第10話 「イレギュラー」
地下二階に降りてからも順調だった。一階の時みたいな魔物の集団はいないし、アリシアのスキルで敵の位置を読めばある程度正しい道を予測できる。
「順調ですね〜」
「そうだな。ていうより、一階であんな魔物がいたことの方がおかしいだけなんだけど」
「普通のダンジョン攻略で大変なのって、やっぱり最奥に行ってからだしね」
序盤は割とのんびり進むことも多い。難易度が上がってくれば序盤から危険がつきまとうダンジョンもあるけど。
「……止まって、カイリ。誰かがこっちに向かって走ってくる」
アリシアのサーチに引っかかったらしい。緊迫した声で、俺の動きは止まる。
俺たちの前に来たのは、金髪の少女だった。全身に着込んだ鎧が砕け、肌は土埃でかなり汚れている。
「はぁ……はぁ……っ、早く、逃げて……!」
少女は俺たちの姿を見るなりそう言う。
「逃げてって、どういうことだ」
よろめく少女を抱き抱えるようにして支え、俺は話を聞く。
「イレギュラーが、出たの……」
イレギュラーとは、そのダンジョンで出てくるはずがない魔物が出てくる現象。
今回のダンジョンはキマイラの棲家。だから、キマイラより脅威度が高い魔物は存在しない。
だけど、イレギュラーが出たということは、ダンジョンボスより強い魔物が出たのだ。
『イレギュラーってマジか』
『皆、逃げてー!』
配信のコメントにも俺たちを心配する声が上がる。
そんなコメントの中に、一際俺の目に止まる言葉があった。
『この子、イオリちゃんじゃないか?』
『あのアイドル配信者の!?』
『ボロボロすぎて分かりにくいけど、確かにそうだ!』
『誰かイオリちゃんを助けて!』
……なるほど、この少女はただの冒険者ってわけじゃないらしい。
「とにかく、まずはそのイレギュラーから逃げないと……」
「……カイリ、どうもそういうわけにはいかないみたい」
アリシアの目は、少女――イオリの来た方向に向いている。
視線の先には、ダンジョンの通路を埋めるほどの巨大な魔物がいた。
岩のようにゴツゴツした皮膚、それはまさしく――
『ゴーレムじゃないか!』
『なんでこのダンジョンに!?』
『上級冒険者を呼ばないと!』
『とにかく逃げろ!』
コメントが目まぐるしく流れ、視聴者数がうなぎ登り。
ついに十万人を突破した。
でも、それを喜べる状況じゃない。
「アリシア、ナナ! イオリさんを頼んだ!」
「それって……カイリはどうするの!?」
「あいつを足止めする! 皆が逃げる時間を稼がないと」
俺を置いて先に行け。漫画とかじゃよく見る展開だけど、まさかそれを俺が言うことになるなんてな。
『無茶だろ!』
『力量差が分からないのか!?』
『死に急ぎやがって……』
『イオリちゃんもそんなの望んでないよ!』
温かいコメントが見える。それだけで、俺は十分だ。
「二人とも、早く行け!」
「カイリ様、それでも、わたしは……っ!」
「ナナちゃん。行こう。時間が、ないの」
ナナは食い下がろうとしてくれたけど、それをアリシアが止めた。
遠くなる二人と、イオリの背中を見送って、俺は一つ息を吐く。
「来い……!」
ゴーレムの太い腕が迫って来る。その瞬間。
『はぁ、本当にキミは、仕方がないやつだね』
「神様……?」
世界がゆっくりに感じる。ゴーレムの腕が果てしなく遠いような気さえしてくる。
『全く、こんな程度の相手にそこまで気を張る必要はないよ。だって、ボクの力だよ? たかだかゴーレム程度、相手にもならない。だけど、力を使いこなせてないキミじゃ、少しは苦戦するかもね。だから――少しだけ、枷を外そう』
俺の頭に言葉が浮かぶ。それは、初めて神器を取り出した時と同じ感覚だった。
「限定解放――真名、解除。神器デュランダル」
手の中の剣から、光が溢れる。
俺は目の前に剣を向け、剣を覆う光を解き放つ。
◇
あまりにも眩しかったから、目を閉じてしまっていた。目を開けて前を見ると、そこには――
――ゴーレムが灰すら残さず消滅していた。
『やべえええええええ!』
『嘘だろ……』
『コイツ何者だ!?』
『俺を弟子にしてくれ!』
『冒険者ランキング一位狙えるだろこれ』
『今すぐあいつをスカウトしに行け!』
『そういえばこの人、前に配信の創始者とか言って動画上げてた人だ!』
『マジかよ!? 配信って、あの人が作った文化だったのか!?』
もはやコメント欄が見えねえ。すごいスピードで流れていくのを尻目に、俺はアリシア達を追ってダンジョンの上層に戻る。
「カイリ!? 無事だったんだ!」
「ああ。なんとか倒せたよ」
「まさか……ゴーレムすら倒すなんて……しかも、無傷、なの……?」
イオリが信じられないというような顔をしている。アイドル配信者って言われてたけど、ダンジョンに一人で乗り込んでいるなんて、相当な実力がないとできない。
「そんなことより、まずはイオリの治療だ。アリシア、一応敵が来ないかだけ見張っておいてくれ」
「分かった」
俺はアイテムボックスから治療箱を取り出す。
前のパーティーではほとんど雑用だったからな。こういうのは常備するのが癖になってるんだ。
「ほら、治った」
「ありがとう……ございます……」
イオリの傷は致命傷ってほどじゃない。応急処置だけすればあとは自然と回復できるだろう。
「あ、あの……っ!」
「どうしたんだ?」
「イオリも、あなたのパーティーに入れてくださいませんか!」
「……へ?」
自分のこと名前で呼ぶって、なんかこう……可愛いよな……って、今はそんなことどうでもいいんだ!
この子はなにを言ってるんだ? アイドルが俺のパーティーになんて……
『イオリたんがパーティーに!?』
『羨ましすぎんだろ!』
『これは死刑ですわ』
『それでも、イオリちゃんが幸せなら、オッケーです』
うん、コメント欄も若干語気が強くなってきた気がするぞ。
でも、断る理由もないしな。
「いいよ。一緒に行こう」
「ありがとうございます!!」
イオリが凄い勢いで俺の手を掴む。
「これからずっと、ずううううううううううっと、一緒ですからね♪」
あれ? なんか、イオリの目からハイライトが消えたぞ?
――どうやら、次なるイレギュラーはすぐ目の前にあるみたいだった。
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