第1031回 夏休み宿題忘れ いいわけ選手権

筋肉痛

本編

 9月初頭。

 今年も全国各地で残暑に負けない熱い戦いが始まっていた。この教室も例外ではない。


「さあ、今年も始まりました。宿題忘れいいわけ選手権。実況は私、あな 雲左うんさと解説は毎度お馴染み八兵衛はちべえさんでお送りします。八兵衛さん、今年の選手権はどうですか?」


「いやあ、毎年新鮮でトリッキーな言い訳が出てきますので楽しみにしております」


「昨年と寸分違わぬコメントありがとうございます。有識者の中には、八兵衛さんが新鮮に感じるのは過去の内容を忘れているからでは?という方もいますが」


「こいつぁ、うっかりだ!」


 八兵衛が頭をポリポリと掻いていると生徒が一人、教卓にいる担任の所まで呼び出される。言うまでも無いが、宿題を忘れた生徒だ。


「八兵衛さんの決め台詞をいただいたところでさっそく、一人目の競技が始まりますよ。注目です」


『全部やったんですけど、家に忘れました』


「これは最初にふさわしい王道のいいわけが出ましたねー」


「王道ですが、このいいわけは使い手を選びますよ」


 八兵衛は渋い顔だ。


「どういうことですか?八兵衛さん」


「これを使う場合、宿題を本当にやっているかの判定が使い手の信頼度に寄るわけです。しょっちゅう、このいいわけを使っている姑息な奴の場合、最早信じてもらえません。下手すると、じゃあ今すぐ持ってこいと言われてしまいます」


「なるほど、八兵衛さんのような人のことですね」


 穴は深く相槌を打つ。


「こいつぁ、うっかりだ!」


「その決め台詞はもういいです。賞味期限が昭和で切れてますから。最早、化石です」


 穴の辛辣なツッコミにも八兵衛はへこたれない。


「このいいわけはですね、普段からちゃんとしてる人がここぞという時に使うと効果が絶大なんですよ。仮に本当はやってなかったとしても信用があるので、じゃあ提出するのは次の授業でいいよとなります。時間稼ぎ成功です」


「王道ですが、簡単には切れない切り札であると。奥深いですねー。あーっとこの選手はどうやら前者だったようです。放課後、提出に来いと叱られてしまいました」


 八兵衛はやれやれと首を振る。


「こうなると大幅減点ですね。いいわけの意味を成していません」


「どこか改善できるポイントはありますか、八兵衛さん」


「そうですねー。これは高度なテクニックですが、宿題の一部を先に提出する方法があります。そうすることで、残りもやってあると思い込ませることができるので、このいいわけも活きてきます。ただ、私は絶対にこのテクニックは使いません」


「良さそうなテクニックですが、何故使わないんでしょう?」


「理由は簡単です。実際に宿題をいくらかやらなきゃいけないですから」


「八兵衛さんのプライドとして、宿題は一切やりたくないと?」


「家訓なんですよ。宿題するは八兵衛にあらず」


「ん?ええと、家訓ということは八兵衛は苗字なんですか?」


 違和感のある八兵衛の言葉に穴は困惑した表情を浮かべる。


「噺家などと一緒で襲名していくんですねー。訳家わけやの八兵衛というわけです」


「言い訳を生業とするので訳家ですか。聞いたこと無いんですが、八兵衛さんは何代目なんですか?」


「初代です」


「は?」


「あれ、そんな難しい言葉でしたか?初代っていうのは初めての八兵衛という……」


「いや、初代の意味は分かります」


「じゃあ、一体何が分からないんですか!」


 何故か八兵衛の方がイラついている。


「先生は二人が宿題も出さずに何をしているのかが分からないなあ」


 教卓の傍に立っていた担任がいつの間にか二人の背後に来ていたことに、彼らは気付かなかった。実況に夢中になりすぎたのだ。


「自由研究です。宿題を忘れた生徒がどんないいわけをするのかという」


 八兵衛がすかさず言い訳をして、訳屋の面目躍如となる。


「おもしろそうな研究ね。でも、研究は夏休み中に終わらせないとね」


「こいつぁ、うっかりだ!」


 八兵衛はどこまでもうっかりであった。

 

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