そんなブレアの心中を察したのか、露骨にイラッとした表情を浮かべてブレアを睨む。



「ここで助けなきゃ冒険者の協会からペナルティを受けるんだよ。規定で『負傷した冒険者を見つけたら助けること』ってな。もしやらなかった事がバレたら、罰金とか結構重い罰をもらうはずだ」

 “ほぉ、そんな決まりがあるのか。冒険者人口を保つ為のルールじゃな”

「そういうこと。こいつを見捨てて、もし生きて戻って報告されたら…………そんなリスクは負いたくない」



 そう言いながらノートは気絶したシエラをおんぶする。

 小柄で軽装備のおかげでシエラは軽かった。

 ノートでも問題なく背負って歩ける。



 “……殺しておけばバレることはないと思うがのぉ?”

「怖っ!?さすが野蛮な呪いの龍……発想が恐ろしいぜ……」

 “誰が野蛮か!”

「…………殺すのはほら…………なんか、嫌な気持ちになるじゃん?オレ、そういうの苦手だし」

 “…………悪事を平気で行う癖に、妙に小心者というか、悪人になれきれんというか…………”



 ここが小悪党たるゆえんか。

 ブレアがそんな事を言っても、ノートは無視を決め込みシエラを背負ってダンジョンを脱出するのだった。




 ※※※※※




 キルリア王国 冒険者の街ウィニストリア――――



 冒険に危険はつきもの。


 そのため、このウィニストリアには多くの治療施設が存在している。


 その中でも、施設の規模は小さいが腕利きの医師がいる、知る人ぞ知る治療院がある。


 ノートはそこにシエラを連れてきた。



「………………よし、これでオッケーだねぇ」

「ハル婆、終わったー?」

「終わったよぉ。あとちゃんとハルさん、もしくはハルちゃんってお呼び、ノート坊」

「坊っていうな!アンタ今年何歳だよ!?先々代の王様のころからここで働いてるって聞いたぞ?もう八十代超えてね?」

「レディに年齢の話題はご法度よ?そんな事もしらないから、まだ坊やなのよ?」

「うっせぇ!」



 医師ハル婆によってシエラは無事に治療を終え、今は眠っている。


 まるで死んでいるかのような深く静かな眠り。

 余程の疲労があったのだろう。



「こんなに小さな体でここまでのケガ……どんな状況だったんだい?」

「三体のモンスターに襲われていただけだぜ?冒険者ならよくあることだろ?」

「キズ口に毒があったよぉ。潜っていたダンジョン、毒を持つモンスターなんていないはずだけどねぇ?」

「そ、そうだったかな?」



 せっかく出来た金になる隠し部屋。

 誰にも情報を漏らしたくないノートは、ただとぼける。


 ハル婆のじっとり視線を感じる。


 見た目は三十代と言われてもおかしくない若さだが、ノートの何倍も生きてきた老練なハル婆には、見抜かれているかもしれない。


 何とか話題を変えたい。

 っというか、もうここから出よう。



「も、もういいよな?オレ、換金したいからそろそろ行くな!じゃあハル婆、あとは頼んだ!」

「ちょいと……この娘はどうする………………って行っちまった。逃げ足だけは速いんだからねぇ、あの子」



 押し付けられても動じない。

 大人の女性ハルジオン。通称ハル婆。



「まぁいいさ。あの子の行きそうな場所は見当がつく。ちゃ〜んと最後まで面倒はみさせるさね」



 そして、しっかりと仕返しも忘れない抜け目のないレディだった。

 

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