10話 北へ

 二日後。

 四人は、小樽行きのフェリーに乗船する為、新潟港に降り立った。潟杜からは高速道路を利用して片道約四時間の距離である。


 現地に着いた後も好きに動き回れるように自家用車で向かう事にしたが、利玖と柊牙は自分の車を持っていないし、まだ学生服を着ている美蕗はそもそも頭数に入らない。よって、消去法で史岐が運転手を引き受ける事になったが、彼の愛車は二人乗りだ。

 どうするのかと思っていたら、当日、大学前で待っていた利玖と柊牙を迎えに来たのは五人乗りのセダンだった。

「借りたんですか?」利玖が訊く。

「レンタカーじゃねえな」ナンバープレートを覗き込んで柊牙が言う。「親父さんの車か?」

「まあ、そんな所だけど、出所は気にしなくていいよ。ちゃんと動くから」

 美蕗は後ろの席に座って、臙脂色のあわせの襟を口元まで引き上げている。窓に頭をあずけて目を閉じており、眠っているようにも、考え事に耽っているようにも見えた。

 利玖は、助手席に乗り込みながら、ちらっと史岐を見た。

 史岐から、彼の家族について、詳しく話を聞かされた事は一度もない。

 それとなく表情を探ろうと試みたが、サングラスのせいで、よくわからなかった。



『妹さんを数日借り受けたいわ』

 書庫から戻ったその足で、匠の所に向かった美蕗は、開口一番そう告げた。

 匠の反応は、はあ、そうですか、というあっさりとしたものだった。

『利玖も二十歳ですから、別に、行き先を教えてくれれば友人と旅行に行くのを止めたりはしませんよ』

『北海道よ』

『広いですね』

 美蕗が目で促し、柊牙が前に進み出る。

『もうすぐ大学も始まりますから、長居はしません。用事を済ませたらすぐに帰ってくるつもりです。場所は新千歳空港から車で、そうだな……、三時間半ぐらいの所で……』

『船で行きます』

 美蕗が口を挟んだ。

『船?』

 柊牙が素っ頓狂な声を上げる。

『そりゃ、小樽からならもっと早く着くけど……、ここから一番近い新潟港から乗っても十八時間はかかる。向こうに着いた後の数時間を節約する為にフェリーを選ぶのは、現実的じゃない』

『飛行機は怖いのよ』

 明らかに今思いついた事を言っている。

 柊牙は呆れ返った様子で史岐と利玖を振り向き、鼻に皺を寄せた。

 匠は、動じるでもなく、ゆったりとした動作でコーヒーカップを引き寄せて、

『母と同じですね』

と言った。

『いずれにしても、利玖。僕はとやかく言わないよ。せっかくの機会なんだから楽しんできなさい。船でブラキストン線を越えるというのもおつじゃないか』



「本当に予約、取れましたね……」

 フェリーターミナルの二階から、外に停泊している巨大な船体を眺めがら、利玖は呟いた。

「な。しかも、個室だぜ。贅沢させてもらって悪いよな。男どもは別に雑魚寝の広間でもよかったのに」

 柊牙の言葉に頷きながら、利玖は改めて、手渡されたカードキーに目をやった。

 印字されている部屋番号は史岐と同じ。二人部屋だった。ちなみに、柊牙は美蕗と同室である。

 美蕗は道中、一言も口を聞かなかったので、一階のカウンターで受付を済ませた後にようやく部屋の割り振りが判明したのだ。

 当然のごとく三者三様の切り口で異議を唱えたものの、全員分の交通費を支払っている上に、唯一の未成年者である美蕗に、

『わたしが手配したの。問題は無いと考えているのよ』

と言い切られては、それ以上口答えのしようがなかった。

 乗って来た車ごと乗船する場合、誘導員の案内に従って、乗客自身の運転で船内に車を乗り入れるのだが、その際、運転手以外の人間が同乗する事は出来ない。車両搬入が始まってから、徒歩乗船が出来るようになるまでは少し時間が空くので、フェリーターミナル内には待合室が設けられていたが、閑散とした空間にローカル番組が流れるテレビと小さな売店があるだけで、誰も彼も退屈そうに椅子に体を沈ませていた。


 スピーカーからアナウンスが流れ、車両搬入の開始時刻になった事を知らせた。

 利玖は窓に顔を寄せる。

 運送会社の巨大なトラック、そして、先に港に着いて並んでいた乗用車に続いて、史岐の車はぜんまい仕掛けの玩具のように、がたがたと揺れながらスロープを上っていった。

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