第9話 丸山ゲームスの落日

【丸山ゲームスの連中は脳味噌が腐ってるんじゃねえのか? こんなものを送り付けるだなんて狂ってるんじゃないの?】


【こんな奴が俺と同じ日本人としてカウントされていることがもう無理。耐えられない】


 丸山ゲームスの悪評はとどまることを知らない。ボイスレコーダーをぶっ壊したことに加え、侮辱が書かれた賞状を送ったことが世間の目にさらされて、

 ただでさえ煌々こうこうと燃え盛る炎に油がドバドバと注がれる形になり、連日連夜バッシングを浴び続けていた。




「お前ら! 何考えて生きてんだ!? ボイスレコーダーはぶっ壊す! 侮辱が書かれた賞状は送る! まともな人間のやる事じゃねえぞ!」


 丸山ゲームスの電話からは受話器を取ると即座に暴言が飛び出してくる。そして切っても切っても呼び出し音が鳴りやまない。

 罵声を浴びせ続けられた社員はメンタルをやられて次々と長期病休あるいは自主退社。20人近くいた社員はあっという間に数を減らし、残りは社長とその息子の2人のみとなった。




「ううう……! ううううう……!」


 連日連夜のバッシングと鳴り響く電話の音によるストレスで胃潰瘍いかいようを患い、医者から出された胃薬を飲みながら社長としての仕事をうめき声をあげながら続けていたが、今日中に1000万を作らなくては不渡りを出してしまう。という完全に追い詰められている状態だった。


 契約は取れない、というか取りに行く人手すらない。手形の決済期限は目前、という完全に「詰み」であり

 銀行はもちろんの事、ノンバンク経由でも繋ぎの融資をしようとしたがどこからも断られ、どうしても1000万をひねり出すことはできなかった。




「……いっそのこと『飛び込む』か? 保険が下りれば少しは会社の延命ができるし」


「!? オヤジ! 馬鹿な真似はよせ! 死んじまったらそれこそ俺や妹はどうするんだよ!? アイツは大学受験が待っているのに父親が死んだらとても受験どころじゃないだろ!?」


「……そうか、そうだよな。こんなクソそのものな現世を生きねばならんのだな」


 実の父親が生気を失った抜け殻のような顔つきになるのを、彼の息子は苦痛を感じながら見ていた。何とかしたい、その一心である提案を実の父親に持ちかける。




「……もういい。会社を潰そう」


 丸山は父親にそう提案する。会社を潰して逃げよう。というわけだ


「!? お前! なんて言った!?」


「会社を潰そう、って言ったんだ。会社が潰れる前にオヤジが潰れちまったら何にもならないだろ!? 会社は潰れてもまた作ればいい。でもオヤジは潰れたら再起できなくなるだろ!?

 だったら会社を潰して逃げよう! 生きていればまだ何とかなるかもしれない。会社を存続させるために保険金目当てで車や電車に飛び込んじゃ絶対にダメだ!

 逃げよう! 今は無理して戦わなくていい!」


 会社は潰れても良いから今は休息の時だ、と彼は父親に伝える。




「……そんなことしたら社会やお前たちに迷惑がかかってしまうぞ?」


「迷惑をかけても良い! 今は迷惑をかけてもいいときなんだ! 死ぬくらいなら逃げた方がずっといい! 死んじまったらもう取り返しがつかないんだぞ!?」


「……」


 電話の呼び鈴がこだまする丸山ゲームス社内で社長は沈黙する。

 どん底である自分の会社を立て直す策が見つからない以上、今日中に手形の1000万を作る方法が思いつかない以上、どうしようもないのは分かっていた。

 それでも何とかなるかもしれない、とあがいていたがもう限界なのは自分自身の身体の事だ。自分が限界なのは自分でもわかっていた。




「……分かった。会社を潰そう」


 その日、丸山ゲームスは不渡りを出して倒産した。

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