11話 オカバ様

〈湯元もちづき〉は元々、裏庭に露天風呂が一つあるだけの素朴な民宿だった。宿舎は二階建てで、客室の数もごく限られたものだったが、村全体の発展に尽力する経営思想と心のこもった接客が実を結び、平成初期には新たに建設した本館にほぼ全ての機能の移植する大規模なリニューアルが行われた。

 それに伴い、温泉はパイプを引いて本館屋上の大浴場に汲み上げられ、裏庭の露天風呂は埋められたが、かつての宿舎は幾度かの改築を経て現在でも旧館の一つとして使われている。

「そちらもお見せしたかったんですがねえ」

 植え込みを透かして遠くにくだんの元宿舎を見ながら、能見は頭をかいた。

「ありがたい事に、ずいぶん前からご予約で埋まっておりまして……。今日もお客様がいらっしゃいますから、あまり大勢で押しかけるのはやめておきましょうか」

 利玖達は頷いた。

 人目を遮ってくれる庭木の囲いの中で、一戸建てを貸し切ってゆるやかに時の流れを感じられる旧館は、宿泊料金こそ驚異的であれ、特定の層には根強い需要があるのだろう。

 本館に戻った一行は、能見から説明を受けながら実際にいくつかの施設を見て回り、最後に売店に立ち寄った。

 焼き印をつけた饅頭のパッケージ、手拭い、地酒のラベルなど〈湯元もちづき〉のオリジナル・グッズには、昔話に出てくるようなふくふくとした体型の翁が柚子の実を抱えたイラストが描かれている。

 利玖が、しげしげと地酒を眺めていると、能見が気づいて声をかけてきた。

「そちらは『オカバ様』ですな」

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