12話 臼内岳へ

 翌朝、利玖は夜明けとともに部屋を出て、史岐の借りているアパートに赴いた。

 チャイムを押すと、いかにも今起きたばかりといった風貌の史岐が出てきて、ふわあ、と欠伸あくびをした。

「いや、もう驚かないよ……。いきなり部屋に来られたぐらいでね……。どうせ梓葉に訊いたんでしょ……」

 何やらぶつぶつと言っている。

 顔の前でかしわでも打ってやろうかと思ったが、史岐は先に利玖の顔を一瞥すると「あれ?」と言った。

「チョーカーは?」

「梓葉さんにお返ししました」

「あ、そう……。えっ、じゃあ、その声」

 母がくれた薬は一日分しかなく、利玖は今日の為に取っておいたのだが、その辺りを話すとややこしい事態になりそうだったので「それはさておき」と言って話を本筋に戻した。

「わたしなりに考えまして」

「何を? ファーストキスの味?」

 利玖は持っていたドライブマップの冊子を丸めて史岐の腹を突いた。

「うぐ」

「どうして半身があなたの体の外に出たか、です」

「そのさ……、表情を変えずに先に手が出るの、何とかした方がいいよ。ものすごく怖いから……」

 その要望は利玖の中にある『逐次検討』キューqueueの一番後ろに入れ込んでおく。

「梓葉さんに会って話を聞きました。それから、週末に実家に帰省をして少々調べ物をしました。

 梓葉さんは、あなたから婚約破棄を言い渡されて、それに腹が立ったので顔を引っぱたいた、とおっしゃっていましたが、重要な情報がいくつか意図的に抜かれていますね。

 婚約破棄の話が出たのは本当。どちらの家から出たかはさておき、まあ、おそらく熊野家の方なのでしょうが、あなたは承諾しかねて、梓葉さんに半身を憑かせる事を考えたのでは? どこで入手したのかはわかりませんが、あのチョーカーを着けていれば、半身に寄生されていても問題なく話す事が出来ますよね」

 史岐は、ルームウェアの裾から出ている青白い爪先に目を落として黙っていたが、やがて、ぽつりと言った。

「犬の首輪と同じにね」

「そう、首輪です。だから彼女はあなたを殴った。自分がそんな風に扱われた事にも、あなたにそんな真似をさせた、熊野の家にも腹を立てて」

 史岐はそれを聞くと顔を上げ、唇を歪めた。

「だとしたら、今の君の状況って最悪じゃない? 他所よその家同士のいざこざに巻き込まれて、得体の知れない男から体を差し出せって言われてるんだから」

「あ、それ、あまり言わない方がいいです。どこから耳に入るかわからないので。脅しに使うなら、行為の範囲への言及は必要最小限にとどめてください」

「え……、うん?」

 今ひとつ伝わっていなさそうだったが、この後の行程を考えると悠長に立ち話をしている訳にもいかない。利玖は、話を進めた。

「知りたい事は大体わかったので、半身はあなたにお返ししようと思います。ですが、私感として、二度と梓葉さんに同じ事をしてほしくありません。それを約束してくれるなら……」

「約束してくれるなら、何?」

臼内岳うすうちだけにてフィールドワークのゼロ次会、その後は秘湯にて疲れを癒す弾丸ツアーと洒落込みましょう」

「は?」

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