第5話 ただの落ちこぼれ魔剣士

 そして、決闘は始まった。


 試合は服の下に、魔装と呼ばれる魔力のオーラをまとって行われる。

 たとえ魔法や剣が当たっても、それに守られている限り死んだりはしない。そういう条件で魔法も剣も性能を制約されている。


 ただし、直撃すればとても痛いし、しばらくは再起不能だ。

 怪我をする可能性もある。


 だが、エステルの剣はそんなことをまったく恐れてもいないようだった。

 果敢にこちらに斬り込んでくる。剣の筋も綺麗だ。


 レオンたち魔剣士ガーディアンは、名前のとおり魔法と剣の両方を使える必要がある。魔剣は魔法を使う道具であるのと同時に、本来の剣としての役割も果たすのだ。


 いわゆる魔力――各自に備わっている魔法の源には、一定の限度がある。一日に使える魔法の量は限られているのだ。


 だからこそ、剣技を疎かにすることはできない。魔剣士一人で、複数の帝国の敵と戦うこともある。そうなったとき頼りにできるのは、剣なのだ。


 エステルの剣技に感嘆しながら、レオンは受けに徹する。レオンの魔剣が、エステルの剣筋を受け止めるが、押されがちだ。

 エステルは愉快そうだった。


「どうしたの? もう怖気づいた?」


「いや。序列22位、新入生最強もこんな程度かと思ってね」


「っ……!」


 こんな安い挑発に、エステルは顔を赤くした。実際にはエステルの能力は高いとは思う。

 だが、精神の安定という意味では、決して優れてはいないかもしれない。


 エステルの剣がわずかにぶれる。その隙をレオンは突いた。初めてエステルが押される側になる。


 魔剣同士が交わり、火花を散らした。

 くっ、とエステルがうめく。レオンの斬撃が予想外に重かったからだろう。


「やるじゃない……!」


「お褒めに預かり光栄だね」


「でも、わたしの方が強いわ!」


 エステルがまっすぐに前へと踏み込む。一気に決着をつけるつもりなのだろう。

 だが、レオンはエステルの剣を見切っていた。右に小さくかわすと、そのまま返す刀でエステルの胴を斬る。


 レオンの速度に、エステルは完全についてこれていなかった。

 エステルの青い目が驚きに見開かれる。


 勝負は決まったはずだった。

 だが――。


 透明な壁が光り、レオンの剣は阻まれる。

 エステルはほっとしたように息をついた。そして、笑みを浮かべる。


「剣技でわたしを追い詰めたのは褒めてあげる。見直したわ。でもね、わたしにはスキルがあるの」


 エステルの身を守った透明な壁。あれがスキルなのだろう。

 今まで、エステルが入学以後に戦った相手は、すべてエステルがスキルを使う前に敗れている。


 レオンは微笑んだ。


「光栄だ。聖女様の本気を見られるわけだ」


「ええ。あなたの剣技に敬意を表して……全力で倒してあげる」


 エステルの魔剣が光り輝いた。

 決闘は第二の段階へと入ろうとしていた。

 

 今度はふたたび、レオンが防戦一方になる。仮に剣が届いても、エステルにダメージを与えることはできないのだから、当然だ。


 エステルの鋭い剣撃をレオンは受け止めるだけになる。


「残念ね。これじゃ、わたしの圧勝よね」


「どうかな。それはやってみないとわからないよ」


「そんな生意気な口もすぐに利けなくなるわ」


 エステルは止めを刺そうと、レオンの胴を狙って剣を繰り出す。レオンはそれを弾き返し、エステルに剣を届かせた。


 やはりエステルは透明な壁に守られた。

 ふふっとエステルは笑う。


「これがわたしのスキル<白透の防御>。このスキルを使えば、大抵の魔剣は防げるわ。もっとも威力の高い魔法スキルがあれば別だけど――」


 レオンのスキル<絶対調教>は、直接攻撃を行うようなものではない。

 だから、エステルの壁は破れない。


 それでも、レオンは剣撃を繰り出す。

 エステルは憐憫の目でレオンを見た。


「無駄なのに。使えないスキルしか持っていないって、哀れね」


 エステルは防御壁で次々とレオンの攻撃を防ぐ。

 レオンに勝機はない。観客たちもそう思ったようだった。「やっちまえ、聖女様!」「あんな変態スキルの持ち主、こてんぱんに倒してよ!」。男女の声が観客席から響く。


 けれど、レオンは気づいていた。エステルの防御壁<白透の防御>は無敵ではない。レオンが剣を繰り出すたびに、エステルは防御壁を発動させている。つまり一回の発動で、一回の攻撃しか防げないということだ。


 それなら、レオンにも攻略方法が残されている。

 レオンは剣の速度を徐々に上げた。最初は余裕の表情でこなしていたエステルも、しだいに焦った表情を浮かべる。


 なぜならレオンの攻撃の速度は常識外に速かったからだ。


「な、なんなのよ、あなた!?」


「ただの落ちこぼれ魔剣士だよ」


 レオンは狙いすまして、鋭い剣撃を放った。

 エステルのスキルの発動が間に合わず、エステルの右腕に直撃する


「きゃああああ!」

 

 エステルは甲高い悲鳴を上げて、剣を落とした。観客もしーんと静まり返る。

 そして、エステルは怯えたようにレオンを見つめる。


「な、なんで……スキルも使わずにその速度で剣を扱えるの?」


「俺は使えないスキルしか持っていない。だから、剣技のみで魔剣士として戦えるように努力したんだよ」


「そ、そんな無茶苦茶よ……!」


「現に今、俺は新入生最強の聖女様に勝てそうなわけだけどね」


「わ、わたしはまだ負けてない!」


「すぐに負けるよ。負けたら、奴隷になってくれるんだよね?」


 レオンはあえて真顔でそう問いかける。


 エステルは「ひっ」と声を上げ、泣きそうになった。

 形勢は完全に逆転した。






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